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68.あなたは、私が絶対に守る
しおりを挟む「あ、あ……ぁ……」
膝の力が抜け、ガクリとそこに座り込むと、私は力なく首を左右に振ります。
イシュリーズさん達は、うつ伏せに倒れたままピクリとも動きません。
父さんは首をコキコキと鳴らし、口の端を軽く持ち上げました。
「ふぅん。今の《聖騎士》共、なかなかだったな。お蔭でまぁ少しは楽しめたか。――さて、と」
不意に父さんの顔が私のいる方へと向き、思わず身体がビクリと震えます。
父さんがニヤリと口の端を持ち上げて……。
「やっとお前のところへ行けるぜ。待たせたな、けどもうちょっと待ってな? 今そこに行ってやっから」
「…………っ!」
いやいやっ、【闇堕ち】父さんなんて全然待ってませんからーーっ!! 来なくて結構ですからーーっ!!
……なんて言葉は、恐怖でカチカチと震えた唇から出るはずもなく。
……母さん……。母さんっ! お願い、助けて……っ!!
私の切実な願いも空しく、父さんは残忍な笑みを見せながら、無情にも黒い翼を羽ばたかせてこちらに飛んで――
「柚月の所には行かせない……」
その時、父さんの足を掴んで飛行を阻止したのは、倒れながらも懸命に腕を伸ばしているイシュリーズさんでした。
「……あ? まだ生きていたのか? ……あぁそうか、【聖剣】を使って雷を緩和させたのか。ふん、あんな一瞬でそんな判断が出来るなんてやるじゃねぇか。けどもう動けねぇだろ?」
父さんは鼻で笑い、イシュリーズさんの手を振り払おうと足を乱暴に動かしましたが、その手はしっかりと足首を掴んでいます。
「おい、離せよ。オレは早くアイツのところに行きてぇんだ。今すぐ死にてぇのか」
「俺の命より、あの子の命の方が……大切だ……」
それを聞いて、私は思わず大声を出していました。
「イシュリーズさん、ダメッ! すぐに手を離してっ! お願いっ!!」
「柚月……。それは……聞けないお願い……だ……」
「イシュリーズさんっ!!」
「はっ! それはそれはご立派なことで。さすが《聖騎士》を名乗るだけあるな。なぁ色男さんよ?」
「絶対に……行かせない……」
「ふぅん? けど残念、アイツはオレのモンだ。これからじっくりと虐めて殺してやるんだから邪魔すんなよ。――じゃあな、色男さん。“あの世”で先に待ってなよ」
父さんが冷たく笑い、腰に差してある剣を抜くと、イシュリーズさんの背中に切っ先を向けて――!?
「ダメッッ!! やめてえぇーーーっっ!!!」
イシュリーズさんを殺さないでっ!! 私の大好きな人を殺さないでっ!! 私の大好きな人が、私の大好きな人を殺すなんて……そんなこと、絶対に許さない!! 絶対にさせない!! させるもんかっ!!
イシュリーズさんが命を賭けて私を守ってくれるように――
私も彼を守りたい! 私の命より大切な彼を……!!
そして、父さんに人殺しなんか絶対にさせない! 母さんが悲しむ行為を黙って見過ごせるものか! 私が母さんの代わりに父さんを守るっ!!
……二人は――私の大切な人は、私が守るんだっっ!!!
『――ユズキッ!! 俺様の名を呼べ!!』
地面を蹴って駆け出したその時、頭の中に若い男性の声が響き渡りました。
『お前なら分かるはずだ、俺様の名が! さぁ、早く名を呼べ!!』
「…………っ!」
私はグッと息を呑むと、観客席から勢い良くジャンプをしました。
そして大きな声で叫びます。
「私の元に来てっ!! 【ライトニングアックス】ッッ!!」
瞬間、私の右手が黄金色に光り、その手の中にゴールドとレッドを見事な色彩であしらった斧が現れました!
不思議なことに、初めて持ったその斧は手にしっくりと馴染み、重さも全く感じません。
『よぅユヅキ、やっと呼んでくれたな! 守る相手が見つかったようだな?』
「うん!」
『よし、早速だけどこのままじゃ地面にドカンだから、翼を出すぞ! やり方は分かるよな?』
「うんっ!」
頷く私に、翼を出す方法が頭の中に流れ込んできます。
「翼よ、我の背に宿れっ!!」
言った瞬間、私の背中から黄金色に輝いた、立派な双翼が生えてきました!
『よっしゃ! そのまま飛んで、あのアホンダラに俺様を一発ブチかましてやれッ!!』
「うんっ!!」
初めてなのに、翼の操作方法が次々と脳裏に浮かんできます。
空中を突き抜けるように急降下し、地面スレスレでグンッと向きを変えると、翼を羽ばたかせ父さん目掛けて低飛行で疾駆します。
「なっ!?」
イシュリーズさんに切っ先を向けていた父さんが私に気が付き、慌てて後ろに飛び退き剣を構えます。私はそこに【ライトニングアックス】を思い切り振り下ろしました!
「父さんの大バカ野郎ぉーーっっ!!」
悪口付きで!!
ガッキイィィンッ!!
剣と斧が盛大にぶつかり合い、その瞬間、父さんの剣が甲高い音を立て、粉々に砕け散りました!
「……っ!? その斧は――」
父さんが大きく目を見開き、サッと腰に視線を向けますが、そこにあるはずの黒い斧が見当たりません。
父さんは呆然として固まってしまいます。
『まぁ、ないのは当たり前だよな。そこにあったの俺様だしぃ? 元のピッカピカの超カッコいい俺様に戻ってやったぜ!』
《ライトニングアックス》が、私の頭の中でケラケラと笑います。
「あの、昔みたいにライさんって呼んでいい?」
『おぅ、いいぜ。にしても久し振りだなぁユヅキ! あんなにちっちゃかったのに、こんなに大きくなっちまってよぉ!』
「うん。私が小さい頃、ライさんに毎日沢山話し掛けてたよね。今思い出したよ……。ワーワーうるさかったよね? ごめんね……」
『いいや? 舌っ足らずの支離滅裂な言葉で一生懸命喋ってくるお前が面白くてな、内心大笑いしながら聞いてたぜ?』
「えぇっ!? 父さんみたいにライさんとお喋りしたくて、いつか言葉が返ってくるんじゃないかって毎日欠かさず話し掛けてた私を大笑いしてただなんて……。あの頃の純粋無垢な私に謝って、ライさん! 今すぐに!!」
『おぉ、悪かった悪かった! ま、可愛かったのは確かだぜ?』
「全くもう、そんな言葉で誤魔化して――ってそうだ! イシュリーズさん!?」
私は地面にうつ伏せに倒れているイシュリーズさんを急いで抱き起こします。
「大丈夫ですか、イシュリーズさんっ!! 私の為にこんな無茶をして! リュウレイさんとホムラさんはっ?」
倒れている二人を見ると、微かに胸や背中が上下しています。気を失っているだけと分かり、思わずホッと息を吐き出しました。
「……ゆ、柚月……。その髪と瞳の色は……?」
「え?」
イシュリーズさんの言葉に首を傾げ、肩に垂れている髪を見てみると、何とキラキラ輝く黄金色になっていました!
「え、えぇっ!? これは一体何ごとっ!? 私、ふ、不良になっちゃったの!?」
『フリョウ? ――あぁ、ツボミがこっちの言葉を話せるようになった時、シデンの野郎に「あなたはフリョウさんですか?」って聞いてたヤツか。後で意味教えてもらったけど大笑いだったぜ! シデンの野郎に関しては、あながち間違っちゃなかったからな!』
か、母さん……。金髪全てが不良のわけないんだよ……。
けれど私も咄嗟に思っちゃったけど……。もうそこは考えの同じ親子ってことで許して頂きたい……。
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