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118.因縁の、風の国の広場にて

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 私達は今、最小限に休憩を挟みながら、グリーヴァ王国に向かって全速力で飛んでいます。


「チッ、こんなに早く〈死刑宣告〉をして執行するなんて予想外だったな。何でそんなに急ぐ必要があるんだ?」

 私を両腕で抱きかかえ、漆黒の翼を大きく羽ばたかせている父さんが、鋭い舌打ちをして呟きます。

「〈死刑〉宣告を伝えると同時に、執行の日時も伝えたみたいだよ。こんなに早急なのは、他の《聖騎士》達に執行を邪魔されたくない為かもねぇ。他国だから駆けつけるのに時間掛かるしね。けど生憎グリーヴァ王国には、二十年前の事件調査の為にリュウちゃんが入国していたから、何かあったら止めてくれるよ。だから心配しないでね、柚月ちゃん」
「……はい。ありがとうございます、ホムラさん」

 隣で優美に羽ばたく火の鳥さんに乗ったホムラさんが、驚いた表情で微笑み返す私を見ました。

「あれ? 意外に冷静だね、柚月ちゃん。もっとオロオロして慌てふためくかと思ったのに」
「……ふふっ。私もついさっきまで、心の中でオロオロワタワタしてましたよ。でも、何かあってもリュウレイさんがいるって安心感が出来ましたし、イシュリーズさんが抵抗せずに《勇者》に従順なのは、何か大きな理由があってのことだと思うんです。その理由の中に、今回の“作戦”をダメにしない為もあると思って……。だから私も、イシュリーズさんの想いをムダにしない為に、“作戦”を必ず遂行する覚悟を改めて持ちました!」

 グッと握り拳を作った私に、ホムラさんはいつものヘラリとした笑顔を見せました。

「柚月ちゃんは、イシュちゃんとリュウちゃんのコトを本当に信頼してるんだね。いいなぁ~、ボクもそれくらい信頼されたいなぁ~」
『なら、ホムラは性格をゼロから変えないとダメだね! まずは赤ん坊の頃からやり直さなくちゃ! ねっ、ユヅちゃん?』
「あははっ、そうかも?」
「そんなっ、二人ともヒドイッ! この麗しく可憐な性格がボクなのにっ!」
「おいおい、楽しそうだなぁお前ら。でもま、変に緊張したり悲嘆するよりは全然いいぜ。――しかしまぁ、よりによって執行場所が“あの広場”か……。ケジメをつけるのには最適の場所、か」

 最後、ポツリと独りごちた父さんの言葉を聞いて、私は静かに瞼を閉じます。


 ――私達家族の運命を狂わせたその場所で、全てを終わりにさせてみせる。

 その時まで、あと少し――


「グリーヴァ王国に入ったよ~」
「――あっ、そうだ!」

 ホムラさんの知らせの言葉に、私は慌ててワンピースのポケットから、ある物を取り出しました。

「ん? 柚月、何だその小さな薄っぺらいヤツは」
「これ、私が日本から持ってきたものだよ。スマホっていって、ずっと肌見離さず持ってたの。電源は……良かった、まだついた! 電波は――ふふっ、やっぱり!」

 私は電波の状態を表すアイコンを見て、予想通りなことに思わず笑いが込み上げてきました。
 この風の国で初めてラインの送信をした時と同じ、アンテナが一つ立っていたからです。
 あの時はただの偶然かと思ったけど、今は違うと分かります。


「神様、ありがとう――」


 誰にも聞こえない声音で神様に心からのお礼を言うと、急いで文字を打ち始めます。

「んー? それ何かの文字か? どこかで見たことあるな……? 一体何してんだ?」
「とっても大事なことだよ……よし、これでオッケー!」

 一連の動作を終えて、私は満足して電源を切り、落ちないようにそっとポケットに仕舞いました。

「何かよく分かんねぇが、もういいのか?」
「うん、大丈夫!」
「あっ、広場が見えてきたよ~。これから刑が執行されるみたいだね。《勇者》達とイシュちゃんの姿が見える――って、何あの大きなギロチン台!? うっわ~、趣味わっるぅ~っ」

 ホムラさんの声に私と父さんは下を向くと、広場の真ん中に、異世界漫画で見たことのある大きなギロチン台がドドンッと置いてあって、その前に《勇者》と《聖女》が立ち、イシュリーズさんはその二人の後ろで兵士達によって跪かされていました。

(イシュリーズさん……!)

 その様子を、大勢の住民達が広場の周囲を取り囲み、固唾を呑んで見守っている状態です。

 この国の王様の姿は……ありません。お城に残ったままなのでしょうか?
 もしかして、〈処刑〉の瞬間を見たくなくて、ここには来なかった……?

 ざわつく住民の中に紛れ込む、フードを深く被ったリュウレイさんを発見した私達は、《勇者》達に気付かれないようにそっと地面に降り立ちます。
 そして、同じく用意していたフードを深く被ると、急いで彼女の元に駆け寄りました。


「――リュウレイさん!」
「……! 来たか、柚月。見ての通り、イシュリーズは無事だ。だが状況が悪い。イシュリーズは【魔封じの鎖】を巻かれ、【聖剣】を取り上げられている状態だ。ルザード殿とセイラ殿と母様は、刑の執行を邪魔する者としてグリーヴァ城に幽閉されてしまった。私は別行動をしていたから無事だったが、母様達がいないと、二十年前の襲撃事件の追及が《勇者》に出来ない。母様達が保護した召喚士を連れてこなければいけないからな。保護した場所はセイラ殿が結界術で隠しているから、まずは母様達を助け出さないと――」


 リュウレイさんは、私達にしか聞こえないような小声で、今の状況を手早く説明してくれました。

「なるほどね~。じゃあ、ボクとリュウちゃんで彼らを助けに行こうか。ボクの火の鳥は大人数を乗せられるし、リュウちゃんとスミレさんは火の耐性があるから、それぞれセイラさんと例の召喚士を抱えてくれれば乗せていけると思うよ。ルザードさんは……う~ん、申し訳ないけど走ってきてもらうしかないかなぁ」
「おっ、それすっげーいい案じゃねぇか、ホムラ坊。ルザードのヤツは全く気にすんな、娘を泣かせたあんなヤツ、いくらでも永遠に走らせとけ。頃合いを見て“作戦”を実行するから、なるべく早く連れてきてくれよ、お二人さん」

 ホムラさんの提案に、父さんはニヤリとしながら諸手を挙げて賛成しました。
 父さんってば……私のことは本当にもういいのに……。ルザードさんを走らせるって点が気に入ったんだ、絶対……。

「分かりました。母様達が幽閉された部屋は大体調べがついているので、迅速に済まして戻ってきます」
「おぅ。リュウの嬢ちゃん、頼んだぜ。ま、スミレの娘なら心配するこたぁねぇな」
「ふふっ。褒め言葉、ありがとうございます。行こう、ホムラ。――柚月、くれぐれも無茶はするなよ?」
「はい!」
『……いってきます。《ライトニングアックス》、ヘマはしないでね』
『誰に向かって言ってんだ、《ウォーター》のお嬢! 俺様だぜ? 大船に乗ったつもりでいな! お嬢も気を付けろよ!』
『……うん。“泥船”にならないように祈っておく』
『はっは、相変わらずお嬢は辛辣だな!』
「柚月ちゃん、“追加作戦”頼んだよ? 君なら絶対できるからさ♪」
『僕も見たいから、早く終わらせようね、ホムラ! 頑張ってね、ユヅちゃん、《ライトニング》の兄ちゃん!』
『おぅ、任せとけ! 《ブレイズ》の坊やも頑張れよ!』
「はい、必ず成功させてみせます! お二人共――うーさんとブーちゃんもどうかお気を付けて!」

 私が大きく頷くと、二人はニコリと笑って踵を返し、音もなく駆けていきました。

「……? なぁ柚月、“追加作戦”ってなんのことだ?」
「あ、ホムラさんが考えてくれたんだけどね、私が――」


「――イシュリーズ・フウジン。何か言い遺す事はあるか?」


 父さんに説明し終えようとしたその時、突如盛大に響いたその声に、私はビクッとして言葉を切り、聞こえてきた方角にある広場を見ました。
 《勇者》が、口の端を大きく持ち上げ、蹲るイシュリーズさんを見下ろしています。
 イシュリーズさんは鎧も取り上げられたのか、長袖のタートルネックとスラックスという軽装で、【魔封じの鎖】で身体を雁字搦めに縛られていて……。

 ウインさんは……良かった、腰に差さってる。でも、【魔封じの鎖】でイシュリーズさんと一緒に縛られているから、声が届かない……。
 あ……イシュリーズさん、少し痩せた? 頬が痩けてるように見える……。
 彼のそんな痛々しい姿に、胸がギュッと詰まって苦しくなります……。


「柚月、辛いだろうが我慢しろよ。まだ“その時”じゃない」
「……うん、分かってる」


 父さんの耳元で囁かれた言葉に、私は爪が食い込むくらい拳をグッと握りしめたのでした……。



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