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123.少女の遺した希望の欠片

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「イ……っ」

 思わずイシュリーズさんの名前が口から出掛かり、慌てて両手で口を押さえます。

 ちょっと待って!? 今は私とイシュリーズさんが知ってる仲だってことは、絶対気付かれちゃいけないのに! 
 もしも私の正体がバレたら、“作戦”が台無しになってしまう……!

 危惧の中、私は急いでイシュリーズさんの腕から離れようと身動ぎしたけど、全くその力を抜く気配はせず……。
 むしろ逃さないとばかりに後頭部をその大きな手で掴まれ、背中に回された腕の力を強くされて更に密着してしまった!? 何故にっ!?

 ……あぁ、でもイシュリーズさんの匂いだ……。何だか懐かしいし、やっぱり落ち着く匂いだなぁ――って、和んでる場合じゃなーーいっ!!

 こ、こうなったら……っ。

(ウインさーん! イシュリーズさんを私から離れさせてーっ! このままじゃ“作戦”の続行がぁーーっ!)

 困った時のウインさん! ――ということで、頼みの綱のウインさんに頭の中で呼び掛けたところ、

『あぁ。ユヅキ、大丈夫だ。イシュリーズは頭に血は昇っているが、至って冷静だ』

 へっ!? 血が昇っても冷静!? それって一体どういう状態っ!?

「……何だい、イシュリーズ・フウジン。勝手に僕の《聖女》に触れないでくれないかな」
「お言葉ですが、《聖女》はこの世界の神聖なる存在です。決して貴殿のものではありません。ですので好き勝手にする事も許されません。その事をお忘れなきよう」
「……はぁ。堅苦しいのは嫌いなんだけどな」
「そうですか、私と話すのがお嫌なようですね。私も同上ですので、要件を手短に説明します。ユーナ殺害の証拠の件についてです」

 イシュリーズさんの、微妙に噛み合っていない返答はわざとでしょうか……。
 彼の最後の言葉を聞くと、灰城戒のこめかみが再びピクリと震えます。

「まずはこれです。これは、被害者であるユーナの靴の中に入っていました」

 イシュリーズさんがお腹から服の中に手を入れ、すぐに抜いて掌を開くと、そこにはとても小さな宝石が乗っていました。

「ユーナは宝石には興味が無く、一切持っていませんでした。逆に、貴殿は宝石の付いた靴や装飾品を好んでいる。恐らくこれは、貴殿の靴の宝石の一部でしょう。突然の貴殿の訪問に疑問に思ったユーナは、何かあった時の為に証拠になる物と思い、貴殿を玄関から靴を脱いで上がらせた後、靴を揃える時に気付かれない部分の宝石を一つ取って、自分の靴の中に入れたんだと思います。貴殿はその時履いた靴は捨てていないはずだ。その靴も貴殿の大切な収集品の一つなのだから。探せば小さな宝石が一つ欠けた靴が見つかる事でしょう」

 イシュリーズさんの淡々とした口調の喋りと内容に、住民の間からざわつきが聞こえてきます。

「そっ、そんな事で殺害の証拠などと……!」
「そうですね、まだ弱いです。なので、これは如何でしょうか」

 イシュリーズさんは灰城戒の言葉尻に被せるように言い、また服の中に手を潜り込ませます。

 もしかして、服の中に裏ポケットがある……? イシュリーズさんは証拠品を没収されないように、予めその中にずっと隠していたの……?
 
 程なくして服の中から手を抜いたイシュリーズさんは、再び掌を開いて出してきました。
 そこには、先程のものより小さめで、少し汚れている宝石が乗っています。

「居間に敷いてある絨毯がほんの少しだけめくれており、これはその下に落ちていました。この赤黒い汚れは、恐らくユーナの血でしょう。推測するに、この宝石は貴殿が彼女を刺したナイフに付いていたものと思われます。刺された時、偶然か故意か、彼女はナイフの目立たない部分に付いている宝石を爪で引っ掻き、取れたそれを握った。そして彼女が倒れた時、貴殿に見つからないよう咄嗟に絨毯の下に手を入れて隠したのだと思います。貴殿はそのナイフを洗って収集品に戻したのでしょう? 貴殿は一度収集品に入った物は捨てないと聞きました。その収集品の中のナイフを調べれば、宝石が一つ足りないものが見つかるはず。この宝石がピッタリと当て嵌まるナイフが」
「……ぐっ……!」

 灰城戒は言い逃れの言葉が浮かばないのか、唸っただけで、何も言い返しませんでした。


 ユーナちゃん、自分が死に直面しているのに、瞬時にそこまで考えて……。まだ十歳の女の子なのに……。
 やっぱりすごい女の子だよ、ユーナちゃんは――


 私は泣くのを必死に堪え、国民の大きなざわめきを聞きながら、肩を震わせている灰城戒をただじっと見ていました。



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