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69.父と娘

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『ユヅキに関してはフリョウじゃないぜ。たった今、お前が《雷の聖騎士》になったんだよ。あのアホンダラは、正真正銘“元”《雷の聖騎士》になったってワケだ』
「え、ええぇっ!? 私がっ!?」


 何だかいきなり過ぎて頭が回りません……。
 ――でも、今やるべきことはちゃんと分かっています。


「イシュリーズさん、すみません……。もう少し我慢して下さいね。辛かったら目を閉じて休んで下さい。――もう、終わらせますから」
「……柚月……?」
「私を守ってくれてありがとう。――今度は、私もあなたを命を賭けて守りますから。大好きです、イシュリーズさん」
「…………っ!」


 私は大きく目を瞠るイシュリーズさんに微笑みかけ、静かに地面に寝かせます。イシュリーズさんは震える唇を開き、何かを言おうとしたけれど、そのまま意識を失ってしまいました。

「少しの間、おやすみなさい、イシュリーズさん――」

 私は立ち上がり父さんの側まで歩いて行くと、正面から向かい合います。

「ライさん、もう少し付き合ってね」
『おうとも、モチロンよ!』

 丸腰になった父さんは、黄金色に変わった私の髪の色と、その手に持つ【聖斧】を見ながら苦々しく舌打ちをしました。

「ありえねぇ……。何でお前が《雷の聖騎士》になれるんだ? 他人でもなれるもんなのか……? いや、そんなのは聞いたことねぇ……」
「……今、その答えを見せてあげるよ」
「何……?」

 私は目を閉じ、大きく息を吸い込むと、ふぅと吐き出しました。
 そして、父さんに向かっておもむろにニ~ッコリと笑います。

「…………っ!!」

 その笑顔に、父さんはビクリと顔と身体を強張らせました。


「……あらぁ? あなた、まぁ~た柚月をからかって泣かせたの? 可愛いからって、程度ってものがあるでしょう? ……ん~、そうねぇ、今日のお夕飯は何にしようかしら? そうだ、ネギ料理のフルコースなんていかがかしら? ネギの前菜から始まって、たっぷりネギ入りコンソメスープにメインはネギ串焼き。もちろんお肉なんて挟まないわ、ネギだけよ? ねぇあなた、もちろん賛成よね? そうそう、デザートは生のネギを使ってネギゼリーなんて作ろうかしら? 斬新でステキだと思わない? ねぇあなた? とーっても嬉しいわよねぇ? もちろん喜んで召し上がってくれるわよね、あなた? ウフフフ……」


 ……秘技、母さんのモノマネッ!
 外見も声も似ている私にしか出来ない大技だっ!!

 しかし大技なのに需要は全くナシッ! 当たり前だけどっ!!


 私が言葉を紡ぐ度、父さんの顔色が真っ青に悪くなっていきます。
 唇も紫色になって、脂汗までかいています……。

 父さんのネギ嫌い、半端ないな!?


「ネギ……ゼリーって何だよ……。生ネギをデザートにするなんてありえねぇ……。ありえなすぎる……。そんなん不味いに決まってるだろ……。そもそも……食えんのか……ソレ……は……」


 ……うん。私も自分で言っといて味が想像できない!


 私が言い終わった時、父さんはついに膝と手をガクリと地面についてしまいました。額からポタリポタリと汗が垂れ、地面に丸い染みを点々と作っていきます。


「そ……それだけは……それだけは勘弁してくれ……。本当に……それだけは……。お願いだから……」


 WINNER、私っ!!


『すっげぇ~。ホントにツボミが降臨したかと思ったぜ。やるじゃねぇかユヅキ』


 ライさんにも御墨付きを頂きました!
 私も嘘をついたり悪いことをしてしまった時、母さんにコレを何度もやられましたからね……。
 ちなみに私は生の玉ネギと葉ネギが苦手でして……。あの臭みと食感がちょっと……。よく煮込めば問題ないのですが……。

 小さい頃から、コレも含めて母さんの真似ばかりしていたのが功を奏しましたね!
 しかし、コレがまさかここで役立つとは思ってもみなかったですよ……。


 私は項垂れて動けない父さんの前まで来ると膝をつき、その身体をギュッと抱きしめます。

「……っ!? なっ――」
「ねぇ、覚えがあるでしょう? この喋り方、この声に……。あなたの奥さんの蕾だよ。そして、私は娘の柚月。私はあなたの娘だから、嫌いな食べ物も分かる。《雷の聖騎士》にもなれた。これが理由だよ」
「……な……に、言ってやがる……。何度も……言うが、オレには、家族……なんてものは……いな――」
「まだそれを言うのっ!? 母さんはちゃんと生きてて、日本で父さんが呼んでくれるのをずっと待ってた。二十年間もずっと! ずーっと!! 今も待ち続けてるんだよっ!? それなのに、父さんは【闇堕ち】なんかして、挙げ句封印されて、封印が解けたと思ったら世界を破滅させる!? 私を殺すぅ!? 哭かせるだぁ!? 厨二病かっ、このスカポンタンがっっ!!」
『アンポンタンにオタンコナス~!』
「えっ? えーっと……このすっとこどっこいっ!」
『はははっ!』

 ライさんがちゃっかり参戦してきて、“父の悪口大会”になってしまいました……。
 き、軌道修正っ!!

「母さんが父さんに最後に言った言葉、ちゃんと聞いてた!? 『私達は大丈夫、皆を守って』って! それなのに父さんは皆を守るどころか攻撃をして!! 守る立場の《聖騎士》が何をやってるのっ!? バカなのっ!? アホなのっ!? ド阿呆かっっ!!」
「な、な……っ?」
『はははっ! 軌道修正できてねぇぞー』


 ……ええいっ! もうこうなったら、さっきのお返しも含めて悪口言いまくってやる!!


「そんなアホンダラでスカポンタンですっとこどっこいな父さんには、母さんとライさんと私から、キツ~~いお仕置きを喰らわせてあげるわっ!! 今まで散々好き勝手言ってやらかしてきた数々を十分に猛省しなさいっ!!」
「…………っ!?」
『ははっ! うっしゃあっ! やってやるぜっ!!』

 私は翼を使って、悪口言われまくって絶句している父さんからパッと素早く離れると、ライさんを天高く掲げ、勢い良く振り下ろします!



「家族三人の“愛と怒りのお仕置き”を受けなさぁーーいっっ!!」



 ドッゴオオォォォッッ!!!


 刹那、超巨大な黄金の稲妻が、耳をも劈く爆音と共に、父さんを頭のてっぺんから爪先まで貫きます!

「…………ッッ!!」

 直撃した父さんは声もなく、バタリと仰向けに倒れてしまいました……。


「う、うわっ……。想像以上にすごい威力だった……。や、やり過ぎちゃった?」
『いや、大丈夫だ。お前も分かって攻撃したんだろ? シデンの野郎は雷の耐性があるって。あれくらいなら痺れるだけのダメージだろ。あー、スッキリしたぜ!』
「あ、あんな大きな雷直撃で痺れるだけって……。父さんってば化け物……?」


 私は、身体のあちこちからプスプスと灰色の煙が出ている父さんの側まで行くと、しゃがんで顔をそっと覗き込みます。
 良かった……焦げ焦げチリチリアフロヘアーにはなっていませんでした……。顔も特に真っ黒になってなくて、イケメンのままで……。え、ホントに痺れただけ? やっぱり父さん化け物!?

「……ねぇ、大丈夫……?」

 返答に期待せずに声を掛けてみます。しかし予想外に父さんは私の声にピクリと反応し、瞼を薄っすらと開けると私を見つめ、唇を震わせながら言いました。


「……お、お前なぁ……。あんなん喰らって、大丈夫なわけねぇだろ……。実の父親に……散々悪口言いまくって……。その上、こんな強力な一撃はねぇだろ……? そんなところは、母ちゃんに似なくて……良かったのに……よ……」


 途切れ途切れで言い終えた父さんは、目を閉じると、ガクリと頭を落として……!?

「えっ……。と、父さん? 父さーーんっ!?」
『ありゃ、気ぃ失っちまったな。威力あり過ぎちまったみてぇだな。はははっ』
「えっ、笑いごと? 笑いごとでいいのっ!?」
『おぉ。だって元に戻ったんだからな、シデンの野郎。目を覚ましたら、ちゃんとお前のこと、“娘”だって認識するさ』
「…………っ!」


 そう言えばさっき、「実の父親」って、「母ちゃん」って――


「良かった……。本当に良かった……」
『おぉ。良かったけどな、俺様達以外は全滅状態だぜ? どうするよこの惨状?』
「あ……」

 辺りを見回してみると、皆さん息はしてますが、全員立ち上がれないヒットポイント1状態です……。
 感極まり出そうになった涙が途端にヒュンッと引っ込みます。


「ヒィーッ!! せっ、セイラさん、セイラさーーんっ! 助けて下さーーいっ!!」
『ははははっ』
「これは笑いごとじゃなぁーーいっっ!!」


 私の絶叫が、果てしなく広がる蒼天へと響き渡りました……。



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