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56.黒き地獄の悪魔
しおりを挟む長い長い年月が経ち、屋根の無いその建物はあちこちが崩れ、瓦礫も四方に散らばり、すっかり廃墟と化していた。
その建物の真ん中に、山のように瓦礫が積み重なっている箇所があり、その頂に長身の男が腰を下ろし、佇んでいた。
夜風が吹き、そのくせっ毛の黒髪をサワサワと踊らせる。
男の切れ長の瞳は、同じ色である夜の空を見上げていた。
黒は好きだ。自分にとって“無”の色だし、世界の破壊と消滅を望む己の心に相応しい色だ。
それに、その色は何だか懐かしく感じる。
黒を見ていると、自然と心が落ち着いた。
ーーそう、数日前までは。
最近、胸のザワつきが収まらない。心の奥から沸き上がってくる、何とも言えない不快感と異物感が、ここ数日の自分を苦しめていたのだ。
「……何だってんだ、気持ち悪ぃ。気分最悪だし、アイツらが張った結界ウゼェし。……ま、アイツらと遊ぶのもいい加減飽きたし、もう全員ぶっ殺すか」
この建物の周りには、強力な結界が張ってあり、中から外へ出られないようになっているのだ。
「攻撃しても何しても全然壊れねぇし。アイツらの中に、そんな強力な結界術を使えるヤツなんていたか?」
遠い昔、彼らが自分の仲間だった記憶が、男の脳裏に微かに残っていた。
だがそんなのは男にとって、最早どうでも良かった。
今の彼には、仲間だった者達への情は、一切持っていなかったのだ。
「オレを長い間封印していた術がようやく解けて、肩慣らしを理由にアイツらと“戦いごっこ”をしてたけど……考えてみりゃ、アイツらを殺せばこの結界も解けて自由になれるじゃねぇか」
そして男は、もう一度空を仰ぎ見る。
「あーぁ。雲一つない、いい夜空だな。結界がなけりゃ、夜の散歩をしつつ国をぶっ潰して回れたのに……。チッ、遊んでねぇでさっさと殺っちまえば良かった」
男の心は、破壊衝動と殺人衝動で満ちており、瞳には光が灯っていなかった。
闇のように深い黒、それ一色だった。
「まぁでも、アイツらを殺すのは明日にするか。寝込みを襲ってもつまんねぇし。苦しめて苦しめて、歪んで怯えた顔のまま死なせてやる。ハッ、傑作だろうなぁ」
男はニィ、と口の端を持ち上げると、背中から漆黒の翼を出し、瓦礫の山からバサリと飛んだ。
年季の入った、所々破けている黒のロングコートの裾が、ヒラリと舞い上がる。
月に背を向け飛ぶその姿は全身黒で、まるで地獄の悪魔のようだった。
腰につけている黒色の斧が、月光を受けて鈍く光る。
黒色の斧は、ただ静かに男の動向を見つめていた――
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