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79.Ishreeze Side 7
しおりを挟む女性と二人になって気付いたことだが、彼女はこちらの言葉が通じないようだった。話し掛けてみても困ったように首を振るだけで、彼女の言葉も全く理解出来なかった。
けれど、彼女には《勇者》の言葉は分かっていたようだった。
そういえば、【言語変換能力】という言葉を聞いたことがある。確か、自分の世界の言葉を喋っているのに、他の世界の者には、その自身の世界の言葉になって聞こえるという……。
《勇者》は召喚された時から、この世界の言葉をスラスラと喋ったと聞く。恐らく神の恩恵で、その能力を初めから持っていたのだろう。
(それにしても、この子は本当に蕾さんに似ている……。“あの子”が成長していたら、きっとこんな感じの可愛らしい女の子になっていたに違いない――)
そこまで考え、イシュリーズはハッとして女性を再度見た。
(あれから二十年が経っている。“あの子”が成長していたら、この位の歳になって――)
『これからどうする? あの《勇者》から、勝手に討伐を任されてしまったが……』
そこで《ウインドブレイド》が話し掛けてきたので、イシュリーズは思考を中断した。
「一旦家に戻りましょう。ユーナをあのままにしてきてしまいましたし、この子も独りここに残しておくわけにはいきません。一緒に連れていきましょう」
《ウインドブレイド》がそれに返答をすると、女性がいきなり大声を上げたのでビックリしてしまった。
聞くと、驚くことに《ウインドブレイド》の言葉が分かり、彼も彼女の言葉が分かるという。
更に、《ウインドブレイド》の【本体】にも普通に触れられたのだ。
しかも、彼女はユーナに会って話をしたというではないか。
「ユーナは……ユーナは他に何か言っていませんでしたか!? 彼女の様子は……っ!? 悲しんだり……泣いていませんでしたか!?」
思わず女性の肩を掴み矢継ぎ早に質問してしまい、彼女を怖がらせてしまった。慌てて謝ると、彼女は小さく微笑みながら首を左右に振る。
その顔に、イシュリーズの胸がギュッと締め付けられた。
急いで家に戻ることになり、イシュリーズは女性を置いていかないように彼女の手を握り、走り出す。
彼女の掌がカサカサで、いくつかのマメがあることに、彼は即座に“あの子”の小さな手を思い出していた。
“あの子”も、チャンバラごっこで手にマメを作っていた。女性が手にマメを作ることは、そうそうない。
この子は一体――
その思案は、頭を左右に振り一旦停止させる。
今は、ユーナのことが第一だ。
********
家に着いたイシュリーズと女性は、ユーナの魂に会うことが出来た。
ユーナは言ってくれた。『わたしの為に《聖騎士》になってくれたことだけで十分だ』、と。
彼女はきっと知っていたのだ。
自分が“誰か”の代わりに拾われたということを。
いつも“誰か”と重ねられていたことを――
「ユーナ、すみませんでした……。けれど俺は、君を守りたかった。君の力になりたかった。それは本当の気持ちなんです。君の傍にいてやれず、本当に……本当にすみませんでした……」
ユーナは自分を責め、涙を流すイシュリーズに、救いの言葉を幾度も伝えてくれた。
『生まれ変わる』と教えてくれた。
(君が生まれ変わったら、今度こそ“君”を見よう。“あの子”の代わりじゃない、“君自身”を……。ユーナ、本当にありがとう……)
頬に流れる涙を拭い、隣を見ると、女性は盛大に涙と鼻水を出し、しゃくり上げながら泣いていた。
その豪快な泣き顔は、悲しい時に大声で泣いていた“あの子”を連想させて。
イシュリーズは顔を近付けると、女性は慌てて両手で顔を隠した。けれど、嗚咽までは隠せなくて。
胸の奥から沸々と何かが込み上げてきて、気付けばイシュリーズは女性を抱きしめていた。
女性の身体がビクッと震え、逃れる為か大きく身動ぎをしたが、彼女を離したくなかったイシュリーズは、更に抱きしめる力を強くする。
やがて抜け出すことを諦めた女性は、イシュリーズの胸に顔を埋め、声を出して泣き始めた。
まるで自分の分まで泣いてくれているような気がして、イシュリーズは彼女が落ち着くまで、ずっと背中と髪を撫で続けていた。
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