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15.旦那様の想い
しおりを挟む「このパーティーは、今後の被害を出さない為に、あの女を皆の前で断罪する為に開いたと言っても過言ではなかったんだが、まさか先制されるとは思わなかったぞ」
トリスタン様がそう言って可笑しそうに笑った。
「でもお蔭で面白いものが見れました。流石リファレラ様。やはり期待を裏切らない『何か』を持っていますね……フフッ」
「そんな『何か』、クシャクシャに丸めてバシッてゴミ箱にブチ込みたいわよ……」
私は今も笑いを堪えているシルヴィをジト目で睨み、盛大に息を吐いた。
「ははっ! やっぱりいいな、リファレラ嬢は。どうだ? 予定通りソイツと離縁して、俺のところへ嫁に来ないか? 俺は君をうんと可愛がるし、シルヴェニカと姉妹になれるし、良いこと尽くめだぞ?」
「へ?」
その瞬間、旦那様から凄まじい殺気が溢れ出て、私は思わずブルリと身震いしてしまった。
「おぉ、怖い怖い。皇子をそんな殺意のこもった目で睨むなんてお前くらいしかいないぞ。――分かった分かった、今は諦めるさ。けど、隙を見せたら俺は彼女を掻っ攫うからな。肝に銘じておけよ」
「…………」
……トリスタン様の言葉は、相変わらず冗談か真実か分からないわ……。
シルヴィ、そのニヤニヤ顔はみっともないから、皇女の姿の時は止めなさい?
――その後、トリスタン様の配慮で、私と旦那様は先に馬車で帰らせて貰った。
馬車の中で、旦那様は私を一度も見ず下を向いたまま、一言も言葉を発さなかった……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ドレスを脱ぎ、シャワーを浴びていつもの眠る準備をした私は、旦那様の部屋に向かった。
トントン、とノックしても返答がなかったけれど、中に人がいる気配がする。
私は「失礼します」と言って静かに扉を開けた。
旦那様はそこにいたけれど、まだパーティーの服装のままでソファに座り、ずっと俯いていた。
……やっぱり、気にしてるわよね……。
私は扉を閉め、入口に立ったまま、旦那様へ躊躇いがちに声を掛ける。
「旦那様、あの……。配慮が足りず、ストラン男爵令嬢が放った旦那様への悪口を聞かせてしまい、申し訳ございませんでした……。それと今回の件で、旦那様が少しの間でも彼女と密会をしたことが皆に知れ渡ってしまいました。今後、周りからそれに関して不快な噂が流れるかもしれません。そして、周りの目も暫くは良くない方へ変わるかと……。そこまで気が回らず、本当に申し訳ございませ――」
「違うっ!! そんなこと君が謝る必要は一切ない!! 僕はそんなこと全く気にしてない! 悪口や批判や嘲笑なんて僕に幾らでも好きなだけ浴びせればいい! ――僕は、僕は……っ!!」
私の謝罪を遮り、旦那様は勢い良く立ち上がると、ツカツカと私のところへ歩いてきてギュッと強く抱きしめられた。
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「……僕の知らないところで、君はまた僕の所為で傷付いて……。さっきも僕は何も出来ずにただ突っ立ったままで、君に助けて貰って……。変わると豪語したのに全然変われなくて、心底……心底情けないままで……」
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「分かってる……本当は分かってるんだ……。離縁して、僕から手放して君を自由にさせてあげるのが君の一番の幸せだって。――でも、僕は君を手放したくない! 誰にも……トリスタン様にだって渡したくない!! 君の傍に……いつまでも一緒にいたいんだ……っ!!」
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「違うっ! ……いや、最初はそうだったけど、君と一緒に過ごして、君と話して――君に心が惹かれていった。今では……君のこと、心の底から愛しているんだっ!!」
……旦那様の特別な想いは、気付いていた。
度が過ぎる数々の発言もそうだけど、いつの頃からか、私を見る目が他の人と違っていたから。
優しく、愛しさのこもった瞳で私を見つめていたから……。
でも――
「けれど、もし旦那様の前に『初恋の人』が現れたら? また彼女の方にいってしまうんじゃ……?」
「いかないっ! 僕は絶対にいかないっ!! 君だけを愛しているから……っ!!」
「私は旦那様を信じていますけれど、そっちの方はちょっと信用ならない――」
「『初恋の人』は絶対に現れない!! 君がそうだからっ!!」
旦那様の激白に、私はキョトンとして彼の顔を見上げた。
「…………へ?」
「……僕の……『初恋の人』は君だったんだ、リファレラ……。その……トリスタン様に、君が好きだってことを相談していて……。『初恋の人』を見ても気持ちが揺らがないか確認をする為に、トリスタン様が彼女が現れる場所と時間を教えてくれたんだ。そこに行ったら、『初恋の人』が――君が……魔物退治をしていた……」
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「でも、これだけは信じて欲しい。『初恋の人』が君だと知る前に、僕は君のことを好きになっていた。『初恋の人』が君だから好きになったんじゃない! もし君が『初恋の人』でなくても、僕は彼女を“憧れの存在”として心の片隅に留め、君を一途に愛したよ。彼女が僕の前に現れたって、もう決して揺らぎはしない。僕は君を心から愛しているから」
旦那様は真剣な表情と真っ直ぐな瞳で私を見つめる。
嘘偽りのない、旦那様の本心だ……。
「……旦那様は、私にどうして欲しいのですか? 私のことは考えず、旦那様の“願い”を教えて下さい」
私の言葉に、旦那様は苦しそうに顔を歪めると、また私を強く抱きしめてきた。
「離縁はしないで、一生僕の妻でいて欲しい。本当に駄目で馬鹿で愚かな僕だけど、君を護れるように精一杯頑張るから。駄目な部分は遠慮なく、沢山叱ってくれ。僕は……君と片時も離れたくないんだ……」
切実な……震える声音に、私はそっと目を閉じた。
「……一つ、お伺いしたいのですが」
「あぁ、何でも言ってくれ」
「チリチ――男爵令嬢が、『奥様と離婚したら一緒になるって約束もした』、『すぐに離婚するから待ってろと言った』と仰っていましたが、それは事実で……?」
私の質問に、旦那様がギョッと大きく目を剥いた。
「ちっ、違うっ!! 僕は言っていない!! 向こうがそれを言ってきたんだ!! 『奥様と離婚したら一緒になって下さいね』、『すぐに離婚して下さいね、待ってますから』って……!!」
「それに、旦那様は頷いた……、と?」
「……う……あ……」
顔を真っ青にし、冷や汗をダラダラ流しながら涙目になっている旦那様を見て、私はニッコリと笑顔を向ける。
「分かりました。では――」
私が紡いでいく言葉に、旦那様は涙を浮かべてガタガタ震えてこの世の終わりみたいな絶望顔になっていく。
――旦那様の“想い”を聞いた、その三日後。
私はシルヴィと一緒に、実家のエルドラト子爵家へと帰って行ったのだった――
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