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51.伸ばされた手は、あなたに届かない
しおりを挟むそんなたくさんの想い出達の中に、一つだけ、ウニのような鋭い棘々が無数についた形がありました。それは、見るだけで悲しみと切なさに満ちていることが分かります。
きっとこれが、父さんが【闇堕ち】した時の……。
私は怖さと躊躇いでカタカタと震える手を伸ばし……一度止めると、ふぅ、と何度も息を整えました。
私がこの不安定な状態で触ったら、棘々に阻まれ、記憶から拒絶されると感じたのです。
怖がるな! 全てを取り戻すと……父さんを全て思い出すと決めたんでしょう!?
自分を叱咤し、震えが止まった手を再び動かして、それをそっと触りました。
突如目の前が真っ暗になり、それはすぐに色がついている光景へと変わります。
……え? セピア色じゃない? 今度はカラーだ……!
そこは、大きな広場のようでした。
私は前の時と同じ、空中に浮いてその光景を見ています。
その広場で、子供のイシュリーズさんやリュウレイさん、ホムラさんが、お父さんお母さんと見られる人達と笑顔で話しています。
子供の私も、父さんに抱きついて、横で母さんがそれを微笑ましく見ていました。
これは、魔物を倒す旅が終わった時の光景だ……。
……うん、やっぱり母さん、今の私とよく似てる! 双子の姉妹みたい……。
「…………?」
ふと、何となく気になって視線をずらすと、大きな柱の隅に《勇者》がいて、影に隠れるようにフードを被った人もいました。
《勇者》はフードの人と小声で会話した後、《勇者》と《聖騎士》達の帰還を待って広場にいたと思われる、風の国の王様の所へ行きます。
フードの人は、そそくさと建物の裏に入っていきました。
……まさか、あのフードの人は……。
私の胸の奥から、嫌な予感が沸き上がります……。
その時です。建物の裏から、象くらいの大きさの、額に巨大な角を持った魔物が飛び出してきました!
突然の魔物の登場に、背を向けていた《聖騎士》達の反応が遅れます。
その魔物は巨体の割に素早く、近くにいた父さんに向かって、その角を突き出して疾走してきました!
けれど、その動きにいち早く気付いたのは、父さんに高い高いをしてもらっていた子供の私でした。
素早く父さんの腕から飛び降りると、目の前まで来ていた魔物の前に立ちます。
『とーちゃにぶつかっちゃや!!』
と、両手を広げて。
子供の私の危機に、咄嗟に反応したのは母さんでした。
『柚月っ!!』
叫び、子供の私を胸の中にギュッと抱きしめ、魔物に背を向けます。
同時に、魔物の鋭い角が母さんの背中に突き刺さり、子供の私と共に貫きました。
その角の先端は、振り向いた父さんの胸のギリギリで止まります。
母さんと子供の私がいなければ、父さんの身体も見事に貫かれていたでしょう……。
母さんの口から、ゴボッと大量の赤い血が溢れます。
けれど、大きく目を見開いて硬直している父さんに向かって、小さく微笑みを見せました。
『あなた、そんな顔をしないで……。わたしと柚月は……大丈夫だから、みんなを、守っ……て……』
『……つぼ、み……?』
『…………』
そして、母さんは微笑んだまま目を閉じました。
その目は、きっともう二度と……。
……けれど、子供の私はまだ微かに息をしていました。
『……テメエェェーーーッッ!!』
叫び、角の魔物を瞬殺した父さんの憤怒の顔を。
『う……っ、ぐっ、……うあああぁぁーーーッッ!!!』
母さんと子供の私を強く掻き抱き、血の涙を流しながら叫喚する父さんの姿を。
父さんの黄金の髪と瞳の色が、次第に真っ黒に変わっていくさまを。
漆黒に変色した大きな双翼を背中から出し、咆哮しながら牙を向いて《聖騎士》達に飛び掛かっていく、黒髪の父さんの後ろ姿を。
霞んで潤む瞳で、じっと見ていました。
『……と……ちゃ……。やだ……よ……。こっち……もどって……きて……』
子供の私は涙をポロポロと流しながら、父さんに向かって、その小さな手をよろよろと伸ばしますが、その手は父さんには勿論、他の誰にも気付かれることはなく……。
パタリ、とその手が地面に落ち、――そこで子供の私の……命の灯火は消えてしまいました――
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