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9.忘れることのない痛み
しおりを挟むおれが先に部屋に入り、アルがすぐ後ろに続く。パタンと扉が閉まる音と同時に、カチャリと鍵が閉まる音が聞こえ、その瞬間、おれは両肩を掴まれ、壁にダン! と乱暴に押し付けられていた。
「いっ――」
痛みを感じる暇もなく、噛み付くように唇が唇で塞がれる。
「んっ……」
慌てて歯を閉じようとしたけど間に合わず、アルの舌がおれの口内にヌルリと侵入してきた。
激しく口内を貪られ、舌を絡みつけられ、息苦しさにおれの目尻に涙が滲む。
わざとのようにアルの唾液が口内に流し込まれ、唇を塞がれそれを吐き出せないおれは、コクコクとそれを飲み干すしかなかった。
あぁ……まただ。アルと深いキスをすると、いつも気持ちがボンヤリとして、身体もフワフワとして、抵抗できなくなるんだ……。
おれにとって永遠にも感じる時が流れ、意識が飛びそうになった頃、ようやく唇が離れた。力の抜けた膝がガクリと折れ曲がる。
そんなおれを、アルが楽々と片腕で支えてきた。
新鮮な酸素を求め、ゼェゼェと息をしているおれに、アルが低い声で問いかけてくる。
「リュー、どうしてあの二人と一緒の部屋になると言ったんだ」
「あ……」
おれはビクリと身体を震わせ、頭一つ分違う高さにある、アルの顔を見上げた。
いつもは優しい光を讃えた蒼い瞳が、冷酷な光を放つものに変わり、おれをジッと見つめている。
その視線に耐え切れず顔を背ける。そして言い訳をしようと、何とか震える唇を開いた。
「……その、せっかく……パーティーになれたんだから、二人のこと、もっと分かろうと――」
「そんなことする必要はない」
ピシャリと、アルの言葉がおれの言葉を止める。
「リュー。何度も言うが、俺以外、誰も信用するな。親しくなるな。結果、傷付くのはお前なんだ。考えるなと言ったのは俺だが、お前は“あの村”の出来事を忘れたのか?」
「……っ! 忘れるはず、ないっ!」
おれは叫び、大きく頭を振った。
そうだ。忘れるわけがない。
あの村は、あの村人達は、流行り病を鎮める為に、身寄りのないおれを【生贄】にして殺そうとした。
アルに助けて貰っておれ達は逃げたけど、結局村人達は、おれ達を除いて全員流行り病で亡くなってしまった。
……アルの婚約者のミシャさんも……。
ミシャさんが叫んだ言葉を思い出し、言いようのないぐちゃぐちゃな気持ちが奥から湧き上がってくる。
『“悪魔”みたいな不気味な目をしやがって……。お前みたいな余所者は【生贄】にピッタリだ!』
『お前が死ねば、この村の人達は助かるんだ。人助けが出来ると思って感謝するんだな』
崖の上で叫んだ村人の言葉が、今も棘が胸に突き刺さったまま、頭に響いてくる。
――やっぱりおれが【生贄】として死んでれば、伝染病は収まった……?
何度考えても仕方ない、でもどうしようもない暗い気持ちが顔に出てしまっていたのか、おれの灰色の癖っ毛を優しく撫でながら、アルが力説してきた。
「リュー、悪い……。思い出させちまってゴメンな? 何度も言うが、お前は何も悪くない。悪いのは、全ての責任をお前に擦り付けようとしたあの村人どもだ。アイツら全員クズだよ。害虫だ。俺の親父もあろうことか、家族だったお前を【生贄】に選んだ。アイツらは死んで当然なんだよ」
「そんな……そんな、こと……。だって、アルの婚約者も……」
おれの戸惑いを含んだ呟きに、アルはキョトンとした表情を浮かべた。
「……あぁ、そう勝手に言いふらしていたあの女のことか。一瞬本気で分からなかったな。あんな女、どうでもいいさ。アイツも、お前の【生贄】に賛成した死んで当然の一人だ。それに、婚約者なんてアイツが勝手に周りのヤツらに言っていたことだ。俺はアイツに『好きだ』だなんて一言も言ってないし、ましてや恋人がすることなんて一切していない。アイツは俺の顔だけが良かったのさ。周りの女どもに自慢していたからな。俺はあの女に一切興味なんてなかったし、他の女への虫除けとして近くにいるのを許していただけさ」
「そんな……」
例え顔だけでも、アルのことが好きだった女性に対してのあまりに酷い言い草に、おれは思わず非難めいた瞳を向けてしまった。
二人で歩いているのを見掛けた時、楽しそうに笑い合っていたのに、全部演技だった……? それが本当なら、アルはとんでもない役者だ……。
「……ま、お前に嫉妬して欲しいってのもあったけど、な」
「え?」
ポカンとしたおれの間抜けな顔を見て、フッと可笑しそうに笑ったアルは、おれの身体をギュッと抱きしめてきた。
「お前に散々酷いことを言ったヤツらのいた村なんて滅んで良かったのさ。ヤツら、二人も【生贄】を捧げたのに、次々と流行り病に掛かってく周りのヤツらを見てどう思っただろうな? 絶望と後悔したに違いないか。ホントにあの世で土下座してたら面白いな。ははっ、ザマーミロだ」
「アルッ!!」
流石に言い過ぎだと、おれは強い口調でアルの言葉を止める。
すると、アルはおれを更に深く抱き込んできて、こいつがどんな顔をしているか見ることが出来なかった。
「俺はさ、リュー。ヤツらがお前をあんなに傷付け泣かせたことが絶対許せねぇんだよ。それこそヤツらが死んでも、ずっとな」
「……アル……」
「ま、ヤツらが全員いなくなったお蔭で、俺は村から解放され、こうして子供の頃憧れていた冒険業をお前と一緒にやっていけてるんだ。そこだけは感謝だな」
――そう。アルはとても強い。そこら辺の魔物なんて屁でもないんだ。
おれはアルには全く勝てる気がしないけど、運良く『補助魔法』の才能を開花させ、皆をサポートする立場になれた。だからこうしてアルと一緒に冒険業が出来るんだ。
「とにかく、俺の親やダチまでお前を裏切ったんだ。また裏切られて、お前が傷付いて悲しい思いをするのはもうイヤなんだよ。だから、俺以外のヤツには決して心を許すな。二人きりになるなんて論外だ。――約束だ、分かったな?」
「……うん、分かった」
ガードンとシェルは大丈夫な気がする。あの二人、すごくいい人だって分かるから。
そう言おうと思ったけど、アルの真剣な表情に、心から心配してくれることが伝わってきたから、素直に頷くことにした。
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