上 下
12 / 14

12.いつまでも隣に

しおりを挟む



 美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐる。

「ん……」

 その香りで意識を取り戻したおれは、重たい瞼をゆっくりと持ち上げた。


「起きたか、リュー」


 開いた瞳の先に、アルのホッとしたような表情があり、おれは目をパチクリさせる。


「……どうした、アル? そんな心配そうな顔をして……」
「どうしたって、お前がなかなか目を覚まさないからだぞ。時間はもう夕方だ」
「ゆっ……!?」


 信じられない語句に、おれは慌ててベッドから上半身を起こした。

「………っ」

と同時に頭がくらりとして、身体がふらつく。
 刹那、まるでそれを予期していたかのように伸びてきたアルの両腕に、おれの身体が支えられた。


「あ、ありがと……」
「いや、俺が無理させたのが悪いんだ。ガードンとシェルには、今日一日休ませてくれって伝えておいたから安心してくれ」
「無理……?」


 そこで、おれは昨晩と今朝のことを思い出し……瞬時に顔が熱湯をかけられたように熱くなる。


(そうだ。あれから、おれが気を失うまで朝もずっと――)


 あられもなく乱れた己の醜態を思い返すと、穴があったら深く潜り込みたいくらい恥ずかしい。


(あ、そういえば――)


 おれは、そっと手を上げ首を触る。
 アルに噛まれた筈の傷は、綺麗サッパリ無くなっていた。きっとアルが『回復魔法』で治してくれたんだろう。
 あんなにガラガラだった喉も全く痛くないので、『治療魔法』も使ってくれたに違いない。
 ベトベトだった身体も髪もスッキリとしていて、シャツとズボンもちゃんと身に着けている。


(おれが気を失ってる間に、アルがシャワーを浴びせてくれたのかな?)


「アル、ありがとう」
「いや、元はと言えば俺が悪ぃし……」


 おれが礼を言うと、アルはバツが悪そうに小声で返してくる。

 ……確かに今回は、今までと違ってすごくしつこかったな……。

 いつも余裕ある態度をしているアルの珍しい姿におれは少し笑い、そして真面目な顔を作って言った。


「アル、なんであんなことしたんだ? おれの血を飲んでたよな?」


 このクラクラした感じは、多分貧血だ。噛まれた後、何度もそこを舐められ、強く啜られた記憶がある。
 一体、どれだけの血を飲んだんだ……?

 その発言に、アルが一瞬眉をピクリと動かして目を逸らしたのを、おれは見逃さなかった。


「……言いたくないことか?」
「………悪ぃ」
「じゃあいいよ、言わなくて」
「…………え?」


 おれの言葉に、アルは驚いて弾かれたように顔を上げた。


「言えない理由があるんだろ? じゃあ、今は言わなくていいよ。けど、いつか必ず聞かせてくれよな? アルの言葉なら、おれ、ちゃんと受け止めるから」
「……リュー……」


 アルは目を見開いたまま暫く放心していたけど、ふっと笑っておれの上半身を強く抱きしめてきた。


「……ホント……敵わないな、リューには……」
「……? なんのことだ?」


 ボソリと低く呟かれた言葉に、おれは頭に疑問符を浮かべる。


「いや、ありがとな。……リュー、今はただこれだけ言わせてくれ」
「……うん」


 アルはおれの身体を離すと、至近距離のまま、真剣な面持ちで見つめてきた。


「俺は、お前を心から愛している。これは、嘘偽りのない想いだ。そしてこれからもずっと、この気持ちは変わらない。俺がであろうとも、お前がであろうとも、絶対に、だ。それを……忘れないでくれ」
「………」


 突然の“愛の告白”に、おれの思考が止まる。
 ……いや、アレの最中には何度も愛してるって言われてたけど、こんな普通の状態で、こんな真面目に言われたのは初めてで。

 おれにアルと『同じ』気持ちがなくても、これは――


「……リュー? お前、顔真っ赤だぞ? ははっ、すっげー可愛い。メチャクチャ可愛過ぎだろソレ」


 おれのアタフタした様子を見て、アルが口の端を上げ意地悪く訊いてくる。


「なっ……! だ、だって、こんなカッコイイ奴にそんなこと真剣に言われたら、男でも誰でもドキドキするって!」
「ふぅん? ま、そういうことにしておいてやるよ。いつかお前から俺のこと『欲しい』って言うの、楽しみにしてるからな。その時は俺の理性が飛んでると思うから、昨晩以上に覚悟しとけよ?」
「………っ! ぜ、絶対に言わない!!」
「はははっ! “今”は、だろ?」


 アルが楽しそうに声を出して笑っているのを、おれは顔が火照った状態のまま睨み返す。


「こら、リュー。そんな顔で睨むなよ。また襲いたくなってくるだろ?」
「な、なっ……!?」
「今すぐしたいとこだけど、さすがに今日は我慢しとくよ。けど、これだけは許してな?」


 そうおれの耳元で囁いたかと思うと、グイッと頭を抱き寄せられ、アルの唇がおれの唇に重なった。
 そしてすぐに熱い舌が口内に入ってきて、おれの舌を探し出し絡み取られる。


「ふ……っ」


 やっぱりアルとのキスは、頭がボーッとして、フワフワしてきて……甘い……。


「――っと、しまった。せっかく持ってきたスープが冷めちまう。腹減ったろ? 俺が食べさせてやるよ。ちょっと待ってな」


 はたと気付いたようにアルは顔を離すと、ベッドに付いているテーブルの上のスープに目をやった。
 そう言えば昨晩から何も食べてないから、お腹空いたな……。

 ……あれ? このスープ――


「アル、スプーンは……?」
「悪ぃ、忘れた。だから俺が食べさせてやるよ」
「………?」


 頭がボンヤリして意図が掴めないおれは首を傾げ、アルの行動をただ見守っていた。
 アルが皿を持ち上げスープを啜ると、そのままおれに口移しをしてくる。
 状況がまだ把握出来てないおれは、自然にそれをコクンと飲んだ。
 くっとアルが笑い、次々と口移しをしてきた時、ようやく脳が働き始める。


「……あ、アルっ! スプーン忘れたのわざとだろっ!? 前にも似たようなことあったよな!?」
「はは、バレたか。でもお前、俺とのキスは惚けるくらい気持ちいいだろ?」
「う……」


 ば、バレてる……!


「俺もお前とのキスは甘いし気持ちいいし、何度だってしたい。そのキッカケを作っただけさ」
「き、キッカケ作らなくても、アルは自分がしたいと思った時にしてるじゃないか……!」
「ははっ、まぁ確かにそうだな。だってお前可愛いから、いつでもしたくなるんだよ。四六時中したいけど、人前じゃちゃんと自制してるだろ?」
「~~~っ」
「ほら、残りのスープ飲んじまおう。ちょっと休んだら夕飯食べに行くか。体力つけて、今日休んじまった分、明日の洞窟ダンジョン探索頑張らないとな?」
「……う、うん……」


 結局最後まで口移しで飲まされたおれは、アルに上手く丸め込まれた感が否めなかったけど、スープが美味しかったからもう考えないことにした。


「リュー」
「うん?」
「楽しいな」


 顔を上げると、アルが微笑んでおれを見ている。


「俺は、お前といるとすごく楽しい。何度も言うが、村のことはお前が責任を感じる必要は全くないんだ。……それは、俺が取るべきことだからな」
「? 何でアルが――」
「ともかく、『人生楽しんだもん勝ち』って言うだろ? 俺と一緒に楽しもうぜ。な?」
「……うん」


 おれは笑みを浮かべると、アルの大きな手を自分の両手で包み込んだ。


「けど、アルが責任取るっていうなら、おれも一緒だから。二人で荷物を分け合うと、その分軽くなるだろ? だから、一人で背負い込まないで欲しい。おれがすぐ隣にいること、忘れないでくれ」
「……リュー。お前は……本当に――」


 アルは息を呑むと、おれをきつく抱きしめてきた。


「……アル、くるし……」
「リュー。何があろうと、俺はいつまでもお前の隣にいたい」
「……うん」
「大好きだ、リュー。愛してる」
「うん、おれも……大好きだよ」





 ……おれの『好き』と、アルの『好き』は気持ちの意味が違う。
 けれどいつか、どちらかの気持ちが変わり、その意味が『同じ』になる日が来るだろうか。


 『同じ』になったら、おれは、心からの“幸せ”を得られる気がする――



 ……おれは、アルの温かい胸の中でぼんやりと思考を巡らす。



 そんな自分を、アルが金色の瞳でジッと見つめていることに、おれは全く気付く由もなかった――





しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

俺の体に無数の噛み跡。何度も言うが俺はαだからな?!いくら噛んでも、番にはなれないんだぜ?!

BL
背も小さくて、オメガのようにフェロモンを振りまいてしまうアルファの睟。そんな特異体質のせいで、馬鹿なアルファに体を噛まれまくるある日、クラス委員の落合が………!!

運命の人じゃないけど。

加地トモカズ
BL
 αの性を受けた鷹倫(たかみち)は若くして一流企業の取締役に就任し求婚も絶えない美青年で完璧人間。足りないものは人生の伴侶=運命の番であるΩのみ。  しかし鷹倫が惹かれた人は、運命どころかΩでもないβの電気工事士の苳也(とうや)だった。 ※こちらの作品は「男子高校生マツダくんと主夫のツワブキさん」内で腐女子ズが文化祭に出版した同人誌という設定です。

婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される

田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた! なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。 婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?! 従者×悪役令息

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

魔性の男は純愛がしたい

ふじの
BL
子爵家の私生児であるマクシミリアンは、その美貌と言動から魔性の男と呼ばれていた。しかし本人自体は至って真面目なつもりであり、純愛主義の男である。そんなある日、第三王子殿下のアレクセイから突然呼び出され、とある令嬢からの執拗なアプローチを避けるため、自分と偽装の恋人になって欲しいと言われ​─────。 アルファポリス先行公開(のちに改訂版をムーンライトノベルズにも掲載予定)

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

処理中です...