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55.心に固く誓う
しおりを挟む「ん、もうこんな時間ですか。朝にもう一度と思って、貴女を裸のままにさせておいたのですが、少し寝過ごしてしまったようですね……。……いや、一回くらいはできるか……」
時計を見ながら、最後にボソリと怖い独り言を呟くイシュリーズさん……。
裸の状態は確信犯だったのかーーっ!
「……私を立てなくする気ですか、イシュリーズさん?」
私がジト目で睨むと、イシュリーズさんは申し訳なさそうにシュンと顔を伏せます。
「柚月、もしかして腰が痛いですか? すみません、昨日は抑えが効かず……。貴女のあまりの可愛さに理性を失ってしまって……」
だから、頭にクタリと垂れた犬の耳(の幻)を出すのは卑怯ーーっ!
「だ、大丈夫です。心配ご無用ですよ?」
「本当ですか? もし痛いようなら言って下さいね。今日は俺が貴女の足代わりになりますから」
足代わり……? もしかして私を抱っこしながら歩くってこと!?
「い、いえいえっ、全然問題ないですよ! もう元気いっぱいです!」
私の慌てた言葉にイシュリーズさんはクスリと笑い、軽く私の唇にキスをすると起き上がります。
こ、この人は何でこうナチュラルに……っ!
「またリュウレイが突然扉を開けて入ってきたら困りますから、俺は着替えたら先に客間に行ってますね。柚月はゆっくりと着替えて、ゆっくりと歩いてきて下さい」
「あ……はい、ありがとうございます」
着替え終わり、扉の取手に手を掛けたイシュリーズさんは、不意にこちらを向きます。
「決めましたか?」
「……はい」
私はその問いの意味がすぐに分かり、しっかりと頷きました。
イシュリーズさんはそれを見てフッと微笑んで頷くと、扉を開け部屋から出て行きました。
着替え終わった私も、客間へと急ぎます。
けれど、腰とお股が痛くてヨロヨロ歩きになってしまいます。頭にネクタイを巻いた酔っ払いのオジサン化としています……。
その道中の廊下で、ホムラさんとバッタリ出会いました。
「おっはよー、柚月ちゃん」
『ユヅちゃんおはよー!』
「おはようございます、ホムラさん、ブーちゃん」
私はニッコリ笑って二人に挨拶しましたが、ホムラさんは何故かニヤニヤしながらこちらを見ています。
「どうされました、ホムラさん?」
「ん? いや~? 昨日は“お楽しみ”だったんだな~って思ってさ♪」
「えっ……」
な、何故分かったんですか!?
瞬時に真っ赤になった私に、ホムラさんはクックッと笑いながら、首筋をスッと指でなぞってきました。
「ひゃぅっ!?」
「おっ、良い声頂きました~♪ だって柚月ちゃん、歩き方ヘンだし、……付いてるのよ、赤いのが、た~くさん」
「へっ」
首筋に、赤いの……。
ハッと思い当たった私は、これ以上ないほど顔が熱くなります。
「えっ、えっ!? たっ、たたたくさん……っ!?」
「ぶはっ! 柚月ちゃん慌て過ぎ~。髪で隠せば何とかバレないんじゃない? しかしこんな目立つとこにたーくさん付けて、イシュちゃんの独占欲半端ないね~」
ケラケラ笑うホムラさんを横に、私は急いで髪の毛で首筋を隠します。
イシュリーズさん~、つけるのはいいけど場所を考えて下さいよ~! もうっ!!
『なになに、赤いのって虫刺され? ユヅちゃん大丈夫? かゆい?』
「あっ、大丈夫ですよ。ありがとうございます、ブーちゃん」
「お子サマは気にしなくて大丈夫よ~。ブーちゃんはそのまま純粋な子でいてね♪」
『あっ、何かバカにしてるでしょ! あと二人してブーちゃん止めてよ~! もっとカッコいい呼び名がいい~!』
「じゃあ《ブレイズボウ》だから……ズボちゃん♪」
『ちょっと! 何でよりによってそっから取るかなぁ!?』
ホムラさんとブーちゃんの掛け合いは、仲の良い兄弟みたいで微笑ましいですねぇ。
顔を緩めながら二人を眺めていたら、ホムラさんがふとこちらを見て訊いてきました。
「ひょっとして、思い出した?」
「あ……。――はい」
「へぇ~。ホントにセックスで思い出せたんだぁ。言ってみるもんだねぇ♪」
「ちょっ……。ホムラさんっ!」
ブーちゃんもいるんだから言葉を選んでーー!
イシュリーズさんもホムラさんも、どうして直接的な言葉を平気で言うのかっ!
「その様子だと、最後までいったんだね~。イシュちゃんおめでとうだなぁ。良かった良かった」
「え?」
感慨深げにうんうん頷くホムラさんに、私は首を傾げます。
“おめでとう”? 何がでしょうか……?
私の疑問の視線に気付いたホムラさんは、ヘラリといつもの笑みを浮かべました。
「んーん、独り言。気にしないで~。――じゃあ、どうするか決めたんだ? 何かスッキリした顔してるし」
「はい」
「……ん、そっか」
コクリと頷く私の顔を見て、ホムラさんも何かを察したらしく、小さく笑い返してくれました。
客間に入ると、扉の横にウインさんが立て掛けてありました。
そう言えば、昨夜はお部屋にウインさんの姿が見えなかったです……。ここで一晩過ごしたのでしょうか?
「ウインさん、おはようございます。もしかして、朝までずっとそこで……?」
『あぁ。昨日イシュリーズに、「今日は一晩ここにいてくれ」と頼まれてな。……まぁ大体予想がつくが』
えっ……。じゃあイシュリーズさんは、最初からヤる気だったってこと?
私が「父の想い出なんていらない」って言ってたらどうしていたんでしょうか……。さすがに無理矢理はないでしょうが……。
先にソファに座っていたイシュリーズさんに瞳を向けると、目が合い、ニコリと微笑みを見せます。
うーん、考えが読めないお方だ……。
「おはよう柚月。少しは眠れたか?」
「おはようございます、リュウレイさん。はい、お陰様で」
別のソファに座っていたリュウレイさんは、私の顔を見ると、その綺麗な青い瞳を大きくさせました。
「何か吹っ切れた表情をしているな。決めたんだな?」
「はい。皆さんと一緒に行きます。行かせて下さい」
「そうか……。分かった。お前がそう決めたのなら、私はそれを尊重しよう」
リュウレイさんは眉尻を下げ、小さく口の端を上げます。
私はそんなリュウレイさんに真面目な表情を作ると、ハッキリと言いました。
「皆さんと一緒に行って、父を元に戻す方法を見つけます。そして父を、元の優しい父に戻してみせます」
「なっ?」
私の言葉に、思わずといった感じでリュウレイさんが立ち上がりました。
「リュウレイさんが仰ったのは、『元に戻らないと伝えられている』です。“絶対に”元に戻らない、ではないでしょう? だから、可能性が少しでもあるなら、私は父を元に戻す方法を全力で探します」
「柚月……」
視界の隅で、ホムラさんが笑みを浮かべて小さく肩を竦め、イシュリーズさんが目を閉じて微笑んでいます。
二人共、私が言う回答が分かっていたみたいです。
だって、父さんを倒す、あるいは再封印してこの世界に平和が訪れたとしても、母さんは父さんの最期を知らずに、私が日本に戻るまで、ずっと父さんを待ち続ける――
そんな悲しい結末を、私は絶対に認めたくありません。
父さんと母さんはお互いに愛し合っていたのに、二十年間も離れ離れになっていました。
それなら、これからはその分も幸せにならないと駄目です!
だから、私は……母さんの為にも、父さんを元に戻してみせます!!
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