生贄にされそうになった悪魔の子と、そんな彼を自分だけのものにしたい神のお話

望月 或

文字の大きさ
上 下
9 / 14

9.忘れることのない痛み

しおりを挟む



 おれが先に部屋に入り、アルがすぐ後ろに続く。パタンと扉が閉まる音と同時に、カチャリと鍵が閉まる音が聞こえ、その瞬間、おれは両肩を掴まれ、壁にダン! と乱暴に押し付けられていた。

「いっ――」

 痛みを感じる暇もなく、噛み付くように唇が唇で塞がれる。

「んっ……」

 慌てて歯を閉じようとしたけど間に合わず、アルの舌がおれの口内にヌルリと侵入してきた。
 激しく口内を貪られ、舌を絡みつけられ、息苦しさにおれの目尻に涙が滲む。

 わざとのようにアルの唾液が口内に流し込まれ、唇を塞がれそれを吐き出せないおれは、コクコクとそれを飲み干すしかなかった。


 あぁ……まただ。アルと深いキスをすると、いつも気持ちがボンヤリとして、身体もフワフワとして、抵抗できなくなるんだ……。


 おれにとって永遠にも感じる時が流れ、意識が飛びそうになった頃、ようやく唇が離れた。力の抜けた膝がガクリと折れ曲がる。
 そんなおれを、アルが楽々と片腕で支えてきた。
 新鮮な酸素を求め、ゼェゼェと息をしているおれに、アルが低い声で問いかけてくる。


「リュー、どうしてあの二人と一緒の部屋になると言ったんだ」
「あ……」


 おれはビクリと身体を震わせ、頭一つ分違う高さにある、アルの顔を見上げた。
 いつもは優しい光を讃えた蒼い瞳が、冷酷な光を放つものに変わり、おれをジッと見つめている。
 その視線に耐え切れず顔を背ける。そして言い訳をしようと、何とか震える唇を開いた。


「……その、せっかく……パーティーになれたんだから、二人のこと、もっと分かろうと――」
「そんなことする必要はない」


 ピシャリと、アルの言葉がおれの言葉を止める。


「リュー。何度も言うが、俺以外、誰も信用するな。親しくなるな。結果、傷付くのはお前なんだ。考えるなと言ったのは俺だが、お前は“あの村”の出来事を忘れたのか?」
「……っ! 忘れるはず、ないっ!」


 おれは叫び、大きく頭を振った。
 そうだ。忘れるわけがない。


 あの村は、あの村人達は、流行り病を鎮める為に、身寄りのないおれを【生贄】にして殺そうとした。
 アルに助けて貰っておれ達は逃げたけど、結局村人達は、おれ達を除いて全員流行り病で亡くなってしまった。

 ……アルの婚約者のミシャさんも……。

 ミシャさんが叫んだ言葉を思い出し、言いようのないぐちゃぐちゃな気持ちが奥から湧き上がってくる。


『“悪魔”みたいな不気味な目をしやがって……。お前みたいな余所者は【生贄】にピッタリだ!』
『お前が死ねば、この村の人達は助かるんだ。人助けが出来ると思って感謝するんだな』


 崖の上で叫んだ村人の言葉が、今も棘が胸に突き刺さったまま、頭に響いてくる。


 ――やっぱりおれが【生贄】として死んでれば、伝染病は収まった……?


 何度考えても仕方ない、でもどうしようもない暗い気持ちが顔に出てしまっていたのか、おれの灰色の癖っ毛を優しく撫でながら、アルが力説してきた。

「リュー、悪い……。思い出させちまってゴメンな? 何度も言うが、お前は何も悪くない。悪いのは、全ての責任をお前に擦り付けようとしたあの村人どもだ。アイツら全員クズだよ。害虫だ。俺の親父もあろうことか、家族だったお前を【生贄】に選んだ。アイツらは死んで当然なんだよ」
「そんな……そんな、こと……。だって、アルの婚約者も……」


 おれの戸惑いを含んだ呟きに、アルはキョトンとした表情を浮かべた。


「……あぁ、そう勝手に言いふらしていたあの女のことか。一瞬本気で分からなかったな。あんな女、どうでもいいさ。アイツも、お前の【生贄】に賛成した死んで当然の一人だ。それに、婚約者なんてアイツが勝手に周りのヤツらに言っていたことだ。俺はアイツに『好きだ』だなんて一言も言ってないし、ましてや恋人がすることなんて一切していない。アイツは俺の顔だけが良かったのさ。周りの女どもに自慢していたからな。俺はあの女に一切興味なんてなかったし、他の女への虫除けとして近くにいるのを許していただけさ」
「そんな……」

 例え顔だけでも、アルのことが好きだった女性に対してのあまりに酷い言い草に、おれは思わず非難めいた瞳を向けてしまった。
 二人で歩いているのを見掛けた時、楽しそうに笑い合っていたのに、全部演技だった……? それが本当なら、アルはとんでもない役者だ……。


「……ま、お前に嫉妬して欲しいってのもあったけど、な」
「え?」


 ポカンとしたおれの間抜けな顔を見て、フッと可笑しそうに笑ったアルは、おれの身体をギュッと抱きしめてきた。


「お前に散々酷いことを言ったヤツらのいた村なんて滅んで良かったのさ。ヤツら、二人も【生贄】を捧げたのに、次々と流行り病に掛かってく周りのヤツらを見てどう思っただろうな? 絶望と後悔したに違いないか。ホントにあの世で土下座してたら面白いな。ははっ、ザマーミロだ」
「アルッ!!」


 流石に言い過ぎだと、おれは強い口調でアルの言葉を止める。
 すると、アルはおれを更に深く抱き込んできて、こいつがどんな顔をしているか見ることが出来なかった。


「俺はさ、リュー。ヤツらがお前をあんなに傷付け泣かせたことが絶対許せねぇんだよ。それこそヤツらが死んでも、ずっとな」
「……アル……」
「ま、ヤツらが全員いなくなったお蔭で、俺は村から解放され、こうして子供の頃憧れていた冒険業をお前と一緒にやっていけてるんだ。そこだけは感謝だな」


 ――そう。アルはとても強い。そこら辺の魔物なんて屁でもないんだ。
 おれはアルには全く勝てる気がしないけど、運良く『補助魔法』の才能を開花させ、皆をサポートする立場になれた。だからこうしてアルと一緒に冒険業が出来るんだ。


「とにかく、俺の親やダチまでお前を裏切ったんだ。また裏切られて、お前が傷付いて悲しい思いをするのはもうイヤなんだよ。だから、俺以外のヤツには決して心を許すな。二人きりになるなんて論外だ。――約束だ、分かったな?」
「……うん、分かった」


 ガードンとシェルは大丈夫な気がする。あの二人、すごくいい人だって分かるから。

 そう言おうと思ったけど、アルの真剣な表情に、心から心配してくれることが伝わってきたから、素直に頷くことにした。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

処理中です...