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127.愚かな男の末路
しおりを挟む灰城戒は、気が付くと真っ暗な空間の中にいた。
その暗闇の空間に、飾り気の無い、大きな両開きの扉が淡い光をたたえ、ポツンと佇んでいる。
「……何だここは……?」
「おっ、来たね。〈バーラウズ〉の神に見放された者よ。待ってたよ」
戒が無意識に呟くと同時に横から男の声が聞こえ、彼は反射的に飛び退く。
そこには小さなテーブルとお洒落な椅子が一つずつあって、そこに一人の若い男が頬杖をつき、ニヤつきながら座っていた。
若い男の髪は紫だが毛先は緑色、瞳は様々な色が入り交じり、何とも珍しい風貌をしている。
男とテーブル一式も、扉と同じ薄い光で包まれていた。
「何だお前は……」
「ん~? 礼儀がなってないねぇ。人のコトを訊く前に、まずは自分から名乗るもんでしょ。ま、聞かなくとも俺はアンタのコト知ってるけどさ。ねぇ、“灰城戒”クン?」
「…………!?」
男の瞳の奥が鋭く光り、それを見て戒の頭の中で警戒心が一気に上がった。
自然と足が危険を避けるように後退していく。
「ははっ、そんなに怯えなくても大丈夫。俺は何もしないからさ。簡単に自己紹介すると、俺はここの案内人兼管理人。ここは様々な世界から裁き切れない大罪を犯した者が来る、んー……そうだな、まぁ監獄所みたいな場所さ」
「監獄所だと……? 僕は元の世界に戻ったんじゃないのか!?」
思わず叫んでしまった戒に、男はニヤニヤ顔を崩さずに答えた。
「その世界で起きた罪は、その世界で罰することが通常のルールなんだけど、大罪を犯し、反省や改心の色が全く見られない者は、その世界の神が直接ここに連れてくるんだよ。けどアンタ、《勇者》交代されたろ? その時、アンタの行き先がココに指定されていたのさ。この場所は、各世界の神か、長く生を過ごすエルフくらいしか知らない場所だから、〈バーラウズ〉の神が特例で人間に教えたんだろうね」
「なっ?」
「さて、改めまして。ここはアンタがこれまでの罪を償う場所さ。そしてここに入ったヤツらは全員、最終的に自分のしでかした罪を深く嘆いたり悔いたりするという、被害者にとってアリガターイ場所でもある」
「はぁ?」
戒は胡散臭そうに男を見たが、彼は含み笑いをし、少しだけ声のトーンを高くして言葉を投げた。
「にしてもアンタ、結構ヒドイコトしてるねぇ~。魔物をけしかけたり、可愛い女のコを殺したり。ただ気に食わないとか腹が立ったってだけで、兵士も何人か殺してるね。命乞いをムシして、笑いながら何度も剣を突き立ててさ。魔物にやられたって理由で処理してたみたいだけど。他にも色々……うわっ、こりゃ口に出来ないわ。結構じゃなく相当ヒッドイね~。しかもソレらに対し、反省も罪悪感も微塵もナシ、と。うん、ここに来てダイセイカーイだな」
「…………! 何故そこまで――」
戒の瞳が驚愕に見開かれるのを見て、男は瞳を細めてケラケラと笑う。
「俺の目は千里眼みたいなもんだからさ。アンタの胸の内も見れるし、こっから様々な世界も覗けるんだよ。眺めてると飽きないんだよな~。人間ウォッチっていうの? どうしようもないクズがいたら、自ら俺が出向いてここに入れてるよ。そんなクズは、どこの世界にもいらないゴミだからね。ちなみにアンタもそのクズの分類だなぁ。しかも上位のクズだ。アンタをここに送る判断をした人間に感謝しなくちゃね。こんなきったないゴミクズを見逃さずに済んだし」
「なっ……!?」
ひとしきり笑うと、男はおもむろに椅子から立ち上がり、戒に近付いてきた。
「さて、ムダ話はもう終わりだ。そろそろ行こうか。ちなみにこの扉に入ったら、罪を心から悔い改心するまで出られないよ。――あ、そうだ。中に入ったヤツラが全員口を揃えて言うコトバ、教えてあげるよ。餞別に、ね」
男はニイと口の端を大きく持ち上げると、戒の耳に唇を寄せ、囁いた。
「『もう死にたい、自分が悪かったから、頼むから死なせてくれ』、ってさ。“命乞い”と反対のコト言ってんの。言葉を作るとしたら、“死に乞い”かな? ははっ、笑っちゃうよねぇ。ま、そう言われても簡単には死なせてあげないけどね? カンペキに悔い改めるまでは、ね。だからアンタも、〈バーラウズ〉の神に願った【衰えない肉体】、だっけ? をこっちに来てもそのまま継続させといたよ。これでアンタは永遠にあの中にいられるわけだ。ははっ、良かったねぇ。地獄以上の苦しみと痛みを末永く味わえて」
口調は軽快だが、男の酷く冷たい瞳と声音に、戒の全身が大きく震える。
「そんじゃ行こうか。お一人サマご案内~♪ ってね」
「まっ……!」
そして扉は音を立てて開かれ、そこから無数の青白い手がニュッと伸びてきた。
「ひっ!!」
逃げようとする戒だったが、その青白い手は彼の逃亡を許す筈が無く――
彼の身体を難なく捕まえると、満足したように中に戻っていく。
彼をその手で捉えたまま。
「あっ、そうそう。入った瞬間から地獄が待ってるよ。程なくして地獄以上の苦痛と絶望がアンタを襲う。アンタの“死に乞い”はいつ聞けるかな? ってもアンタ、根性なさそうだから即行言いそうだけどね。でもま、その望みは叶えてあげられないから。アンタが心の底からカンペキに改心するまではさ。あはっ、ゴメンね~?」
「ギャアアァァッッ!!」
戎の悲鳴を残し、扉は何事もなかったかのように、ゆっくりと静かに閉まっていったのだったーー
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