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119.愛しい貴女へ

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「刑を宣告された時にも申し上げましたが、貴殿と共にブルフィア王国に向かった兵士達は、全員何も悪くありません。私が彼らを脅して自分を死んだ事にしてくれと言い聞かせたのですから。私の〈処刑〉後、すぐに兵士達を解放して手厚い待遇を所望いたします」

「あぁ、分かった。死にゆく君の頼みだからな、約束しよう」

 …………っ!
 そうか、イシュリーズさんはあの兵士達を人質に取られていたんだ!
 兵士達は尋問された後、問答無用で牢獄に入れられてしまったんだろう。だからイシュリーズさんは、こんなにも素直に刑を受け入れたんだ。

 でも、あの意地悪く歪んでいる《勇者》の顔を見るに、その約束は反故にするに違いない。
 イシュリーズさんが処刑された後、兵士達も同じ方法で――

「ねぇ、お兄様ぁ~。やっぱりこの人をペットとして飼いたいわぁ。こんなにカッコ良くて美しい人、そうそういないもの。髪や瞳の色もキレイだしぃ。首や手足を鎖でしっかり繋いでちゃんとシツケをすれば、アタシだけの従順なペットになるわよぉ♡」

 《勇者》の腕に自分の腕を絡ませながら、《聖女》がとんでもないことを言い出しました! かなりのお値段であろう、宝石が散りばめられたキラキラのドレスを、さも当たり前のように身に纏っています……。
 住民達の間で小さなどよめきが起こりました。
 そりゃそうだ、人間をペットにしたいって言ってるんだから……。

 《勇者》は少しだけ顔をしかめると、《聖女》の耳元に顔を寄せ小さく口を開きました。
 二人だけの会話をしようとしているのに気付いた私は、絶対に聞き逃すまいと耳をダンボにします。

「ふぅ……。華鈴、そういう事は民衆の前で堂々と言うな。お前が《聖女》を名乗っている事を肝に銘じろ」
「あっ、ごめんなさ~いお兄様☆ でもペットとしてなら可愛がってあげられると思ったの♡」
「やれやれ……。華鈴の面食いにはほとほと呆れる。こいつには一度振られているだろう?」
「ウフフッ♪ もし噛みついてきたら、その倍以上の“お仕置き”をしてあげるわ♡」
「おぉ、怖い怖い」

 《勇者》は苦笑気味に息をつくと、今度はイシュリーズさんに顔を寄せて、周りに聞こえないように小声で話し掛けます。

「今の話、どうだい? 君はペットになる気はあるかな? そうすれば君は死なないで済むよ。今後一生、妹の玩具になる事は間違いないけどね。それもまた楽しい人生になるんじゃないか? ははっ」
「もう! オモチャだなんて、やだわぁお兄様ったらぁ♡ ちゃーんとペットとしてたっぷり可愛がってあげるわよぉ♪ でもぉ、面白そうだしぃ、時々はオモチャとして遊ぶかもね☆」

 《勇者》のヤツ……! 住民達には分からないように、あからさまにイシュリーズさんを見下して楽しんでる……! 《聖女》も下卑た笑いを口元に貼りつけて……。
 ひどい……何てひどい!! この二人、イシュリーズさんを何だと思ってるんだ!!

 ――その時、《聖女》がイシュリーズさんのもとへ寄ってきたと思ったら、両手を彼に伸ばしてきて……?
 まさか……イシュリーズさんに抱きつこうとしてる!?
 そんなこと絶対にダメッ! 絶対に許さないから!!

 私が思わず制止の声を出そうとするより早く、


「俺に触るな」


 鋭く低く、吐き捨てるような言葉がイシュリーズさんの口から出て、《聖女》の顔は笑顔で固まったままピタリと歩みを止めます。彼は無表情のままだけど威圧感が半端なく、それが《聖女》の足を無意識に止めているようで……。

「……失礼しました。私に触れていい女性ひとは、私の心から愛する女性ひとだけですから」

 イシュリーズさんは表情のないままそう言うと、言葉を続けます。


「……《聖女》殿。私には、一生を共にすると心に決めた相手がおります。彼女を悲しませる、裏切る行為は絶対にしたくありません。もしそれを強要するのであれば、私は今すぐこの場で自死をします。自死の為天に行けない己の魂は、愛しい彼女の傍で……彼女が天に召されるまで、片時も離れず寄り添うことでしょう。彼女に一生気付かれなくても、私は彼女の傍にいられるだけで本望です。ですので、貴女の要求は断固としてお断りさせて頂きます」


 イシュリーズさんの、低く澄んだその声音と言葉に、辺りはシーンと静まり返りました。

 その“心に決めた相手”は――

 私の両目から、堪え切れず涙が溢れてきます。それに気付いた父さんは、何も言わず私を抱きしめ、その胸の中に嗚咽と涙を隠してくれました。

「……はあぁっ!? なによその超クッッサイ台詞! 耳と身体がムズ痒くなるわっ! いいわ、もうアンタなんか金輪際いらない! こっちから願い下げよっ! こんなヤツさっさとヤッちゃって、お兄様っ! 早くそのイケメン顔が醜く歪んだ顔に変わるのが見たいわっ!」
「華鈴! ――ったく、さっき言った事をすぐに忘れるんだからな……」

 《勇者》は小さく舌打ちをして溜め息を吐くと、姿勢を正してイシュリーズさんを再び見下ろします。


「さて、イシュリーズ・フウジン。君は、この世界の特別な存在である《勇者》を騙して二つの大罪を犯し、その罪の重さを受け予定通りこのギロチンで処刑される。悔いはもう無いかな?」


 《勇者》が笑みを顔に貼り付けて、下を向くイシュリーズさんを覗き込みました。
 イシュリーズさんは、私達がここに来た時から顔色を変えず、ずっと無表情のままで……。
 ……あんなに表情のない彼、初めて見た……。
 あれがリュウレイさんやホムラさんの言ってた、昔のイシュリーズさんの顔……?
 見てるとすごく切なくなって、胸が痛んで……。

 あんなイシュリーズさんの顔、見たくない――


「……父さん」
「あぁ、“頃合い”だな」


 不意に父さんが私の両肩に手を置き身を屈ませると、私のおでこに自分の額をコツンと当ててきました。

「……父さん?」
「すまないな、柚月。お前に全てを任せちまって……。負担を背負わせちまって……。父ちゃんが出られれば良かったんだが、ここにいるヤツらに余計な混乱を与えるだけで、せっかくの“作戦”が台無しになっちまうからな……」

 私にしか聞こえない声で悔しそうに言う父さんに、気にしないでの意味を込めて笑いかけます。

「父さんは【闇堕ち】として討伐されたことになってるもの。その気持ちだけで十分だよ」
「……ありがとな、柚月。《聖女》のことは任せた。ホムラ坊の“追加作戦”通りにやれば上手くいくはずだ。けど気負うことはないぜ。失敗してもいい。父ちゃんが陰でフォローするから」
「うん、ありがとう。心強いよ」
「《勇者》に関しては、ホムラ坊達が戻ってくるまで、時間稼ぎが出来るようならしてくれ。何度も言うが、お前が一人で気負う必要はないからな。……またあんな無茶をして、何日も目を覚まさないなんてこと……あんなグチャグチャな気持ちを味わうなんて……もう勘弁だからな……」
「……父さん……」

 目の前で瞼を閉じた父さんの睫毛が小刻みに震えています……。
 その時になってようやく、五日間も目を覚まさなかった私を、父さんがどれほど心配したのかが分かって――

 私は素早く父さんの頬に唇を寄せ触れさせると、驚くその顔に向かってニコリと微笑みました。

「もう父さんを悲しませるようなことはしないから。約束するよ。私達家族の為にも、絶対にこの“作戦”を成功させようね!」

 胸の前でグッと握り拳を作った私を見つめた父さんは、ふっと口の端を持ち上げ、私を一回だけ強く抱きしめてきました。そして姿勢を直すと、人差し指で私の目元に残る涙を拭き取ります。

「……柚月、何かあれば父ちゃんが必ず助けてやる。だから――精一杯やってこいっ!!」
「うんっ!!」

 私は父さんを見上げると、真剣な表情で大きく頷きました。父さんはニヤリと笑い、私の頭をガシガシッと乱暴に撫でます。そして腰に差してあったライさんを手に取り、私に向かって差し出しました。
 私はライさんをしっかりと右手に持ち、頭に被るフードをバサリと外します。


「――よしっ、いくよライさんっ!!」
『おぅともさ! 盛大にブッ放してやろうぜぇ!!』


 頭に響くライさんの言葉と同時に黄金の翼を出して飛び上がり、勢い良く【聖斧】を振り下ろします!

「やああぁぁっっ!!」


 ドッゴオオオォォォンッッ!!


 耳を劈くような衝撃音と共に、ギロチン台に巨大な雷撃が勢い良く落とされました!



 ――さぁ、“作戦”の始まりです!!



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