【R18】《用無し》と放り出された私と、過保護な元《聖騎士》様の旅路

望月 或

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101.心に沈む苦しみは決して消えず

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 その時不意に、父さんから低い呻き声が聞こえてきました。

「えっ、父さん!?」

 慌てて掛けていた毛布を掴んで駆け寄ると、父さんの顔は苦しみで歪んでいて……。

「ごめん、ごめんな……蕾。ずっと……待たせちまって……。守れなくて……。本当に……本当にごめん――」

 父さんは何度も辛そうに母さんに謝罪をし、閉じた瞳から一筋の涙が零れ落ちました……。

「父さん……」

 父さんは元に戻ってから、ずっと明るく振る舞ってたけど、心の奥では罪悪感で苦しんでいたんだね……。
 そうだよね……だって母さんは、父さんにとって最愛の人だもの。
 きっと母さんも、寂しくて辛い気持ちを心の奥底に隠して、私を育ててくれたんだ……。

 父さんと母さんには、今まで辛かった分以上に、これからはたくさんの幸せに包まれて欲しい。心優しい二人がずっと苦しむなんてこと、絶対に許されるわけがないんだから……。

 私は父さんのくせっ毛の髪をそっと撫で、言葉を紡ぎます。

「……父さんは何も悪くないよ。だから、そんなに自分を責めないで。母さんも、父さんのそんな苦しむ姿を見るのはイヤに決まってるよ。きっと……ううん、絶対に笑って許してくれるよ。大丈夫だよ。……私、大好きな二人にはずっと笑顔でいて欲しいから。だから――」

 突然、黒髪を撫でていた手をガシッと掴まれ、気付けば私は父さんの上にいました。
 何を言ってるのか分からないって? えぇ、本当に言葉通りでして……。私が父さんの掛け布団になっている的な……。
 逃れようとしても、抱きしめ……いや、これはガッシリと羽交い締め状態にされて動けません!

(ライさん! お願いっ、助けてぇーっ! 捕まったー! このままじゃ父さんの掛け布団にされちゃうーっ!)

 私はライさんにしか聞こえない声で助けを求めます。

『お前な、俺様を誰だと思ってんだ。黄金色に眩く輝く、神秘的で超カッコイイ【聖斧】だぜ? 手も足もないのにどうやって助けろって言うんだよ』
(でっ、ですよねー!? 失礼しましたぁー!)
『よし、諦めてそのまま寝ろ』
(そんな殺生なーーっ!?)

 そんな漫才もどきをしている間にも、徐々に羽交い締めは強くなっていきます……。
 ちょっ、夢の中で柔道でもやってるのっ!? このままいったら圧迫されてそのまま潰……ヒイィッ! 父さんの力なら十分あり得る! 待って待って、そんなスプラッタ並な死に方も勘弁して頂きたい!!

「ちょっと父さ――」
「……ありがと……な……」

 これはすぐさま起こすしかない、と声を掛けようとした父さんから呟かれた言葉に、私はぐっと口を噤みました。
 さっきまで辛そうだった父さんの表情が、心なしか和らいでいます。
 ……母さんが、父さんを許している夢を見ているのかな?
 ……そんなの、起こせないや……。

 私は抜け出すのを諦めて、力を抜きました。
 幸運にも、先程より圧迫感が減っています。毛布より暖かい父さんの体温は、私の眠気を急激に誘ってきて――

「おやすみなさい、どうか良い夢を――」

 私はそう囁くように言うと、手に掴んでいた毛布を何とか自分の上に掛け、静かに目を閉じました。



********



 外から聞こえる鳥の鳴き声に、ふっと瞼を開けます。

「朝……?」

 窓の外を確認しようと顔を上げると、目の前に驚きの表情で固まっている父さんがいました。
 切れ長の瞳を大きく見開いたその呆然唖然顔が面白くて、吹き出しそうになるのを堪らえながら目を閉じ、気持ちを落ち着かせてからもう一度瞳を開けると、先程と変わらない表情の父さんがいて。

 私はまだ、父さんの身体の上で固定されています。でも、昨夜よりは大分力を抜いて、私が落ちないようにそっと支えているような感じです。
 もしかして、ずっと前から起きていて、今の状況が理解出来なくて困惑しちゃって、このまま動けないでいたのかな?

 そう考えると耐え切れず、プーッと吹き出してしまいました。

「ふふっ……おはよう、父さん。良い朝だね」
「……あぁ」
「何でこんな状態なのか、すごーく気になってるよね?」
「……あぁ」
「父さんが私を羽交い締めにしたの。また母さんと勘違いしたの? お蔭で全く動けなかったんだから!」
「羽交い締めって……。あぁ、だからあんな夢を――」
「え、どんな夢? 良い夢だった?」
「…………。あぁ、そうだな。いい夢、だった……。妙にリアルだったのはこの所為か……」
「え?」

 父さんの最後の呟きに、私は首を傾げます。
 けれどそれを誤魔化すように、父さんは小さく口の端を上げて、そのままの体勢で私の髪を撫でてきました。

「いや、何でもねぇよ。――悪かったなぁ、柚月。苦しくなかったか?」
「うーん……まぁ正直、ものすごい力で圧死するかと思ったけど……」

 父さんの、私の髪を撫でる手がピタリと止まります。

「……おいちょっと待て、そう思ったらすぐに起こしてくれ。怒鳴ってもぶっ叩いてでもいいから起こせ。超絶最悪な展開になるのだけは勘弁してくれ……」
「大丈夫だよ、そのあと力弱くなったから。それに暖かかったからいいよ。かなり力の強い湯たんぽだと思えば」
「……ぷはっ! そっか、父ちゃん湯たんぽか。かなり力の強い湯たんぽ……って、冷静に考えたら意味不明だな」
「……確かに。全く使えなくていらない機能だよね」
「ははっ、だな。――なぁ、父ちゃんさ、何か寝言言ってただろ。だからお前は心配して近くに来てくれたんだろ?」
「んー……。……うん、まぁ」
「……そっか。……じゃあ、あの言葉はお前が言ってくれてたんだな……。もしかして、髪も撫でてくれたか? ――嬉しかったぜ、ありがとな。心に染みた」
「えっ」

 優しい微笑みの顔で、私の後頭部を撫でながら父さんはそう言ってくれましたが……。
 あの独り言聞かれてたの!? しかも髪撫でまでバレてる!? 何だかすごい恥ずかしい……! あっ、大好きとか言っちゃったよね私!? そこは聞かれていませんように!
 全く、寝てる時も父さんは油断ならないな……!

「心配掛けて悪かったなぁ。父ちゃんは大丈夫だから、お前は何も気にすんなよ?」
「……うん……」
「……なぁ、柚月」
「うん?」
「お前さ……胸、少し大きくなったか? 柔らかみが最初と違う感じがする。深みが増したような……。あ、モチロン触ってねぇぜ? 前と同じで父ちゃんの身体に当たってたんだよ。しかし、この短期間で一体何が――」


 バッコオォッッ!!


 私は思いっきり手加減なく、父さんの頬をグーでぶん殴ったのでした……。



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