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2.悪魔の子

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 薄暗い森の中、息子のおれの手を強く引いて、母さんがゼェゼェと息を切らして走っている。


「母さん……っ」
「大丈夫――大丈夫よ、リュー! せめてお前だけでも……っ」
「ドコヘイッタ!? ミツケタラスグニコロセ!!」


 おれ達の後ろから、不快な響きの怒鳴り声が聞こえてきた。
 あれは、人間の声じゃない――“悪魔”の声だ。


「母さん、悪魔が……っ!」
「こっちよ、リュー!!」


 母さんは大きな茂みに向かって、おれを引っ張りながら飛び込んだ。
 茂みの中でおれ達は、音を立てないように乱れた呼吸を整える。


「……このままじゃ、二人共殺されてしまうわね……。――リュー、この先に小さな村が見えたわ。お母さんが悪魔の注意を引き付けるから、お前はその隙に村へ行って助けを求めなさい」
「っ!? い、嫌だよっ!! 母さんを置いて行けないよっ!! 絶対やだっ!!」


 小声だけど、おれの必死の思いが伝わったのだろうか。母さんはふわ、と微笑むとおれの身体を抱きしめた。


「大丈夫よ。母さんはお前の父さんのもとへいくだけ。父さんは“悪魔”だったって話、前もしたわよね? 父さんね、それはそれは強い悪魔だったのよ? でもね、優し過ぎて、母さんの為に死んでしまった……。本当に優しくて、温かい人だった……。母さんは、父さんのこと心から愛していたのよ」


 言いながら、母さんの瞳から涙が零れ落ちた。


「母さん……」
「『“悪魔”は下等である“人”と結ばれてはいけない』。それが【悪魔の掟】でね、それを破ってしまった父さんと母さんは、悪魔達に命を狙われてしまったの」
「えっ!?」
「けどね、父さんはすごく強かったから、悪魔が何度束になって掛かってきても返り討ちにしていたわ。でも本当にキリが無くて、日が経つにつれ母さんの疲弊が溜まっていったの。それに気付いた狡賢い悪魔がいてね。やられる寸前、『お前が自ら命を絶てば、嫁の命だけは必ず助けてやる』って、母さんを盾にしたのよ。その言葉を真に受けてしまった父さんは、母さんをその場から逃がした後、迷いなく自死をしてしまった……」
「そんな……」


 初めて聞く、父さんが死んでしまった時の話だ。
 父さんは“悪魔”だってことは、前々から母さんに聞かされていたけれど、全然イヤじゃなかった。
 母さんは優しい父さんのことを誇りに思っていたし、会ったことはないけれど、母さんが誇りにする父さんの子で良かった、って心から思っていたんだ。


「本当に……あの人は優し過ぎるんだから……。父さん以外の悪魔が約束を守る筈ないのにね? 母さんが逃げた後も、悪魔達はずっと母さんを捜していたのね。だから今、こうして居場所が見つかって、悪魔達が躍起になって母さんを殺そうとしている。でも、お前が産まれて今ここにいるってことに、奴らはまだ気が付いていないわ。お前だけでも逃がせられる」
「母さん……!!」


 母さんは頬に涙を伝わせながら、おれの頭を優しく撫でた。


「リュー、お前は父さんによく似てる。顔つきも綺麗な朱い瞳の色も、人を思いやる、温かく優しい心を持っていることも。そんなお前をとても誇りに思っているわ。母さんは先に父さんのもとへいくけれど、心配しなくていいからね。お前は生きて、うんと幸せにおなり」
「か……さ……」
「お前と過ごした十五年間、母さんはとても幸せだったよ。お前と父さんを会わせてあげたかったけど、ごめんね。父さんと母さんは、お前のこと、いつまでも見守っているから。愛してるわ、リュー……」


 止まらない涙と鼻水だらけのおれの顔を、母さんは苦笑しながら自分の服の裾で拭ってくれた。
 そしてもう一度おれを抱きしめると、サッと離しておれの肩をトンと押した。


「――さぁ、行って! 振り返らずに!! 真っ直ぐに前を見てっ!!」


 そう叫ぶと、母さんは茂みから飛び出した。


「イタゾッ! アイツノヨメダ!! ヨウヤクミツケタッ!!」
「いいわよ、そうよ……一斉に掛かってきなさい。タダじゃ死なないからね? あの子を必ず守るんだから。――あの子と暮らしていた時の自慢話、たっぷり聞かせてあげるわ。待っててね、あなた――」


 悪魔達の視線が母さんに集中している隙に、おれは奴らの死角から茂みを飛び出し走り出した。


 ――母さんは僧侶だ。
 『回復魔法』の他に、仲間を守る為の魔法もある。



 それは、自分の“命”を犠牲にして――




 ドオオォォォンッッ!!




 大きな爆発音が後ろから鳴り響いたが、おれはギュッと固く目を瞑り、ただむしゃらに走り続けた。
 気が付けば村の入口に辿り着いていて、おれはその場でへたり込んで声を出して泣きじゃくった。


「――どうした? 一体何があったんだ?」


 その時、頭上から青年の声が落ちてきて、おれはそろそろと涙と鼻水でグシャグシャの顔を上げた。



 そこには、心配そうにこちらを見つめる、肩下まで伸びた輝く黄金色の髪と、澄んだ空のような蒼色の瞳をした美青年が立っていた――



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