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小話:ライジン家のとある一日 1
しおりを挟む皆様こんにちは。如何お過ごしでしょうか? 光河柚月――ではなく、柚月・ライジンです。
突然ですがワタクシ、ただいま全身黒の悪魔に捕われています。
少しでも身動ぎして逃げる素振りを見せようものなら、私のお腹に回されたヤツの腕が柔らかいゼイ肉たっぷりのそこに思い切り食い込み、羞恥と苦しみを一度に味わうことになります。
その黒ずくめの悪魔に、私はソファの上で後ろから羽交い締めにされ、その上ヤツの膝の上に乗せられています。
そしてヤツは私の頭のてっぺんに本を乗せ、コトもあろうに優雅に読書をしているではありませんか!
こっちは恥ずかしさやら戸惑いやらと一生懸命戦っているというのに! 呑気に鼻歌なんぞ歌いおって! 何の歌なのかは分からないけどムダにイケボで上手いし! くぅっ、悔しいけど耳が心地良い……っ!
「……ねぇ、父さん。“充電”終わった? もう離れていい?」
「ん? あー、あと二十四時間くれぇかな。それまでこんままなー」
「……はあぁっ!? それって一日中ってことだよね!? 今の時代、その“充電”の遅さは致命的な問題だと思うの!! これからはスピード充電の時代だよ父さん!? 流行の先端を突っ走ってそのままピョーンと飛び越えて新記録を狙おうよ父さん!!」
「ぷはっ! またお前はよく分からん面白れぇことを……。んなコト言ったってなぁ、三日に一度は帰って来いっつったのにさ、全然帰って来ないお前が悪いんだよ。ようやく帰ってきたと思ったら一ヶ月も経ってるしさ。一ヶ月分だと、ホントは一週間の“充電”が必要なんだぜ? それをたったの一日で妥協してやってんだ。立派に超絶スピード充電じゃねぇか」
「いやいやっ、世界中を旅してる中で三日に一度家に帰るのは無理があるでしょ!? ていうか色々理不尽過ぎる内容で全然頭に入ってこないっ」
「ライを呼び寄せて、翼で飛んで帰って来いよ。そしたら三日に一度帰って来るのなんて簡単だぜ?」
「頻繁に呼び寄せられるライさんの負担も考えよう!? ライさんも行ったり来たりで大変だって! ねっ、ライさん!?」
『いいや~? 俺様は別に構わないぜ~?』
「ちょっとライさん、そこは私に同意するところ!」
「ははっ! ライはいつでもオレの味方だぜ。よし、三日に一度の帰省決定だな」
「ちょっ、勝手に決めないで!?」
『ありゃりゃ、悪ぃことしちまったか。ガンバレよ~ユヅキ』
ユーナちゃんを捜しにイシュリーズさんと旅に出てから一ヶ月、久し振りに家へと帰って来たら早々に捕まり、この状況ですよ……。
ちなみにライさんは常に父さんに預けています。私が旅に出ている間は、父さんがイーファス王国を守ってくれているので、何かあった時の為に、父さんの近くにいつもあった方がいいと思ったのです。
私の場合は《雷の聖騎士》ということで【聖斧】の持ち主になっていて、ライさんをいつでも手元に呼び寄せられますから。
ちなみのちなみにですが、イシュリーズさんは、自分のお家であるフウジン邸に顔を見せに行っていますよ。
私のこの状況は、父さん曰く“愛娘の充電”だそうで、全く離れる気配なし……。
今日もイーファス城で《騎士団長》としての仕事があったはずなのに、私が帰って来たから無理矢理強引に休んだみたいで。
この王国の立て直しで色々とバタバタしてて、猫の手も借りたいくらい忙しい時だろうに……。センさん――いえ王様ごめんなさい……。
あ、サラリと流してしまいましたが、父さんは王国の《騎士団長》に任命され、『ブタ前王懲らしめ事件』で情けない姿を見せた騎士達をビシバシと鍛え直しているそうです。
元《雷の聖騎士》で元【闇堕ち】の現イーファス王国《騎士団長》の父さん。
元異世界人で現《雷の聖騎士》であり、『偽《聖女》を懲らしめよう作戦』で何故かそのまま《聖女》扱いされている私。
そして元異世界人の現《勇者》である母さん。
《勇者》といっても、今は平和で特に何もすることがないので、ライジン家の《主婦》やっています。
豪華な肩書きがムダに沢山あるライジン一家です……。
そうそう、このライジン邸は新築のお家なんですよ。完成するまでは、イーファス城のお部屋の一室をお借りして生活していたんです。
新しいお家は、他の聖騎士達の邸宅よりかなりこぢんまりとしていて、周りのお家より少し広い一軒家って感じです。
それは、母さんの意向を全面的に組んで建築されているからで。
他の聖騎士達の邸宅は部屋がいくつもあり、とても広いから執事さんやメイドさんを数人雇っているけど、母さんは家族だけで住みたい、自分達のお家なんだから自分達だけで責任を持ちたいって……。
私もそれに賛成しました。もちろん父さんも。
結果、とても家庭的で居心地の良いお家になり、母さんも「以前のお家よりお掃除がすごく楽だわ~」と喜んでました。
うん、それは何より何より。
「……もう! こういうことは母さんにしなよ?」
「ん? 母ちゃんとは毎日してるぜ? 日常茶飯事だな。当たり前の光景になってるぜ」
「くっ……! このラブが無限大の夫婦めっ!」
「ははっ! 羨ましいのか柚月? 大丈夫だ、もちろんお前も愛してるぜ? お前が帰る度に父ちゃんを充電させてやるからな」
「あ、あいし……っ!? そんなことよくも平気で――ってちょっと待って、何でいつの間にか私が充電する側になってるのっ!? しかも“させてやる”ぅ!? 何故に上から目線っ!? そんなの謹んでご遠慮させて頂きたく申し上げます!!」
「くはっ! お前、百面相でいちいち丁寧にツッコミ入れんなよ……っ。くくっ、は、腹いてぇ……っ」
サラリとこんな風に恥ずかしいことを言ってのける父さんは、強面な見掛けによらず素直で甘えたさんなんだよね。すぐにくっつきたがるし、頻繁に挨拶のキスしたがるし……。
新しいお家に住み始めて、父さんと家の中ですれ違う度に捕まり額や頬にキスをしてくるもんだから、恥ずかし過ぎて母さんに助けを求めたら、
「お父さんは、小さい頃から厳しい環境の中にいたらしくて、お父さんのお母さんにも甘えられずに今まできたみたいなの。家族に甘えられなくてずっと寂しかった分、今その反動が大きくきているのかも。柚月を大好きってことだから、多少は大目に見てあげて? ふふ、しょうのないお父さんよね」
って、慈愛の女神のように微笑みながらそう言われ……。
それが理由なら大目に見るしかないけど、毎回見せるあのニヤリ顔、絶対私の反応を楽しんで面白がってる!
くそぅ、なるべく早くネギのフルコースを母さんから伝授してもらって、絶対に食らわせてやるだから……!!
笑いを堪えて震えている父さんを見て、フルコースのネギ料理を目の前にしてギャフンと言っている姿を想像して溜飲を下げていると、ウワサの母さんが物を取りに居間へと入ってきました。
――はっ! いくら娘とはいえ、自分の夫とこんなに密着していてはイヤな気持ちになるんじゃ!?
「かっ、母さん! これはね――」
慌てて弁解しようと口を開くと、目的の物を手に取った母さんはこちらを見て目を真ん丸とさせ――すぐにフワリと微笑みました。
「あらあら、父娘で仲良いわね~。微笑ましいわ~、ふふっ」
「だろ? コイツからかうと、もう可愛くって面白くって仕方なくってさぁ」
「あらあら、気持ちは分かるけど柚月をからかい過ぎないようにね? 拗ねちゃって口を利いてくれなくなるかも?」
「あぁ、それは超カンベンだな。程々にしとくよ」
「程々の量を間違えないようにね?」
「おー」
二人は顔を見合わせ笑うと、母さんはそのまま居間から出て行きました。
………………。
…………。
そうだった、母さんはそういう性格だったっ!
あわよくば母さんに指摘されてこの状況を抜け出そうと考えていた私は、その目論見はムダだったと分かると抜け出すのを諦め、代わりに聞いてみたかったことを父さんに尋ねてみました。
「ねぇ父さん。母さんとの馴れ初めを教えて欲しいな」
「ん? いきなり何だよ。そんなん聞きてぇのか?」
「うん、聞きたい。すごーく聞きたい」
「んー……。――ったく、しょうがねぇなぁ」
コクコク頷いて父さんを見上げると、やれやれといった感じで言ったけど、表情が満更でもなさそう……。母さんの話ができるのが嬉しいのかな?
父さんは読んでいた本を私の頭から取るとテーブルの上に置き、改めて私を後ろから抱き直すと口を開き、話し始めました。
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