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101.心に沈む苦しみは決して消えず
しおりを挟むその時不意に、父さんから低い呻き声が聞こえてきました。
「えっ、父さん!?」
慌てて掛けていた毛布を掴んで駆け寄ると、父さんの顔は苦しみで歪んでいて……。
「ごめん、ごめんな……蕾。ずっと……待たせちまって……。守れなくて……。本当に……本当にごめん――」
父さんは何度も辛そうに母さんに謝罪をし、閉じた瞳から一筋の涙が零れ落ちました……。
「父さん……」
父さんは元に戻ってから、ずっと明るく振る舞ってたけど、心の奥では罪悪感で苦しんでいたんだね……。
そうだよね……だって母さんは、父さんにとって最愛の人だもの。
きっと母さんも、寂しくて辛い気持ちを心の奥底に隠して、私を育ててくれたんだ……。
父さんと母さんには、今まで辛かった分以上に、これからはたくさんの幸せに包まれて欲しい。心優しい二人がずっと苦しむなんてこと、絶対に許されるわけがないんだから……。
私は父さんのくせっ毛の髪をそっと撫で、言葉を紡ぎます。
「……父さんは何も悪くないよ。だから、そんなに自分を責めないで。母さんも、父さんのそんな苦しむ姿を見るのはイヤに決まってるよ。きっと……ううん、絶対に笑って許してくれるよ。大丈夫だよ。……私、大好きな二人にはずっと笑顔でいて欲しいから。だから――」
突然、黒髪を撫でていた手をガシッと掴まれ、気付けば私は父さんの上にいました。
何を言ってるのか分からないって? えぇ、本当に言葉通りでして……。私が父さんの掛け布団になっている的な……。
逃れようとしても、抱きしめ……いや、これはガッシリと羽交い締め状態にされて動けません!
(ライさん! お願いっ、助けてぇーっ! 捕まったー! このままじゃ父さんの掛け布団にされちゃうーっ!)
私はライさんにしか聞こえない声で助けを求めます。
『お前な、俺様を誰だと思ってんだ。黄金色に眩く輝く、神秘的で超カッコイイ【聖斧】だぜ? 手も足もないのにどうやって助けろって言うんだよ』
(でっ、ですよねー!? 失礼しましたぁー!)
『よし、諦めてそのまま寝ろ』
(そんな殺生なーーっ!?)
そんな漫才もどきをしている間にも、徐々に羽交い締めは強くなっていきます……。
ちょっ、夢の中で柔道でもやってるのっ!? このままいったら圧迫されてそのまま潰……ヒイィッ! 父さんの力なら十分あり得る! 待って待って、そんなスプラッタ並な死に方も勘弁して頂きたい!!
「ちょっと父さ――」
「……ありがと……な……」
これはすぐさま起こすしかない、と声を掛けようとした父さんから呟かれた言葉に、私はぐっと口を噤みました。
さっきまで辛そうだった父さんの表情が、心なしか和らいでいます。
……母さんが、父さんを許している夢を見ているのかな?
……そんなの、起こせないや……。
私は抜け出すのを諦めて、力を抜きました。
幸運にも、先程より圧迫感が減っています。毛布より暖かい父さんの体温は、私の眠気を急激に誘ってきて――
「おやすみなさい、どうか良い夢を――」
私はそう囁くように言うと、手に掴んでいた毛布を何とか自分の上に掛け、静かに目を閉じました。
********
外から聞こえる鳥の鳴き声に、ふっと瞼を開けます。
「朝……?」
窓の外を確認しようと顔を上げると、目の前に驚きの表情で固まっている父さんがいました。
切れ長の瞳を大きく見開いたその呆然唖然顔が面白くて、吹き出しそうになるのを堪らえながら目を閉じ、気持ちを落ち着かせてからもう一度瞳を開けると、先程と変わらない表情の父さんがいて。
私はまだ、父さんの身体の上で固定されています。でも、昨夜よりは大分力を抜いて、私が落ちないようにそっと支えているような感じです。
もしかして、ずっと前から起きていて、今の状況が理解出来なくて困惑しちゃって、このまま動けないでいたのかな?
そう考えると耐え切れず、プーッと吹き出してしまいました。
「ふふっ……おはよう、父さん。良い朝だね」
「……あぁ」
「何でこんな状態なのか、すごーく気になってるよね?」
「……あぁ」
「父さんが私を羽交い締めにしたの。また母さんと勘違いしたの? お蔭で全く動けなかったんだから!」
「羽交い締めって……。あぁ、だからあんな夢を――」
「え、どんな夢? 良い夢だった?」
「…………。あぁ、そうだな。いい夢、だった……。妙にリアルだったのはこの所為か……」
「え?」
父さんの最後の呟きに、私は首を傾げます。
けれどそれを誤魔化すように、父さんは小さく口の端を上げて、そのままの体勢で私の髪を撫でてきました。
「いや、何でもねぇよ。――悪かったなぁ、柚月。苦しくなかったか?」
「うーん……まぁ正直、ものすごい力で圧死するかと思ったけど……」
父さんの、私の髪を撫でる手がピタリと止まります。
「……おいちょっと待て、そう思ったらすぐに起こしてくれ。怒鳴ってもぶっ叩いてでもいいから起こせ。超絶最悪な展開になるのだけは勘弁してくれ……」
「大丈夫だよ、そのあと力弱くなったから。それに暖かかったからいいよ。かなり力の強い湯たんぽだと思えば」
「……ぷはっ! そっか、父ちゃん湯たんぽか。かなり力の強い湯たんぽ……って、冷静に考えたら意味不明だな」
「……確かに。全く使えなくていらない機能だよね」
「ははっ、だな。――なぁ、父ちゃんさ、何か寝言言ってただろ。だからお前は心配して近くに来てくれたんだろ?」
「んー……。……うん、まぁ」
「……そっか。……じゃあ、あの言葉はお前が言ってくれてたんだな……。もしかして、髪も撫でてくれたか? ――嬉しかったぜ、ありがとな。心に染みた」
「えっ」
優しい微笑みの顔で、私の後頭部を撫でながら父さんはそう言ってくれましたが……。
あの独り言聞かれてたの!? しかも髪撫でまでバレてる!? 何だかすごい恥ずかしい……! あっ、大好きとか言っちゃったよね私!? そこは聞かれていませんように!
全く、寝てる時も父さんは油断ならないな……!
「心配掛けて悪かったなぁ。父ちゃんは大丈夫だから、お前は何も気にすんなよ?」
「……うん……」
「……なぁ、柚月」
「うん?」
「お前さ……胸、少し大きくなったか? 柔らかみが最初と違う感じがする。深みが増したような……。あ、モチロン触ってねぇぜ? 前と同じで父ちゃんの身体に当たってたんだよ。しかし、この短期間で一体何が――」
バッコオォッッ!!
私は思いっきり手加減なく、父さんの頬をグーでぶん殴ったのでした……。
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