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65.豹変する元《雷の聖騎士》

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 砂煙の中から気怠そうに姿を現した父さんを、私はまじまじと見つめます。

 うわっ、相変わらずワイルド系イケメン! 私は母さんの遺伝子だけで満足しているけど、欲を言えばほんのちょっぴりでも父さんの遺伝子を与えて欲しかった!

 腰には、左側には長剣を、右側には黒色の斧をつけています。
 あの黒い斧が、父さんの【聖なる武器】でしょうか? 他の皆さんの武器とは、華やかさが全然違います。
 父さんが【闇堕ち】したから、斧も黒くなってしまったとか?
 ……斧からは、今のところ“声”は聞こえてきません。


 ――ていうか父さん、妙に若々しいような……?
 私が二歳の時の容貌のままというか……。そんなことありえないけれど、でも……。


 すごく気になったので、すぐ前にいたファイさんにコソリと訊いてみます。

「あの、ファイさん。うちの父、何か若くありませんか? ぱっと見二十代後半なんですが。気の所為でしょうか……」
「あぁ、封印されていた間は時が止まっている状態だったから、シデン君は年を取っていないんだよ。だから、今の彼は封印される直前の三十二歳のままだねぇ」


 さ、さんじゅうにさいっ!?
 私と十歳しか違わないじゃないですか! “兄さん”と呼んだ方がいい年齢差ですよ!?


 愕然としている私の心中など露知らず、父さんは腕を伸ばしたりして何やら準備運動をしています。

「さぁて、何人増えたんだ? 髪の色が同じヤツもいるから、お前らのガキか? 【聖なる武器】を持ってるってことは、今の《聖騎士》共か。はっ、面白ぇ。ちっとでも楽しませてくれよな。すぐ殺しちまおうと思ったけど、それじゃあつまんねぇよなぁ」

 父さんがニヤリと口の端を上げると、皆さんの顔を見回します。
 そして最後に、ファイさんとスミレさんの後ろにいた私とバッチリ目が合いました。

「…………っ!!」

 その瞬間、父さんの両目が驚愕に大きく見開かれます。


「……お前……、何で……その姿――」
「え……?」
「……あぁ、すっげぇムカムカする……。腸が煮えくり返りそうだ。――そうか、お前が原因か。この苛立ちとムカつきと……」


 父さんが目を見開いたまま、震える両手で顔を抑えながらブツブツ言い始めました。
 《聖騎士》先代組は、父さんの様子に怪訝そうに眉を寄せ、警戒をしています。今まで見たことのない父さんの姿なのでしょうか……。

 おもむろに父さんが頭と肩を下げ、両腕をダラリと垂らしました。
 刹那、父さんの背中から漆黒の双翼が現れ、バサリと大きく広げられます!
 そして父さんは前を向くとギッと目を見開き、翼をはためかせ力強く地面を蹴りました!


 ――それは、あっという間の出来事でした。
 私の前にいたファイさんとスミレさんを、父さんは身体を回転させて勢い良く蹴り上げます。

「ぐぅっ!」
「いっ……!」

 二人はヒュン、と高く吹っ飛ばされ、ガァンッ! と大きな音を立て観客席の上方に激突しました!

「父さんっ!!」
「母様っ!?」

 ホムラさんとリュウレイさんが即座に反応し、二人が飛ばされた方を向いた瞬間に、父さんは再び回し蹴りを放ちます。

「うわっ!」
「くっ……!」

 油断していた二人はもろにその蹴りを喰らい、同じように高く飛ばされました!

 ……私は、少しも動くことが出来ませんでした。
 いつの間にか、目と鼻の先に父さんの顔がありました。
 どんよりと黒く、光の灯っていない瞳が、私の引き攣った顔を凝視しています。
 父さんの腕が音もなく動いたかと思うと、私の首を片手で掴まれ、そのまま身体ごと持ち上げられてしまいました。

「あっ……ぐぅっ……」
「……お前のその姿とその顔。何もかもがオレをヒドく苦しめるんだよ。誰だか知らねぇが、オレの前から今すぐに消えろ」


 首を掴む手の力がグッと強くなり、指が喉に喰い込んできます……。
 く、るし……っ。息ができな――

「柚月っ!!」

 瞬時の出来事に動きが遅れたイシュリーズさんはハッと我を取り戻し、素早く父さんに向かって“剣”を振り上げます。
 続けてルザードさんも、私の首を掴んでいる腕に長剣を突き立てようとしました。


「ザコが……、邪魔すんじゃねぇよっ!!」


 父さんが鋭く叫び、その刹那、闇色の稲妻が私の両隣にドンッ! と落ちました!

「くっ!」

 すんでの所で、イシュリーズさんとルザードさんは後ろに飛んで稲妻を避けましたが、爪先に少し当たってしまったようです。
 二人は無事に着地しましたが、何故かゆっくりと蹲ると地面に膝をつき、そのまま動かなくなってしまいました!?

「い、イシュリーズ、さ……っ!?」
「その稲妻には麻痺効果がついてんだよ。コイツを殺すまでしばらくそこで這いつくばってろ。ははっ、その姿、お似合いだぜお前ら」

 父さんが二人の様子を見て鼻で笑います。
 すると、先の稲妻の振動で、私の首に巻いていたストールがハラリと地面に落ちてしまいました。
 締め上げている私の首を見ていた父さんは、再び瞳を大きくさせます。

「……んだよ、その痕は……」

 ……痕? あぁ、イシュリーズさんが首につけた――

 唐突に、父さんが私の首を掴んだまま、顔を鼻先まで近付けてきます。

「おい。ソレ、誰につけられた?」
「え……?」
「何でオレ以外のがついてんだよ……。お前はオレのなのに……。ふざけんな……マジでふざけんじゃねぇっ!!」
「と、さ……?」

 父さんの黒の瞳が、激しい怒りで燃えています。
 ‘’オレ以外の‘’……? もしかして、私を無意識に母さんだと間違えてる……?
 ……っ! そうか、私は若い頃の母さんとよく似ている。しかも今の私の年齢は、父さんが【闇堕ち】する直前の母さんの年齢だ。だからきっと瓜二つで、間違うのも無理は……あっ!!


 ということは、父さんの心の奥底に、まだ母さんは存在しているっ!?


「――あぁ、まただ。またワケ分かんねぇ気持ちでグチャグチャだ……。何なんだよくそっ、ムカつく……。その痕を見たら余計に……。――あぁ、そっか。そうすればいいのか」

 片手で顔を抑え、父さんがうわ言のようにブツブツ呟いていたと思ったら、フッと首の圧迫感が消えます。
 朦朧としている頭で力が入らず、そのまま倒れていく私の腰に、父さんの腕が回り――
 そのままぐいっと抱き寄せられました。

「ぐ……っ、かはっ! ゲホッ、ケホッ!」

 抵抗できないまま、父さんの胸の中で何度か咳込みましたが、急いで深呼吸して足りない酸素を吸い込みます。

「けほっ……。はぁ、はぁ……」

ようやく落ち着き、涙が滲み出たまま頭を上げると、私の顔を覗き込んでいた父さんの漆黒の瞳と至近距離で目が合いました。

「…………っ!」

 咄嗟に逃げようとしても、腰に回された父さんの腕の所為で互いの身体が密着し、身動きが取れません。
 父さんは慌てふためく私を見下ろすと、意味ありげに口の端を持ち上げ、私の首を人差し指でトン、と軽く叩きました。

「オレのこの胸クソ悪ぃ気持ちの原因の一つが、お前のソレにあるみてぇだ。なら、上書きしてやるよ……全部な。それで少しは気が晴れるかもしんねぇ」
「…………っ!?」

 …………え?
 ……そ、それって、もしか……して……?

 父さんはスッと目を細めると、私の後頭部をその大きな手で掴んで動けないようにし、私の首筋に顔を近付けて……?


 ……うっ、うわああぁぁっ!?
 それダメなヤツっ!!
 いくら私を母さんと無意識に間違えていても!!
 父娘で絶対にやっちゃダメなヤツーっ!!
 めっちゃアウトなヤツーーっっ!!


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