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95.波乱の話し合い

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 イシュリーズさんの胸の中で気持ち的に大分落ち着いてきた私は、一つの重大な過ちに、はたと気が付いてしまいました。

 ……私、お付き合いしている人のお父さんを睨みつけて暴言吐いちゃったっ!? ご挨拶する前なのに印象最悪とかっ!?
 あぁあっ、何かもう色々と盛大にやらかしてしまった感!
 先程のセイラさんの話から、ルザードさんは息子であるイシュリーズさんのことを大切に想っていることが分かったし……。

「こんな生意気で乱暴な言葉を使うような娘に息子はやれん! さっさと別れろ!」

 ――って、眉間に深いシワを寄せながら言われそう! あぁ、容易に想像出来る自分が悲しい……。


 ……誰か、誰か時を戻してぇーーっ!!


「……あぁ……。イシュリーズさん、ごめんなさい……」
「え? 何でいきなり謝るんですか、柚月?」
「いやもう本当に……私は何というとんでもないことを……」
「……?? 柚月、本当に大丈夫ですか……?」

 すみません、色々と大丈夫じゃないです……。
 困惑しているであろうイシュリーズさんの顔が見られず、その胸に顔を埋め心の中でシクシクすすり泣いていると、父さんが着替えから戻ってきたようです。

「待たせたな――って、おいそこの鼻垂れむっつり坊主。オレがいない間に何ちゃっかり娘奪ってんだよ。早急に今すぐ光速の速さで離れろ! 半径五キロメートル以内に入るんじゃねぇ!」
「貴方に指図される謂れは毛頭ありません。それに俺達は交際していますので、非難される行いは全くしていませんが?」
「あぁっ!? ざけんなっ! オレはそんなの、絶対の絶ッ対の絶ッッ対に認めねぇからなっ!? くそっ、ホンット減らず口はガキん頃から変わんねぇ……!」
「はいはいストップ~。そんなんじゃいつまで経っても話し合いが始められないよ~。シデン君、ここは抑えて。君は立派なオトナでしょ、ね?」

 二人の一触即発の気配を感じたのか、ファイさんが柔和な笑みを浮かべて間に入ってきました。

「……チッ、くそっ! ファイに免じて、今だけ! 超絶特別に今だけだからな!? これが終わったら即行離れろよ!? んでもってそのままずっと半径五キロメートル以上離れてろ、この腹黒むっつりスケベ坊主が!」
「…………ハァ」
「溜め息かよオイッ!!」
「……貴様、さっきから聞いていれば、自分のいる前で息子に何て呼び名を……」
「まぁまぁ二人共落ち着いて。はい、シデン君はここ座って~」

 睨みつけるルザードさんに構わず文句を言う父さんを、ファイさんが宥めながらソファに座らせます。
 ファイさん、怒る父さんの扱いに慣れてる感じですね……。昔、四人で旅に出ていた時は、父さんとルザードさんの喧嘩の仲裁役だったのかな?


「よし、それじゃ今までの状況を整理しようか~。ホムラ達も、僕達が旧闘技場に篭っていた間に起きた出来事を教えておくれ」
「ほーい、了解~」

 ファイさんの言葉を皮切りに、皆さんがそれぞれの状況や持っている情報を全て伝えていきます。

「……なるほど。わたくし達のいない間に、《勇者》と新たに召喚された《聖女》が好き勝手されているようですわね。二十年前の魔物襲撃事件も、《勇者》が呼んだ召喚士の仕業、と。これは放ってはおけない事柄ですわね……」
「……初めて会った時からいけ好かねぇヤツだと思ってたが……。そうか、ヤツの所為で……」
「――ちょっと待って、シデン君。どこに行くのさ?」

 険しい表情で唐突に立ち上がった父さんを、ファイさんが咄嗟に止めます。

「クソ《勇者》をぶっ殺しに行く。ズタズタに斬り刻んで、オレの家族を散々苦しめた報いをしっかり受けてもらう」
「……“元”とは言え、《聖騎士》らしかぬ発言だな。言葉は慎め、シデン。それに話し合いはまだ途中だ」
「るせぇっ! じゃなきゃ、オレの気が収まらねぇんだよ……っ!」

 ルザードさんの戒めに、吐き捨てるように言葉を投げた父さんの表情は、とても辛そうで、泣きそうで……。

「…………」
「柚月?」

 私の身動ぐ気配に気が付いたイシュリーズさんに、大丈夫だという気持ちを込めて微笑みます。
 小さく苦笑して腕の力を緩めてくれた彼に、お礼の代わりにまた笑顔を向けると、その腕から抜け出しました。
 父さんに駆け寄り、その身体をギュッと抱きしめます。その身体は、怒りと興奮からか、とても熱くて。

 背中に回した腕が焼けそうなほど――


「……柚月……?」
「気持ちはすごく分かるよ、父さん。私もそうしたいから。でも、殺しちゃダメ。母さんもこの場にいたら、絶対に同じこと言うよ。私も母さんも、父さんに殺人者になって欲しくない。……また、離れ離れだなんて……。そんなの、もう……イヤだよ……」
「…………っ!」


 知らずにポツリと出てしまった私の呟きに、父さんはハッと息を呑むと、目をきつく閉じて唇をぎゅっと結びます。そして、私を強く抱きしめ返してきました。

「そう……だな。ゴメン……ゴメンな、柚月。お前達の気持ちも考えないで……。昔も今も、父ちゃんは、ホントダメな父ちゃんだな……」
「父さん……」

 父さんは弱々しく笑うと、私の頭を優しく撫でます。

「全くその通りの駄目な人間だな。証拠も無いのに殺害してはただの阿呆だ。まずは証拠集めからだろう、阿呆が。行動の順番を間違えるな、この阿呆めが」
「ぐっ……。これ見よがしに何度もアホアホ言いやがって……。てか勝手に会話に入ってくんなよ!」


 ……んんっ?
 あの、ルザードさん?
 その言い方だと、『証拠が集まってから殺していい』って聞こえるんですが……。


「勿論、《勇者》がユーナちゃんを殺害した証拠も探さなきゃね。これだけの大罪を犯していれば、いくら《勇者》と言えども、罰は必ず受けなきゃいけないわ」

 セイラさんが真剣な表情でそう言いました。


 夢の中で神様から説明して貰ったのですが、《勇者》は神によって選ばれた者だけが付けられる特別な称号で、《聖騎士》と同じくらいすごい存在なんだそうです。
 この世界〈バーラウズ〉の為に異世界から呼ばれた《勇者》は、もう二度と元の世界には戻れないと言われていて、その深謝の代わりに、衣食住の提供と、王に対し《聖騎士》並の発言の許可、そして犯した罪に対して寛大な処置が許されているんだそう。

 少しの罪なら許されるけど、殺害や人を害する行為をした場合、それを証明出来る証拠や裏付けがあれば、四つの国の王の許可を得て、どんな罰も下すことが出来るらしくて……。

 全くもう! そんな《勇者》に甘過ぎる法令、誰が決めたんだか……。
 神様はこの世界には極力介入しないと言ってたから、この世界のエラい人が決めたんだろうけど、改定した方がいいですって絶対!


「そうなりますと、証拠探しと同時に、四つの国の王に謁見して、《勇者》制裁の許可を取らないといけないですわね」
「そうね。それは、それぞれその国の《聖騎士》が直接謁見した方が話は早そうだわ」

 スミレさんとセイラさんが頷き合うのを見て、私はゴクリと唾を呑み込むと、思い切って口を開きました。

「……あ、あのっ。そのことに関して、私に一つ提案というか、要望がありまして……。えっと、は、発言してもよろしいでしょうか……?」
「あら。――えぇ、勿論よ? わざわざ断らなくていいのに。急がないで、ゆっくりで良いからね。皆ちゃんと聞いてるから大丈夫よ」

 そう言い、セイラさんは優しく私に微笑んでくれました。私が人前で喋るの苦手なこと、覚えていてくれたんだ……。すごく嬉しい……。
 父さんも、温かな眼差しで私の頭を撫でて促してくれました。

「えっと、その……。まずは信じて頂きたいのですが、私の記憶の……いえ、夢の中で神様に会ってですね、この世界のことを色々と教えて頂きまして……」

 神様は、このメンバーになら自分に会ったことを話していいと言ってくれたので、前置きして話し始めます。
 その方が、今から伝える私の言うことを信じてくれると思ったからです。


 私の辿々しい話に耳を傾けていた皆さんの顔が、次第に全員驚きの色へと変化していきました。



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