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59.『壁ドン』は乙女の夢……でした

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 リュウレイさんから何枚か下着の替えを戴き、(理由は聞かないでいてくれたリュウレイさん……お優しい……)部屋に戻った私は、先にサッとシャワーを浴びました。

 鏡を見ると、首筋にいくつもの赤い痕が見事についています……。
 それに首筋だけではなく、身体全体のあちこちにも……? えっ、こんなところにも!? そっ、そんなところにも!? いつの間にかとんでもないところにつけてるなイシュリーズさんっ!?
 しかしこれはさすがに多過ぎでは!? 見られたのがホムラさんだけで良かったぁ!
 しょうがない、首についているのに関しては髪下ろしたままで行きますか……。
 
 身体と頭を拭き、ワンピースを着ると、旅の間に着ていた服を洗います。
 この世界は洗濯機がないので、基本は石けんを使って、手でゴシゴシッと洗うそうです。
 安心したのは、トイレが水洗だったこと。上下水道の設備がちゃんとあって良かったー!


 ――よし、洗濯終わりっと。これを部屋に乾かして……。
 うーん……、イシュリーズさんのお母さんから借りた服、すごく動きやすかったから着ていきたいんだけど、すぐには乾かないよね……。

 ……あっ、そうだ! 乾かすには風を当てるのが一番だから、イシュリーズさん、何かそういう風技持ってないかな? ちょっと訊きに行ってこよう!

 そう思いつき、足を一歩踏み出したところで、扉からノックの音が聞こえてきました。

「柚月、俺です。入っていいですか?」

 ナイスタイミング! イシュリーズさんです!

「はい、どうぞ!」

 タイミングの良さに、私は上機嫌で返事をすると、扉を開けてイシュリーズさんが入ってきました。彼はまだ支度を始めていないのか、朝の時の軽装のままです。

「イシュリーズさん、丁度良かったです。お訊きしたいことがありまして……」
「俺も貴女に伺いたい事があるんです」

 そう言って薄く微笑みながら、イシュリーズさんは私に向かって歩いてきます。
 え、何か圧力がすごい? 押し潰されそうな気迫が!?
 思わず私は少しずつ後退りし、いつの間にか壁まで追い詰められていました。
 イシュリーズさんは微笑したまま私を上から覗き込み、顔の両隣の壁に手を付き、私を逃げられないようにして……?


 ――って、えぇっ!? こ、これって俗に言う『壁ドン』なるものではっ!? 女子が一度はされてみたいシチュエーション上位に入る、あの伝説のっ!?

 ……えぇ、えぇ。
 私も若かりし頃はもちろん憧れましたよ『壁ドン』。彼氏にされたら絶対にドキドキするんだろうなって。
 けれど今の状況は全く甘くなく、むしろ逆! 微笑みの下に静かな怒りを感じるイシュリーズさんに、違う意味でドキドキします……! 


「い、イシュリーズさん……?」
「ホムラに頬以外、どこを触られましたか?」
「へっ?」

 さ、触られた!? それは首筋のことを言ってるんでしょうか。でもイシュリーズさん、その場にいなかったですよね? 何で分かったんでしょうか……。
 ……あっ! もしかして、私がビックリして叫んだのが聞こえてた!?


「あの、イシュ――」
「貴女は無防備過ぎです。男がいる家に行く事を簡単に承諾して、俺以外の男に触られるのを簡単に許して。そんな無防備な貴女には、少し『お仕置き』が必要みたいですね?」
「お、おし……っ!?」
「貴女は……俺がどれだけ貴女を想っているのか分かっていない。狂おしいほど貴女だけを愛しているのに……。宝石箱に閉じ込めて、俺だけの愛しい宝石にしたくて堪らないのに――」


 切なげに眉間を寄せ、独り言のように言葉を紡いだイシュリーズさんの唇が、私の唇を塞ぎます……。
 ……って、待って待って!? 最後何かとんでもないこと言われたっ!?
 驚きで開いていた私の口内に、すぐさまイシュリーズさんの舌が入ってきて、奥に逃げた私の舌を強引に引っ張り出して絡めてきました……!

「……っ、んんっ」

 逃げようとするも、その度に顔の角度を変えて何度も唇を貪られ、わざと湿った音も出して私の羞恥を呼び起こしてきます。
 激しいその攻めに息が苦しくなり、飲み込み切れない唾液が、私の顎を幾度も伝っていきます……。

「……はぁっ」

 ようやく唇が離れてくれました! 呼吸を整える前に急いでその場から離れようとしましたが、素早く私の両手を壁に押し付けられてしまいます。

「あっ……」
「“消毒”をするまで逃しませんよ」
「しょうどく……?」

 イシュリーズさんは両目をスッと細めると、顎を伝う私の唾液を舐め、顔中にキスを散らせてきました。

「ん、くすぐった……っ」

 顔をふるふると振っても止めてくれません。特に頬の辺りがしつこいです。何度も舐められて甘噛みされて、しまいには指で頬をぐにーっと引っ張られ……え?

「へ……っ?」

 視界の隅で、私の伸びるほっぺを見つめるエメラルドの瞳が少年のように輝き、感動したように呟きます。


「本当だ、よく伸びる……。まるで餅のようだ……」


 ――って、ホムラさんがやってるのを見て気になってたんかーーいっ!
 そしてこの世界でもお餅はあるのね!? ちなみに私はあんこ派です!


 ……ん? ホムラさん……。
 そう言えば、さっきからホムラさんが触った場所を中心に舐められている……。
 “消毒”ってそういうこと!?


「……さて、次はどこを“消毒”しましょうか? 奴が触った場所を言わないようなら、全身を“消毒”させて頂きますね。身体の隅々まで、奥の方も……ね」


 ヒィッ! イシュリーズさんの目が本気だ! 絶対に有言実行される!
 てか“奥の方”ってどこーーっ!?

「あっ、あの、首筋です! 痕がついている方の……。私全然気付かなくて、ついてるよって教えてくれたんです。そ、それだけですっ! ホントですっ!」
「……なるほど」

 私の両手を抑えている力がフッと弱くなりました。
 わ、分かってくれたのでしょうか?

「奴への牽制の為に付けたのに、あまり効果が無かったな……。数が足りなかったか? もっと沢山付けて……」

 独り言のようですが、バッチリ聞こえちゃっていますよーーっ!?
 恐ろしい内容の独り言がっ!!


「……柚月」
「はっ、はいぃっ!」
「首筋を“消毒”します。少しチクリとしますが、すぐに治まりますから。良い子だから、少しの間我慢して下さいね?」
「うぐ……っ」


 それ、病院の先生が子供に注射をする時に言う台詞ーーっ!!


 ……こうして私は、首筋の痕を更に増やすことになったのでした……。
 あとでリュウレイさんのところにストール借りにいこう……。


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