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76.Ishreeze Side 4
しおりを挟む魔物出現の報告を国民から受け、イシュリーズは単身その場所に向かった。
小さな森の中にその魔物はいた。イシュリーズより一回り大きかったが一匹のみだ。剣術を極めた彼の敵ではない。
一気に急所を突き仕留めると、視界の隅に人が横たわっているのが見え、急いでそちらに向かう。
「大丈夫ですか――」
声を掛けようとし、言葉が止まる。横たわっていた女性は血塗れで、もう息をしていなかった。恐らく、先程の魔物にやられてしまったのだろう。
「…………」
せめて埋葬しようと女性を抱え上げようとした時、彼女の下に、五歳位の女の子がいることに気が付いた。
女性は女の子を抱きしめ、守るように亡くなっていた。
「…………っ!」
その二人の姿が、十五年前の蕾と柚月の姿と重なる。
幸いにも、女の子は気を失っているだけで生きていた。
イシュリーズは女性を丁重に埋葬し、女の子を抱えて家へと戻っていった。
セイラは、イシュリーズの連れて帰ってきた女の子を見て驚いたが、すぐにお風呂に入れ、着替えさせるとベッドに寝かせてくれた。
しばらくすると女の子は目を覚まし、ボーッとしながら辺りを見回している。
「大丈夫よ。もう魔物はいないから安心して。ここはフウジン家よ。見たところ怪我はなさそうだけど、痛いところとかない?」
「うん、だいじょうぶ……。あの、おかあさんは……?」
女の子の問いに、セイラとイシュリーズは顔を見合わせたが、嘘を伝えてもいずれは分かってしまい、彼女を傷つけるだけなので、今正直に話すことにした。
女の子は黙ってそれを聞いていたが、我慢が限界に達したのか、両目からボロボロと涙が溢れ出してくる。そんな彼女を、セイラはそっと抱きしめてあげた。
女の子が落ち着くまで待って泣き止んだ時、彼女にいくつか質問をしてみた。
「……大丈夫? お話できそう? まずはお名前教えてくれるかな? ゆっくりでいいよ」
「わたし、ユーナ……」
「ユーナちゃん、良い名前だね。ユーナちゃんは、お母さんの他に誰か知ってる人はいるかな?」
「ううん、いない……」
「いない、か……。どうしようイシュリーズ? 国の治安隊に任せる?」
イシュリーズは不安そうにセイラを見ているユーナを見て、首を横に振った。
「いえ、この子は俺が預かり世話をします」
「そう、あなたが預かり――って、ええぇっ!? 本気なのそれっ!?」
「はい」
イシュリーズは膝を折り、ユーナに視線を合わせると口を開いた。
「よろしければ、俺と一緒に暮らしませんか、ユーナ」
ユーナはイシュリーズの顔をじっと見ていたが、やがて遠慮がちにコクンと頷いた。
「良かった。では、これからよろしくお願いしますね、ユーナ」
「よ、よろしくおねがいします……」
こうして、イシュリーズとユーナの共同生活が始まった。
最初はセイラの勧めでフウジン家で一緒に暮らしていたのだが、ユーナが立派な邸宅に気後れしているのが見て分かり、イシュリーズは彼女の意向を伺ってみた。
「わたし、小さいおうちでいいよ……。ごはんもおようふくも、ふつうでいいよ……」
「……分かりました。教えてくれてありがとう、ユーナ」
イシュリーズは頷くと、すぐに実行に移した。
街外れにある、二階建ての小さな一軒家が空いていたのでそこを借り、イシュリーズとユーナの二人で住むことにしたのだ。
最初はぎこちない二人だったが、毎日寝食を共にしていると徐々に打ち解け合い、少しずつ距離が縮まっていった。
ユーナはイシュリーズを「お兄ちゃん」と呼び、彼も彼女に対し、微かだが笑顔を見せるようになった。
たまにセイラが心配して泊まりに来るので、彼女用の衣類も増えていったが、物をあまり置かないイシュリーズと物欲がないユーナだったので、置くスペースは十分にあり、いつの間にか衣類の半分はセイラのものになっていたのだった。
その生活が三年程続き、イシュリーズとユーナは本当の兄妹のようになっていた。
ユーナはとても頑張り屋だった。幼い年齢ながらも家事を一生懸命やり、仕事から帰ってきたイシュリーズを笑顔で出迎えてくれた。
(本当に良い子だ、ユーナは。一生懸命で、いつも頑張っていて……。この子を守りたい。今度こそ、俺が……!)
そう心から決意した刹那、頭の中に低い男の声が響いてきた。
『守る相手を決めたようだな。私の名を呼ぶといい。お前が次の《風の聖騎士》だ』
「……分かりました、《ウインドブレイド》。よろしくお願いします」
名前を呼んだ瞬間、右手がエメラルド色に光り、鞘に入った美しい剣が現れた。
――その瞬間から、イシュリーズは正式に《風の聖騎士》となったのだった。
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