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81.Ishreeze Side 9
しおりを挟む彼女がシャワーを浴びたいと言うので、仕舞ってある母セイラの服の場所を《ウインドブレイド》から彼女へ伝えてもらい、その背中を見送る。
「…………」
しばらくして、おもむろにイシュリーズは席を立った。
「あの子にタオルを渡すのを忘れていたので、脱衣所に置いてきますね」
『あぁ、分かった』
……嘘だ。
本当は最初から分かっていたが、わざと渡さなかった。浴室へ行く用事を作り、彼女の腹部を見たかったのだ。
もし彼女が“あの子”なら、貫かれた腹部に、何かしらの傷や痣があるはず……。
「…………」
脱衣所まで来て、イシュリーズは今更ながら自分の行動に激しく嫌悪を持ち、己を思い切り殴りたい衝動を堪え深く息を吐いた。
(……本当に、何をやっているんだ俺は。腹部を確かめるには、彼女の裸を見る事になる。それは余りにも無礼じゃないか。……“あの子”はもういないと頭では分かっているはずなのに。彼女に“あの子”の部分を見つける度、縋りつくように“あの子”であって欲しいだなんて……。――馬鹿だな、俺は。本当に……大馬鹿だ……)
己の愚劣さに血が滲むほど唇をきつく噛み締め、タオルを置いて足早に立ち去ろうとした時、突然浴室の扉が開き、女性が姿を現した。
「…………!」
イシュリーズは、意図せず彼女の裸をバッチリと見てしまった。
艷やかに濡れた長い黒髪。茶色の瞳を大きくさせ、唖然としている上気した表情。小振りだが張りと弾力がある乳房。ピンと上を向いた桃色の乳首。そして――
腹部にある、大きな丸い痣。
その下にあるのは――
「…………っ!!」
慌てて目を逸らそうとした瞬間視界に入ってしまい、ボッとイシュリーズの顔が朱に染まる。
熱くなる顔を手で隠し、呆けている女性に急いでタオルを手渡すと、その場を足早に立ち去った。
下半身が酷く反応している。ズキズキと痛みを感じるほどに。イシュリーズは大きく息を吐き、心と頭を落ち着かせる。
何度か深呼吸をすると、大きく勃ち上がっていた自身も徐々に落ち着いてきた。
(――あった。本当にあった。腹部に、痣が。こんな……こんな偶然があるのか? 彼女は本当に……“あの子”なのか……?)
フラフラとおぼつかない足取りで居間に行き、ソファにドサリと深く座り込む。
次々と見つかる女性と“あの子”の同一点に呆然としていると、シャワーから戻ってきた彼女がおずおずと姿を見せた。
イシュリーズはすぐに立ち上がり、裸を見てしまったことに対して真摯に謝罪をする。
彼女が一生懸命首を横に振る姿を見て、イシュリーズは自分でも知らずにクス、と笑みをこぼした。
(ここは当然怒ってもいいところなのに。優しいな……この子は。本当に……“あの子”のように……)
今後の話し合いをすることになり、イシュリーズは女性の手を引いてソファに座らせた。
カサカサでマメのある彼女の手を、労るように優しく擦る。
……この子は今も、棒を振るっているのだろうか……。
…………。
――あと二つ、この子のことが分かれば確信が持てる。
この子が“あの子”だという確信が――
********
話し合いは進み、黒髪の女性と共に旅をすることになった。
そして最後に、イシュリーズはずっと気になっていた第一の質問を《ウインドブレイド》を通して訊いてみる。それは、彼女の名前だ。
――彼女は、自分の名を“ユヅキ”と言った。
(……あぁ……)
イシュリーズはギュッと固く両目を瞑る。心に様々な感情が入り交じり、急激に高揚感が増していく。
もう一つ、念の為に年齢も訊いたが、分かり易く伝えようとしてくれたのか可愛くジェスチャーしてくれ、愛らしくて可笑しくて思わず吹き出してしまった。
――年齢も、予想した通りだった。
……あぁ、この子は、“あの子”だ。
同じ名で別人なんかじゃ決してない。“あの子”だ。
いないと分かっていても、もう会えないと分かっていても、大人になっても、忘れることなくずっと胸の中で恋焦がれていた“あの子”――柚月、だ。
柚月が生きていたなんて……。
しかも、こんなに可愛い女の子に成長して……。
こんな……素晴らしい奇跡が起こるなんて――!!
イシュリーズは、無意識の内に彼女を強く抱きしめていた。
懐かしい匂いと温かさを強く感じ、自然と目尻に涙が滲み出たが、唇を噛み締めグッと堪える。
「また、この世界で逢えるなんて……。あの時からずっと……ずっと、大好きな……愛しい貴女に逢いたくて逢いたくて……堪らなかった……!!」
彼女しか聴こえないように耳元で囁くと、その首筋に顔を埋め、彼女の甘い匂いを堪能する。
《ウインドブレイド》から聞いたが、彼女は異世界で母親と二人で暮らしていたらしい。その母親の名は訊かなくても分かる。蕾さんだ。
蕾さんも生きていて、今は異世界で生活をしている……。本当に、何という最高の奇跡だろう……!
イシュリーズは、生まれて初めて神に深く感謝をしたのだった――
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