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12.いつまでも隣に
しおりを挟む美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐる。
「ん……」
その香りで意識を取り戻したおれは、重たい瞼をゆっくりと持ち上げた。
「起きたか、リュー」
開いた瞳の先に、アルのホッとしたような表情があり、おれは目をパチクリさせる。
「……どうした、アル? そんな心配そうな顔をして……」
「どうしたって、お前がなかなか目を覚まさないからだぞ。時間はもう夕方だ」
「ゆっ……!?」
信じられない語句に、おれは慌ててベッドから上半身を起こした。
「………っ」
と同時に頭がくらりとして、身体がふらつく。
刹那、まるでそれを予期していたかのように伸びてきたアルの両腕に、おれの身体が支えられた。
「あ、ありがと……」
「いや、俺が無理させたのが悪いんだ。ガードンとシェルには、今日一日休ませてくれって伝えておいたから安心してくれ」
「無理……?」
そこで、おれは昨晩と今朝のことを思い出し……瞬時に顔が熱湯をかけられたように熱くなる。
(そうだ。あれから、おれが気を失うまで朝もずっと――)
あられもなく乱れた己の醜態を思い返すと、穴があったら深く潜り込みたいくらい恥ずかしい。
(あ、そういえば――)
おれは、そっと手を上げ首を触る。
アルに噛まれた筈の傷は、綺麗サッパリ無くなっていた。きっとアルが『回復魔法』で治してくれたんだろう。
あんなにガラガラだった喉も全く痛くないので、『治療魔法』も使ってくれたに違いない。
ベトベトだった身体も髪もスッキリとしていて、シャツとズボンもちゃんと身に着けている。
(おれが気を失ってる間に、アルがシャワーを浴びせてくれたのかな?)
「アル、ありがとう」
「いや、元はと言えば俺が悪ぃし……」
おれが礼を言うと、アルはバツが悪そうに小声で返してくる。
……確かに今回は、今までと違ってすごくしつこかったな……。
いつも余裕ある態度をしているアルの珍しい姿におれは少し笑い、そして真面目な顔を作って言った。
「アル、なんであんなことしたんだ? おれの血を飲んでたよな?」
このクラクラした感じは、多分貧血だ。噛まれた後、何度もそこを舐められ、強く啜られた記憶がある。
一体、どれだけの血を飲んだんだ……?
その発言に、アルが一瞬眉をピクリと動かして目を逸らしたのを、おれは見逃さなかった。
「……言いたくないことか?」
「………悪ぃ」
「じゃあいいよ、言わなくて」
「…………え?」
おれの言葉に、アルは驚いて弾かれたように顔を上げた。
「言えない理由があるんだろ? じゃあ、今は言わなくていいよ。けど、いつか必ず聞かせてくれよな? アルの言葉なら、おれ、ちゃんと受け止めるから」
「……リュー……」
アルは目を見開いたまま暫く放心していたけど、ふっと笑っておれの上半身を強く抱きしめてきた。
「……ホント……敵わないな、リューには……」
「……? なんのことだ?」
ボソリと低く呟かれた言葉に、おれは頭に疑問符を浮かべる。
「いや、ありがとな。……リュー、今はただこれだけ言わせてくれ」
「……うん」
アルはおれの身体を離すと、至近距離のまま、真剣な面持ちで見つめてきた。
「俺は、お前を心から愛している。これは、嘘偽りのない想いだ。そしてこれからもずっと、この気持ちは変わらない。俺が何者であろうとも、お前が何者であろうとも、絶対に、だ。それを……忘れないでくれ」
「………」
突然の“愛の告白”に、おれの思考が止まる。
……いや、アレの最中には何度も愛してるって言われてたけど、こんな普通の状態で、こんな真面目に言われたのは初めてで。
おれにアルと『同じ』気持ちがなくても、これは――
「……リュー? お前、顔真っ赤だぞ? ははっ、すっげー可愛い。メチャクチャ可愛過ぎだろソレ」
おれのアタフタした様子を見て、アルが口の端を上げ意地悪く訊いてくる。
「なっ……! だ、だって、こんなカッコイイ奴にそんなこと真剣に言われたら、男でも誰でもドキドキするって!」
「ふぅん? ま、そういうことにしておいてやるよ。いつかお前から俺のこと『欲しい』って言うの、楽しみにしてるからな。その時は俺の理性が飛んでると思うから、昨晩以上に覚悟しとけよ?」
「………っ! ぜ、絶対に言わない!!」
「はははっ! “今”は、だろ?」
アルが楽しそうに声を出して笑っているのを、おれは顔が火照った状態のまま睨み返す。
「こら、リュー。そんな顔で睨むなよ。また襲いたくなってくるだろ?」
「な、なっ……!?」
「今すぐしたいとこだけど、さすがに今日は我慢しとくよ。けど、これだけは許してな?」
そうおれの耳元で囁いたかと思うと、グイッと頭を抱き寄せられ、アルの唇がおれの唇に重なった。
そしてすぐに熱い舌が口内に入ってきて、おれの舌を探し出し絡み取られる。
「ふ……っ」
やっぱりアルとのキスは、頭がボーッとして、フワフワしてきて……甘い……。
「――っと、しまった。せっかく持ってきたスープが冷めちまう。腹減ったろ? 俺が食べさせてやるよ。ちょっと待ってな」
はたと気付いたようにアルは顔を離すと、ベッドに付いているテーブルの上のスープに目をやった。
そう言えば昨晩から何も食べてないから、お腹空いたな……。
……あれ? このスープ――
「アル、スプーンは……?」
「悪ぃ、忘れた。だから俺が食べさせてやるよ」
「………?」
頭がボンヤリして意図が掴めないおれは首を傾げ、アルの行動をただ見守っていた。
アルが皿を持ち上げスープを啜ると、そのままおれに口移しをしてくる。
状況がまだ把握出来てないおれは、自然にそれをコクンと飲んだ。
くっとアルが笑い、次々と口移しをしてきた時、ようやく脳が働き始める。
「……あ、アルっ! スプーン忘れたのわざとだろっ!? 前にも似たようなことあったよな!?」
「はは、バレたか。でもお前、俺とのキスは惚けるくらい気持ちいいだろ?」
「う……」
ば、バレてる……!
「俺もお前とのキスは甘いし気持ちいいし、何度だってしたい。そのキッカケを作っただけさ」
「き、キッカケ作らなくても、アルは自分がしたいと思った時にしてるじゃないか……!」
「ははっ、まぁ確かにそうだな。だってお前可愛いから、いつでもしたくなるんだよ。四六時中したいけど、人前じゃちゃんと自制してるだろ?」
「~~~っ」
「ほら、残りのスープ飲んじまおう。ちょっと休んだら夕飯食べに行くか。体力つけて、今日休んじまった分、明日の洞窟探索頑張らないとな?」
「……う、うん……」
結局最後まで口移しで飲まされたおれは、アルに上手く丸め込まれた感が否めなかったけど、スープが美味しかったからもう考えないことにした。
「リュー」
「うん?」
「楽しいな」
顔を上げると、アルが微笑んでおれを見ている。
「俺は、お前といるとすごく楽しい。何度も言うが、村のことはお前が責任を感じる必要は全くないんだ。……それは、俺が取るべきことだからな」
「? 何でアルが――」
「ともかく、『人生楽しんだもん勝ち』って言うだろ? 俺と一緒に楽しもうぜ。な?」
「……うん」
おれは笑みを浮かべると、アルの大きな手を自分の両手で包み込んだ。
「けど、アルが責任取るっていうなら、おれも一緒だから。二人で荷物を分け合うと、その分軽くなるだろ? だから、一人で背負い込まないで欲しい。おれがすぐ隣にいること、忘れないでくれ」
「……リュー。お前は……本当に――」
アルは息を呑むと、おれをきつく抱きしめてきた。
「……アル、くるし……」
「リュー。何があろうと、俺はいつまでもお前の隣にいたい」
「……うん」
「大好きだ、リュー。愛してる」
「うん、おれも……大好きだよ」
……おれの『好き』と、アルの『好き』は気持ちの意味が違う。
けれどいつか、どちらかの気持ちが変わり、その意味が『同じ』になる日が来るだろうか。
『同じ』になったら、おれは、心からの“幸せ”を得られる気がする――
……おれは、アルの温かい胸の中でぼんやりと思考を巡らす。
そんな自分を、アルが金色の瞳でジッと見つめていることに、おれは全く気付く由もなかった――
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