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93.心の奥底に隠した思い
しおりを挟む客間に私をお姫様抱っこしたまま入ろうとした父さんを慌てて止め、下ろしてもらいます。
「大丈夫か? まだフラフラすんなら手繋いでいくか?」
「だっ、大丈夫大丈夫! 問題ないよ!」
父さんの心配する気持ちは嬉しいのですが、さすがにそれは親離れできていない子供みたいで恥ずかしい……!
中に入ると、ファイさんの言った通り、皆さん集まってそれぞれ好きな場所で寛いでいました。
あ、でもスミレさんとイシュリーズさんの姿は見当たりません。力仕事の用事がまだ終わっていないみたいですね。
「あっ」
客間のソファにリュウレイさんとホムラさんの姿を捉え、私はすぐさま二人の所に駆けていきます。
「リュウレイさん、ホムラさん! もう起きて大丈夫なんですか?」
「や、柚月ちゃん。ボクはほら、この通り元気だよ~。もうピンピンさぁ」
「私もだ。失神はしたが、幸い掠り傷程度だったしな。心配掛けてすまなかったな、柚月。お前がシデン殿を元に戻してくれたんだろ? すごいじゃないか。母様達も喜んでいたぞ。ありがとうな」
「そんなっ、こちらこそお二人には沢山ご迷惑を掛けてしまって……。本当にごめんなさい。お二人ともご無事で良かったです……!」
私は勢いのままに、リュウレイさんの身体に抱きつきます。彼女も微笑みながら、私を優しく抱き留めてくれました。
……ふふっ、スミレさんと同じいい匂い……。胸がフッカフカで柔らかい……。あぁ、たまらない……。
――はい、いつもヘンタイ発言すみません!
「柚月ちゃーん、ボクにも心配した~のハグしておくれよ♪」
「お前は一切喋らずそこを動くな。イシュリーズに殺されたくなかったらな」
「ちぇ~。イシュちゃんがいない今が絶好のチャンスなのにさ~。じゃあリュウちゃん――」
「死ね」
「まだ名前言っただけなのに~。そんなせっかちで辛辣なトコロも好きよ♪」
「うるさい死ね」
リュウレイさんと微笑ましい(?)会話をしているホムラさんの背中にブーちゃんを発見し、私は気になっていたことを訊いてみました。
「あの、父が放った雷技を、うーさんとブーちゃんが軽減してくれたって聞いたんですけど、お二人は大丈夫ですか……?」
「あぁ、うーさんはこの通り元気だ」
『……ちょっとビリビリってしたけど、だいじょうぶ、へいきだよ。ありがとう』
「良かった……!」
うーさん、『ちょっとビリビリ』って言い方可愛い! 声も可愛い! 可愛いが過ぎる!
『僕もあーんな真っ黒コゲコゲの雷、平気のへっちゃらさ! でもさぁ、聞いてよユヅちゃん~! ホムラったら、何のチュウチョもなく僕を頭上に高く掲げて雷を喰らわせたんだよ!? 長年の相棒なのに、少しは迷いを見せてもいいと思わない!?』
「いやいや、それはブーちゃんを信頼してのコトだよ~。君を犠牲にしてボクだけ生き残ろうなんて、そんな超最低なコトをボクが考えると思う~?」
『思うっ!』
「ひどっ、即答っ!?」
「……ふふっ、あははっ」
「柚月ちゃん、そこ笑うとこ!? ボク泣いちゃうよ!?」
相変わらず、二人の仲良し漫才は面白いですね!
クスクスと笑っていたその時でした。
バキッ! と何かを殴る音の次に、ドサリと床に倒れる物音が客間に響き、私は急いで音がした方へと振り返ります。
そこには、赤くなった頬に、口の端から血を滴らせ床にお尻をついている父さんと、拳を固く握り締め父さんを見下ろす、イシュリーズさんのお父さん――ルザードさんの後ろ姿がありました。
「えっ、父さんっ!?」
私は急いで父さんの傍に駆け寄ってしゃがみ込み、身体を抱き起こそうと手を差し出します。
「柚月、心配すんな。父ちゃんは大丈夫だから。少し離れていてくれ」
「でも……!」
「まだ殴り足りないくらいだ、シデン。貴様は、《聖騎士》の覚悟を持ってはいなかった。違うか?」
ルザードさんの低い声が、シンとなった客間に響き渡ります。
「《聖騎士》は、人々を守る役目を受ける代わりに、特異な力を授かる事が出来る。その力で大切な者を守れるが、逆に羨望や嫉心という周りの醜い心の所為で狙われ、その守る者が命を落とす危険性も大いにある。勿論、突然の魔物の奇襲によってもな。貴様はそれを覚悟の上で《聖騎士》になったと思っていたが、よもやあんなに貴様の心が脆かったとはな」
「…………」
父さんは何も言わず、ただ顔を伏せてルザードさんの言葉に耳を傾けています。
「その所為で貴様は【闇堕ち】し、大勢の民、ましてや世界をも破滅に陥れる所だった。最初から覚悟の無かった貴様は、ただの騎士のまま生きて、《聖騎士》にならない方が良かったのだ。そうすれば貴様も【闇堕ち】する事は無かった」
「…………っ!」
ルザードさんの言い分に、私の中でプツンと何かが切れた音がしました。
「……何ですか、さっきから“覚悟”、“覚悟”って……」
「……柚月……?」
私の呟きに気付いた父さんは、不思議そうにこちらを見てきましたが、構わず立ち上がりルザードさんの前に立ち、向き合います。
「《聖騎士》って、“覚悟”がなければなっちゃいけないんですか? じゃあ私は? 何の“覚悟”もないまま、ただ父とイシュリーズさんを守りたかった為に《雷の聖騎士》になった私は、《聖騎士》失格ですよね? そういうことですよね!?」
「何だと……?」
「それに……それに! 責めるべき相手を間違っています! 【闇堕ち】になってしまった原因は父ではなく、私です! 私が勝手に父の前に飛び出したから! 私が飛び出さなければ、カンのいい父は、魔物の存在にいち早く気付いてやっつけていたかもしれない……。それを私が邪魔してしまった! 母さんを……母をも巻き込んで!! だから、だから……っ! 責められるのは父じゃない、私だ……私なんだっ!! 殴るんだったら私を殴れっ!! さぁっ!!」
最後の方は八つ当たり気味になってしまい、気付けばボロボロと両目から涙を流していたけど、眉を曇らせるルザードさんから決して視線を外しませんでした。
――そう、それは記憶の中で父さんが【闇堕ち】する場面を見た時から、ずっと心の奥底でフタをしてきた思いでした。
私が予想外の行動を取ったから、父さんの反応が遅れてしまった、と。
私が余計なことをしなければ、父さんは魔物を倒し、その後も家族一緒にいられたんじゃないか、と。
私が魔物の前に飛び出さなければ、母さんは私を庇うことはなかったし、今もずっと独りで父さんのことを待ち続けてなんていなかった――
受け入れたくなかった思いが、今パッカリとフタを開けて、私を強く打ちのめしていきます。
「うっ、うぅう……っ」
大粒の涙が全然止まってくれません。案の定鼻水も出てきました……。
考えれば考えるほど自分が惨めになり、己の無鉄砲さと馬鹿さ加減が嫌になり、ここから消えたくなります……。
「――違うっ! 柚月、それは絶対に違う!! お前は悪くない……本当に何も悪くないんだ! オレはお前と蕾に意識を強く向けていて、後ろの魔物に全然気付けなかった。お前がいち早く気付いてオレを守ってくれなきゃ、きっと……いや確実に家族全員殺されていた。オレはお前に本当に感謝してるんだ。だからもう、そんなに自分を責めないでくれ。苦しまないでくれ。お前が責任を感じる必要は全くないんだ。柚月、お願いだ。……お前のそんな顔、見たくねぇよ……」
父さんのひどく辛そうな声が後ろから聞こえ、そのままギュッと抱きしめられました。
「……うぅっ、うああぁぁ……っ!」
「ごめんな、柚月。ごめん、ごめんな……」
我慢出来ず声を上げて泣き出した私の顔を自分の胸に押しつけ、強く抱きしめたまま、父さんは何度も謝罪の言葉を口にします。
「……おい、ルザード。謝れ」
「何……?」
「柚月に謝れっつったんだよ。オレは何をされても罵倒されても仕方ないことをした。だからオレが罵られようが殴られようが一向に構わない。気が済むまで罵って殴ってくれていい。だが娘は別だ。誠心誠意、心の底から謝れ。土下座して謝れ。オレは娘をこんなに泣かせたお前を思いっ切り蹴り飛ばし壁に叩きつけてぇのを必死に我慢してんだ。早くしろ」
父さんの声がものすごく低く、尋常ではないほど怒っている感じがします……。その威圧で空気がビリビリと振動して……私の背中に回す腕の力が強くなっていきます……。
私のことなんていいのに……と言いたいけど、しゃくり上げが止まらず上手く言葉が出てきません……。
私の顔は父さんの胸に押しつけられてルザードさんの表情が見えませんでしたが、軽く息を吐くのが聞こえました。
「……すまなかった、柚月君。君を責めるつもりは毛頭無かった。どうかそれは分かって欲しい……」
「……ちっ、頭下げるだけかよ。でもまぁ、プライドが超高ぇお前が頭下げるなんて前代未聞だし、一歩は譲ってやる。だが、決して許したわけじゃねぇからな。娘を泣かせたってだけで、お前の罪はものすっごく深ぇんだよ。地の底よりな。それはしっかりと覚えとけよ」
「…………」
と、父さん……。それ、親バカ発言になってるから……。恥ずかしいから止めて……。
「あらぁ? この殺伐とした雰囲気は一体何ですの? 密室殺人事件でも起こったのかしら? 犯人はこの中にいる……でしょうか?」
その時、相変わらずの優雅で可憐な響きで、スミレさんの声が後ろから聞こえてきました。
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