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87.神様との邂逅
しおりを挟む「ん……?」
目を開けると、セピア色が目に飛び込んできました。
辺りをキョロキョロ見回しても、その一色のみの空間で、確認する限りは私しかいません。
けれど、何度か“ここ”には来ているので、もう驚くことはしませんよ。
「“ここ”は、私の記憶の中――」
この色を見ると、あの強烈で凄絶なイカ墨ドリンクの味を思い出すので、用事がなければ来たくない場所ですが……。
あ、思い出し……うぷっ。
「全ての記憶を取り戻したから、もうここには用がないはずなのに、どうしてまた来ちゃったの……?」
「それはワシがお主をここに呼んだからじゃ」
「うひあぁっっ!?」
突然真後ろから声を掛けられ、私は心臓が飛び出すほどビックリしてしまい、代わりに変な叫び声が口から飛び出してしまいました……。
「おっとすまん、驚かすつもりは無かったんじゃが……。正確には、お主の記憶の中に邪魔させて貰って、お主をここに呼んだ、じゃな」
大きく高鳴っている左胸を両手で抑えながら振り向くと、そこには灰色のローブを着た白髭のお爺さんが、腰を曲げ杖を突いて私を見上げていました。
「神様……。突然現れるとホントビックリしますよ……。心臓に悪過ぎですって……」
私の思わず出た呟きに、お爺さんは太い眉毛をピクリとさせました。
「おや? ワシはお主に自己紹介をした覚えがないのだが……。――あぁ、なるほどな。二十年前、お主の母と【生と死の境目の空間】で話をしておった時、常時見られている気配を感じておったのじゃが、お主であったか。それなら合点がいく」
「えっ!?」
ちょ、ちょっと待って?
私の認識だと、自分の過去の記憶達は、例えで言うならビデオカメラで撮った動画で、それらをテレビに映し出し見るだけのもので。
だからお互い何も出来ないし触れられないし、ただ眺めるだけの私は決して気付かれることのない存在だと思っていたのに……?
「神様は、私がいることに気付いていたんですか!?」
「ワシはこの世界の神じゃからな。他の者には感じられない気配を察する事が出来るのじゃよ。だがその時はお主だとは特定出来ず、善か悪かの判断が困難じゃったから、お主の母との会話で重大な要点は控えておいたのじゃ」
「重大な要点……?」
私は神様と母さんの会話をうーんと思い出しながら、ハッと思い当たります。
「異世界から来た人を、生きたまま元の世界に帰す方法!?」
「そうじゃ。ワシは、お主にそれを伝えに来たのじゃ。しかしその前に、お主に聞きたい事がある」
「私に……?」
神様の真剣な声音に、私も姿勢を正して言葉を待ちます。
「お主は、《勇者》をどう思っておる? 正直に答えておくれ」
《勇者》をどう……? それは、ハッキリ伝えてもいいものなのかな……。でも、神様に嘘は言えないし……。
――ええいっ、神様も“正直に答えろ”って言ってるんだし、なるようになれだ!
「……では、正直に言いますね。《勇者》は、私達家族を離れ離れにさせた原因を作り、ユーナちゃんを死なせた張本人です。だから、私は……本当に正直に申し上げますと、《勇者》はユーナちゃんと同じ目に遭わせ……いえ、それ以上の苦しみを味わってこの世からいなくなって欲しいくらい憎いし、許せないです。ただ単に元の世界に帰すだけなんて出来ません。その前に彼には、それ相応の罰を受けて貰わないと絶対にダメです!!」
拳をギュッと握りしめながら熱弁を振るう私に、神様は小さく頷きました。
「……あい分かった。お主には、可能な限りの事を話すとしよう。〈バーラウズ〉に住む者達の少数しか知らない機密の事もな。何なりと質問するがよい」
「へ……? え、えぇっ!? いいんですか!?」
「うむ。ワシは、あの《勇者》がいつか改心し、この世界を《聖騎士》達と共に守る“勇者”らしくなっていく事を信じ今まで見守っておったが、二十五年経ってもあの者は一切変わらなかった。よって、これからも良い方向には変わらないじゃろう。だから終止符を打つ事にしたのじゃ。それをお主に任せたい。――【闇堕ち】した《雷の聖騎士》を元に戻したお主に」
「え、ええぇっっ!?」
何やら神様に重大任務を任されてしまったぁーっ!?
「わ、私にそんなこと……っ」
「【闇堕ち】した《聖騎士》を元に戻した事例は、ワシが〈バーラウズ〉の神になってから、今まで一度も無かったことなんじゃ。【闇堕ち】した者は過去に何人かおったが、残念ながら皆処刑された。誰もが“元に戻せないもの”と諦めておったのじゃよ。それをお主は最後まで諦めなかった。しかも《雷の聖騎士》に“雷”の大技を喰らわせその衝撃で正気に戻すとは、前代未聞の話じゃよ」
「い、いやぁ……。あの時は無我夢中で……。あはは……」
勢いに任せてやりましたー、なんて言い出せない雰囲気……! すみません!!
「お主にはまた面倒を掛けるが、どうかお願いしたい。すまないの……」
「神様……」
「元はと言えば、精密にあ奴を調べないで《勇者》に決めたワシが悪いのじゃ。昔は相手を見るだけで、その者の奥に潜む真の姿まで分かったんじゃがのう……。年には勝てんのう……。この件が落ち着いたら、ワシは神を引退する事にしよう。お主達家族に憎まれても仕方がない事をしてしまったからのう」
「いぃっ!?」
ちょっ、待って!? 色々とツッコミどころが満載の台詞なんですがっ!?
神様って年取るの!? 神様に引退なんてあるの!?
それに目の前でションボリして小さくなってる神様、アレだ、アレ……あの犬に似てる……。えっと、名前が長い……。
――そうそう、オールド・イングリッシュ・シープドッグ!
テレビで見て可愛いかったから、名前を調べてみたんだよね。
自分の毛で顔が見えないとこがホントそっくり! 可愛い!
――っていやいや、そんなことよりまずは神様を……!
「そんな、引退なんて言わないで下さい! 神様は私と母を生き返らせ助けてくれました! 神様にとって、それは絶対にやっちゃいけないことだったんですよね? でも神様はそれをしてくれて、その結果、母は元気に日本に住んでるし、父も助けることが出来ました。私は神様に感謝してるんです。それは母もきっと――いえ、絶対に同じ気持ちです!」
「……お主達母子は、揃って優しい心を持っておるな……。ありがとうの」
神様の目と口元は眉毛と髭に隠れて見えませんが、私には彼が笑ったように感じました。
「そのっ、《勇者》のことも何とかやってみますから、どうか元気を出して下さい! ……となると、《聖女》も何とかしないと……。うーん……。――えっと、その為にいくつか質問させて頂いてもよろしいですか?」
「あぁ、勿論いいぞ。何でも訊きなさい」
私は神様に訊きたいことを全て質問し、頭の中でそれらを整理していきます。
私の質問に、神様は素直に分かりやすく答えてくれました。
質問の内容で、私がこれから何をしたいか勘付いているはずなのに、神様は何も言いませんでした。
「……うん。《勇者》と《聖女》のこと、大体決まった感じがします。《聖騎士》の皆さんと相談してみますね。神様、本当にありがとうございます」
「いや、礼を言うのはワシの方じゃ。お主は本当に母親と似ておるな。容姿もそうじゃが、“心”もな」
「えっ!? それはとっても嬉しい褒め言葉ですよ?」
へへっと笑うと、神様も表情が和らいだように髭が動きました。
「……そろそろ時間切れじゃな。お主の幸運を祈っておるぞ」
「はい神様、頑張ってみますね。……あっ! もう一つだけいいですか? ユーナちゃんは、無事にもう生まれ変わったのでしょうか?」
「いや、まだじゃ。まだその時では無い。じゃが、あの子は必ず生まれ変わるから、それは安心しておくれ」
「はいっ、お願いします。待っていますから……!」
大きく頷き、ぐっと握り拳を作った瞬間、私の意識がフッと遠のき、一瞬の内に暗闇に覆われていったのでした――
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