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90.匂いは嗅いでも吸い込むな
しおりを挟む「おいコラ鼻垂れ坊主。よくもやってくれたなぁ?」
こめかみに青筋を立て、父さんが口の端をヒクつかせながら腕を組んでいます……。
イシュリーズさんは、父さんをチラリと見ると目を瞑り、小さく息を吐きました。そして私を父さんから見えないように隠すと、はだけていた胸元にあるリボンをサッと結び直します。
「……もう抜け出してきたのですか。それによくここだとお分かりで。俺の【聖剣】は無事でしょうね?」
「ふん、娘の気配がここからしたからな。てか人聞きの悪いこと言うんじゃねぇ。お前んとこの【聖剣】はうちの【聖斧】と話してるよ。積もる話が色々あるんだろ」
「……さすが元《雷の聖騎士》の肩書きは伊達じゃないですね。気配に酷く敏感だ。この中は防音なのに」
「るせぇ。お前に褒められてもちっとも嬉しくねぇんだよ。いきなり風技使ったと思ったら竜巻の中に閉じ込めやがって。しかもちょっとでも動けば全身ザックザクに切り刻まれる大技ときた。抜け出そうとしてる間に娘はお前に攫われるしさ。あの技、オレ以外のヤツだと確実にバラバラになってたぜ? 問答無用に容赦ナシだなお前は」
「まさか。魔物には使いますが、貴方以外の他の方達には間違っても使いませんよ。貴方だからこそ、その技を使ったんです」
しれっとした感じで言うイシュリーズさんに、父さんからブチッと頭の血管が切れる音がした気がしました……。
「……おいそこの腹黒クソ坊主、今度こそぶっ殺してやっからちょっとこっちへ来いよ」
「俺と柚月の交際を認めて下されば、喜んでそちらへ向かって差し上げますよ、“お義父さん”?」
「はぁっ!? ざっけんな! んなもんぜーーってぇに認めねぇからな!! つーか何だ『お義父さん』って! お前に言われるとすっげーサブイボが立つわ!! トリハダすげーわ!! 見ろよこのブツブツ!!」
……頭がどうしてかボンヤリして、話の内容が脳になかなか入ってきませんが、二人が険悪に喧嘩しているのは十分に分かります。
大好きな人が、大好きな人と喧嘩してるなんてイヤだな……。
……そうだ。こういう場合は、二人に関係のある私が止めなきゃ!
「父さんっ!」
私はイシュリーズさんの腕の中からバッと飛び出すと、父さんの方へ駆けていきます。
「待って下さい、柚月! 止まって――」
イシュリーズさんが慌てて私の行動を阻止しようと手を伸ばしたのですが、後一歩届かず……。
ごめんなさい、イシュリーズさん。今は二人の仲直りの方が大事です!!
「柚月!?」
驚いている父さんに向かって、私は思い切りジャンプをして飛び込みました!
「ば……っ! 何してんだお前っ!?」
予想通り、父さんは私を咄嗟に抱き留めたまでは良かったのですが、勢いが余りドスンと尻餅を突いてしまいます。
「いってて……。こらっ、危ねぇじゃねぇか柚月っ! いきなり何だよ!?」
私はその問い掛けに構わず、父さんの脚の間でその広い胸に両手を置き、グイッと顔を上げて黒色の瞳を覗き込むと、ニコリと笑ってみせました。
「子供の時、いつもこうやって父さんに抱きついてたの思い出したの。ビックリした? ビックリして怒りどっかに飛んでった? もう怒ってない?」
「へ? ――あ、あぁ……?」
父さんは何故か目を見開き、放心状態で私を凝視しています。
父さん達の喧嘩を私が止められたことが嬉しくて、頬の緩みが止まりません。
「良かったぁ。大好きな人達が喧嘩なんてイヤだもの。ねぇ、私、父さんのこと大好きだよ。もちろんイシュリーズさんのこともすごーく大好き! だから――ぶふっ?」
突然、私の後頭部が大きな手にガッシリと掴まれ、最後まで言葉が言えないまま、父さんの胸に顔を押し付けられてしまいました。
「むむっ……?」
咄嗟のことに無意識に防衛反応が働き、身体をバタバタ動かし逃れようとしましたが、父さんのもう片方の腕で背中を抑えつけられ、身動きが取れなくなってしまいました。
「……すまねぇ、柚月。今は喋らず動かずこのままでいてくれ……」
頭上から、父さんの申し訳なさそうな声が降ってきます。
「……おい、腹黒むっつり坊主。お前、娘に何飲ませた。まさかここにあるワインか?」
「何を馬鹿な。俺はここのワインに一切手を付けていないし、何も飲ませていません。それは神に誓って断言出来ます。彼女の状態は、恐らくこのワインの匂いの所為かと」
「はぁっ!? 匂いだけでこんなんなるのか!? どんだけ弱いんだよ!? こんな娘の姿、他の野郎共に絶対見せらんねぇ……! しかも、素直にオレを大好きって……くっ」
「……顔がだらしなく緩みまくっていますよ……。だから俺も、貴方に今の柚月を見せたくなかったんです。ちなみに俺の場合は『すごーく』が付いていましたね。俺の圧勝ですね、フッ……」
「ぐぅっ……! 張り合ってんじゃねぇよ、たかが副詞がついてるかついてないかでっ! ガキかお前は!? 自分の年齢を顧みやがれっ!」
「言い方に悔しさが滲み出ていますよ? ――さぁ、いい加減彼女を離して俺に返して下さい、“お義父さん”?」
「だからお前にお義父さん言われる筋合いは微塵もねぇっ!! それに何が『返して』だぁ? 誰がお前なんかに可愛い娘をやるか、バーカバーーカッ!」
「……喧嘩をして悪態をつく子供ですか……。貴方こそ何歳ですか……」
…………?
また喧嘩が始まっているのでしょうか……?
じゃあ私が責任持って止めなきゃ――
「とうさ――」
「柚月、お前……もう喋るな。んでもって、もう金輪際あの坊主に近付くな。ヤツはお前を酔わせに掛かってくる。絶対に掛かってくる。確実にな」
「へ……?」
「人聞きが悪いですね。柚月は酔わなくても十ニ分に可愛いですよ」
「あぁ、それは分かる。すっげー分かるが、お前さぁ、実際に酔わせてみてぇって、心ん中で一瞬でも思ったろ?」
「…………」
「おいコラ、否定しねぇのかよっ!? 柚月、このむっつりスケベ坊主の半径五キロメートル以内に入るんじゃねぇぞ!? 何されるか分かったもんじゃねぇ!」
「単位間違っていませんか?」
「これでいいんだよ! てかツッコミ入れるとこソコかよっ!?」
……う、うーん? 今度は漫才が始まりましたよ? 実はこの二人、結構仲が良い……?
あぁでも、この収拾はどうやってつければいいんでしょうか――
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