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52.《神様》のあやまち
しおりを挟むハッと気づくと、周りは真っ暗な世界でした。
私はまだ、空中に浮いているようです。
不意に、淡い光がぼぅっと二つ現れます。その光に包まれていたのは、何と母さんと子供の私でした。
母さんは子供の私を胸の中に抱きしめ、不思議そうにキョロキョロと辺りを見回しています。
子供の私は意識はありましたが、ボーッとしており、どこか焦点が合っていないような状態でした。
すると母さんの目の前に、同じく光に包まれ、先程のお爺さんの姿が現れました!
母さんは驚いたように身体を強張らせましたが、腕の中の私を守るように身を屈め、恐る恐る口を開きます。
『あの、あなたは……?』
『ワシは、お主の今までいた世界、〈バーラウズ〉の《神》をやっておる者じゃ』
『か、神様っ!? 神様がいらっしゃるってことは、あそこは雲の上の世界だったのですね……?』
『……どういう判断でそう思ったのかは不思議じゃが、お主が元住んでいた世界から遠く離れておるから、そう解釈しても不正解ではないな。ちなみにここは、生と死の境目の空間じゃよ』
『生と死の……境目の空間……?』
困惑する母さんに、お爺さんは杖をついて、一歩近付きます。
『あの角の生えた魔物は、《勇者》が召喚士に頼んで魔界から呼び寄せた奴じゃ。恐らく《聖騎士》の中に気に食わない者がいたんじゃろう。腹いせで魔物を召喚したと言っていいかもしれん』
『……そんな……』
『〈バーラウズ〉に呼び寄せる《勇者》を決めたのはワシじゃ。四つの王国の王達に【祈り】を通して頼まれたのじゃよ。あの者は、元の世界では非常に優秀で人望も厚くてな。《勇者》として適任と判断したワシは、〈バーラウズ〉に来て貰おうと、あの者の夢の中に介入して誘いかけたんじゃ。あの者は、二つ返事で了承しおった。そしてワシは転移の為、桜の木がある丘の上から飛び降りるよう指示したのじゃ』
『あ……』
母さんが、思い当たったように声を上げます。
『そうじゃ。お主が、あの者が自死しようとしていると勘違いした、あの丘の上じゃよ。たまたまそこにいたお主は、あの者を助けようと手を伸ばし、一緒に落ちて転移に巻き込まれた……』
『……はい』
『更に不運は重なった。あの者の優秀で人望が厚い姿は表向きで、実際は面倒臭がりで自分本位の、残忍で冷酷性を持った男じゃった。あの者は巧妙にそれを隠しておった。本当の姿を見抜けなかった、ワシの責任じゃ……』
『……あの……。その人を、元の世界へ……日本へ帰すことは出来ないのですか? 神様がその人を帰せないのですか?』
母さんが尋ねると、お爺さんは、一瞬こちらを見た気がしました。
そしてすぐに、母さんの方へ視線を戻します。
……え? 私の姿、見えてないはずだよね? 気の所為……?
『魔界の住人と同じく、異世界の者も、死ねば身体が元の世界へと還るのじゃ。だが生きたまま帰すのは、方法はあるのじゃが……今は難しいじゃろう。ワシは《神》じゃが、〈バーラウズ〉の世界には基本介入できん。ワシが必要以上に介入してしまうと、世界の秩序が狂うのでな。それだけは許されないんじゃよ』
『そう、なんですか……』
なるほど。《神様》だからって、何でもやっていいわけじゃないんですね……。
『お主はあの者を助けたいと思う心で行動し、結果転移に巻き込まれ、我が子を助けたいと思う心で行動し、結果殺されてしまった。お主の心は全て善意じゃが、あの者の悪意が強く、悪い方へと事が成されてしまった。すなわちそれは、あの者を選んでしまったワシの責任でもある』
『そんなこと……』
目を瞑り、首を左右に振る母さんに、お爺さんはお髭の中で静かに笑みを浮かべました。
『以前からの行動を見て分かっておったが、お主は優しいの……。特例として、お主達を生き返らせ、元の世界へ帰してあげよう。貫かれてしまった場所も再生させるが、皮膚までは元の色にはならんかもしれん。恐らく大きな痕が残るじゃろう』
『……え、えぇっ!? 痕のことは全然いいのですが、生き返らせるって……。よ、よろしいのですかっ!?』
『ワシは、お主が不憫でならない。これは特例じゃ、二度はもう無いじゃろう』
母さんは慌てて頭を深く下げました。
『あっ、ありがとうございます……! あの、元の世界って、わたしが今までいた雲の上の世界ですか? それとも日本でしょうか?』
『ニホンじゃ。お主は一度死んでしまった身じゃから、生まれた場所へと還らねばならぬ。お主の子供の生まれた場所は〈バーラウズ〉じゃが、髪の色が黒じゃ。忌み嫌われている黒髪じゃと、〈バーラウズ〉では住みにくい。お主と一緒の方がいいじゃろう』
『そう……ですか……。ならもう、あの人には二度と会えないんですね……』
母さんが顔を伏せ、ボソリと呟きます。
『……いや。〈バーラウズ〉に住む者がお主を心から望み、召喚術を使える者が術を発動し、お主が召喚に応じれば、再び〈バーラウズ〉へと戻る事が出来るじゃろう』
お爺さんの言葉に、母さんはパッと顔を上げ、喜びの表情を浮かべました。
『そうなんですね、良かった……! あの人は、あの後魔物を倒して、皆を守ったと思います。あの人のことだから、わたし達が死んだと信じないはずです。そして日本に戻ったわたし達を望み、呼んでくれるでしょう。だから、この子とずっと待っています。あの人からの望みの声を……』
『……そうか……。希望ならば、〈バーラウズ〉にいた時の記憶を封印する事も出来るが、それは必要なさそうじゃな』
母さんは、その言葉に俯きしばらく考えた後、口を開きました。
『すみません、神様。この子の記憶だけ封印して下さい』
えっ? 母さん、どうして……!?
『……理由を訊いてもよろしいかな?』
『はい。この子……柚月は、わたしがこの子を庇って、角に刺されたところを見てしまいました。わたしのお腹の痕を見たら、自分の所為で痕を残してしまったと、ずっと気に病んでしまうでしょう。この子はとても優しい子ですから……。あの人が呼んでくれるまで、この子には何も気にすることなく、明るく元気に過ごして欲しいんです』
……母さん、そんなことを考えてくれてたんだ……。私のことを想って……。
『……よう分かった。その子の記憶を封印しよう。だが、まぁこれは無いじゃろうが、〈バーラウズ〉との因縁が深き者と繋がり、その子が記憶を取り戻したいと強く願えば、封印の力が弱くなり、封じられた記憶が開放されてしまうかもしれん。それでもいいかの?』
『はい、構いません。この子が記憶を取り戻したいと願う時はきっと、辛い記憶にも負けないような、強い子になっていると思いますから』
そう言って母さんは微笑むと、幼い私をギュッと抱きしめました。
……母さん。
母さん……っ!!
私の両目から、涙がボロボロと溢れ出てきます。
『よう分かった。……では、そろそろ始めようかの。ニホンの国で達者でな』
『はい、神様。本当に、色々とありがとうございました』
『礼などいらんよ。元はと言えばワシが悪いのじゃから。……すまなかったの』
『神様……』
お爺さんは最後に謝罪すると、杖を大きく振りかざしました。
瞬間、眩い光が母さんと幼い私を包み込みます。
そこで私の意識もなくなり、深い闇へと落ちていきました――
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