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66.私の声は、あなたに届かない
しおりを挟む「ダメッ! それだけは絶ッ対にダメッ!!」
父さんの腕の中で、私は力の限り暴れます。そんな私に父さんは舌打ちをして溜め息をつくと、私の肩を強く抱いて動きを封じ込め、次に顎を無理矢理掴まれグイッと持ち上げられました。
「…………っ」
鼻と鼻がくっつくくらいの距離に、父さんの苛立った顔があります。
父さんは背が高いので、私に目線を合わせるとなるとかなり屈んでいるはず……。腰は痛くないのかな、ピキピキッてしないのかな、と現実逃避で余計な心配をしてしまいました……。
相変わらず黒で塗り潰された瞳は、底なし沼のようにどんよりと淀んでいて……。
顎が強い力で掴まれているので、喋ることが出来ません……。
「暴れんじゃねぇよ。オレはいつでもヒョロヒョロで弱っちいお前を殺せるんだからな? 上書きされるか、今すぐオレに殺されるか。さっさと選べよ」
「…………!!」
選択肢が過酷過ぎる!! どっちも絶対にイヤですーーっっ!!
「……はぁ、ったく。オレとしては、寛大な選択肢を選ばせてやってるんだぜ? 死なねぇ方がいいだろうが。ま、前者はうっかり噛みちぎって、うっかり頚動脈切っちまうかもしれねーけど。まぁ、それはしょーがねぇことだよなぁ」
「…………!?」
“うっかり”って何っ!? そしてしょうがなくありません!!
結局どっちを選んでも死んじゃうーーっ!!
「……ただなぁ……。何でか知んねぇけど、さっき聞いたお前の声は結構好きなんだわ。……そうだな、今すぐ殺すのは止めるか。だから安心しな?」
「…………っ!?」
……えっ、下げ続けてきたのにいきなり上げてきた!? そのいきなりの優しさが何か怖いっ!
これって、下げてから上げて油断させる作戦とか!? 恋愛の面でそういう戦法があると聞いたことが……。
……あっ! もしかして、その戦法で母さんを口説き落としたの!?
……いや待て、あのマイペースのほほんほわほわ母さんは、そういう小細工は一切通用しないタイプだ絶対。
思えばよくあの難攻不落な母さんを落とせたな!? 攻略レベルだと最高値で完全攻略本見ないと激ムズ難易度過ぎてコントローラー放り投げるくらいのレベルだよきっと!?
――って、今はそんなこと考えるよりこの状況をどうにかせねばーーっ!!
私が涙目で父さんを見上げると、何故か堪えきれないようにブハッと吹き出し、口の端を持ち上げました。
「ははっ、おっもしれーなお前。さっきから百面相してんの、自分で気付いてんのか? 何だろうな……お前を見てると、ひでぇムカつきと苛立ちもあるが……無性に虐めたくなってくるんだよな」
「えっ」
私が子供の頃、父さんは私をからかうのが大好きだったみたいで、それをいつも母さんにたしなめられていました。
お仕置きでネギ料理を食べさせられても、懲りずにまたからかってきて……。
……もしかして、その記憶も心の中の片隅に残って……?
――って、そんな記憶こそ消えて欲しかったぁーーっ!!
そんな余計な記憶残す余裕があるなら家族の記憶をバッチリ残しておいてよ父さんの大バカ野郎ーーっ!!
「……くっ。お前さぁ、喋んねぇのに顔が悲しんだり怒ったり忙しいんだよ。お前見てると飽きねぇなぁ。――よし、決めた。お前はオレがたっぷり虐めた後で殺してやる。それでこの不愉快な気持ち悪さも収まるだろ。ははっ、久しぶりに楽しめそうだぜ」
ヒイィッ! 『からかい』が悪い方向にレベルアップして『虐め』になった! しかも最終的に『殺される』という社会的にも絶対に絶対にダメなヤツ!!
「いっ、イジメ、ダメッ、ゼッタイッッ!!」
「ぶっ……ははっ! 何だよそのカタコトは。ホントおもしれーなお前。益々虐め甲斐があるぜ。さて、どうやって遊んでやろうか……」
何とか口に出して言ってみるも、父さんに一笑に付されて終わりました……。
しかもその何かを企むような顔、何だか見たことあるような……。
……そうだ! 父さんが子供の頃の私をからかう前にする顔がコレだった!
子供の私、それで大抵泣かされてたんだよ! 今回は泣くどころじゃなく殺されるけど!!
とんでもなく悪質な方向へレベルアップしているよ!?
父さんは往生際悪く暴れる私を難なく抑え込んだまま思案すると、やがてニヤリと口の端を持ち上げました。
そして、私の耳元に唇を寄せてきて囁きます。
「お前を殺さない程度に、くまなく全身を斬り刻んでやるよ。血の赤は空気に触れ、次第に黒く変色していく。お前は文字通り、全身黒になるんだよ。オレとお揃いになるんだぜ? なぁ、最高だろ? お前は剣で斬りつけられる度、どんな声で哭くんだろうな? オレが気に入るその声で、満足させる哭き声を聞かせてくれよ……?」
ヒイィッ! 発想が超怖い!! 虐めの域超えてる! 飛び抜けてる!! しかもムダに低音イケボ!! ムダに何か内容エロい!! ムダに何か言い方エロい!! 【闇堕ち】父さん色んな意味でかなり怖過ぎるーーっっ!!
「……あぁ、その怯えた顔……最高だな。そういうのが見たかったんだよ」
私の恐怖に引きつり青ざめた表情を見て、父さんは嬉しそうに笑います。
……どうして……。どうして思い出してくれないの?
私が娘の柚月だって。
愛する妻が……家族が自分にいたんだって――
心の奥底では分かっているはずなのに……っ!!
「……ねぇ、思い出してよ、お願い……っ! あなたには家族がいるの。あなたが大好きだった母さんが……家族が……っ。ちゃんといるんだよっ!」
私は何とか、絞り取ったような声音になってしまったけれど、懸命に父さんに訴えます。
父さんは片眉をピクリと動かしたけど、私の言葉にただ鼻で笑っただけでした。
「突然何を言うかと思ったら……。アイツらも同じこと言ってきたけどな、オレにはそんなもんいねぇんだよ。フザケたこと言って時間稼ぎしようってか? あいにくオレにはそんなの効かねぇよ。――そうだな、今オレが分かるのは……」
父さんがフッと目を細め、私の頬から顎にかけて優しく撫でていきます。その優し過ぎる手つきに、私の肌がゾクリと粟立ちます……。
「――お前がオレを楽しませてくれるオモチャだ、ってことだな」
「…………っ!」
私のひどくショックを受けた顔を見て、父さんは可笑しそうに口元を歪ませます。
――駄目……なの?
私じゃ父さんを元に戻せないの?
……母さんが……母さんがここにいてくれたら……っ!
母さんだったら、きっと父さんを元に戻せたのにっ!!
私じゃ母さんの代わりになれない……。
母さんじゃないと、父さんはこのまま……。
……悔しい……。悔しいっ!!
――お願い、母さん。今すぐここに来てよっ!!
私じゃ駄目なの。母さんじゃなきゃ……。
父さんを救ってあげて!! 助けてあげて!!
お願いだから……。どうか……。
「もうお喋りは終わりだ。その代わり、存分に楽しませてくれよ? オレの大事なオモチャさん」
「…………っ!」
もう一度首を掴まれた私は、再び持ち上げられ、抵抗ができなくなります……。
父さんの空いている手が、自分の腰に差してある剣の柄を握り、それをゆっくりと引き抜いていきます。
その様を、私は目を見開きただ見つめることしか出来ませんでした……。
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