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50.思い出された記憶達
しおりを挟む目の前に、鎖で全体を雁字搦めにされた、巨大な両開きの扉が立っています。
その見事な装飾の扉は、二つの南京錠を使って頑丈に鍵が掛けられていました。
……えっ? ここは……?
見回すと、辺りはセピア一色で埋め尽くされています。
――あぁ、そうだ。ここには以前来たことがある……。
イカ墨ドリンクを飲んで寝込んだ時に見た夢の中――ううん、自分の記憶の中だ。
……あれ?
ふと右手の中に違和感を感じ、いつの間にか握っていた拳を開くと、そこには黄金色の、美しい飾りの入った鍵がありました。
これは……この扉の南京錠の鍵、だ。
何故かそう確信した私は、自然と身体が動き、その鍵を一つの南京錠に差し込んで回していました。
すると、扉に巻き付いていた鎖の半分がフッと消え、南京錠がガチャリと音を立てて下に落ちます。
あと一つの鍵は、どこにあるんだろう……?
「……その扉を開けるのかい?」
「……っ!?」
キョロキョロしていると、突然横からしわがれた声が聞こえ、私は驚いて声の方へと振り向きます。
そこには高齢と見える灰色のローブを着たお爺さんが、腰を曲げ、木で出来た杖をついて立っていました。
そのお爺さんはセピア色ではなく、私と同じくちゃんと色が付いています。
頭に毛はなく、真っ白い髭を鼻の下から長く生やし、目は白色の太い眉毛に隠れ、口も髭で見えず、どんな表情をしているのかさっぱり分かりません。
「扉を開けるのかい?」
お爺さんは、また同じ事を訊いてきます。
私はお爺さんの方に向き直り、しっかりと頷きました。
「はい。子供の頃の想い出を取り戻したいんです」
「そうか……」
お爺さんはゆっくりと杖をつきながら歩き出し、私の元まで来ると、しわくちゃの手を差し出してきました。何かを渡そうとしているのに気付き、私も手を伸ばします。
チャリ……
と、音を立てて私の掌に置かれたのは、もう一つの南京錠の鍵でした。
「一つは、お主がこの世界との因縁が深き者と繋がり、記憶を強く望んだから手元に現れた。もう一つは、お主の記憶を封印したワシが持っておった」
「えっ!?」
「先日お主が見た記憶は、封印が軽かったものじゃ。封印が解かれて思い出しても、お主に支障がない程度の想い出じゃ。だが、ここの扉の中にある記憶は違う……」
おじいさんはそう言うと、目の前にある巨大な扉を仰ぎ見ます。
「取り戻したいのであれば、鍵を開けて中に入るがよい。但し、この中にあるお主の記憶には、酷く辛くて悲しい想い出もある。それでも行くのかい?」
私は、お爺さんの顔をじっと見つめます。
そして、
「――はい」
と、強く頷きました。
「そうか……。ワシはもう止めはせんよ。気を付けて行っておいで」
「お爺さん……あなたは一体……?」
「……お主ら親子には、辛い思いをさせてしまってすまなんだ」
「え……?」
そう言うと、お爺さんはスゥッといなくなってしまいました。
「消えたっ!?」
……あのお爺さん、何者なんでしょう? 私の記憶を封印したって言ってたけど、悪い人には見えなかったし……。
むしろお爺さんから感じたのは、私に対する申し訳なさの方が強かったような……?
…………。
そこで私は、切り替える為に頭を振ります。
考えても分からないものはしょうがありません。
ここで待っていてもお爺さんがまた現れる保証はないですし、今はこの鍵を使って、扉の中に入りましょう。
私は扉の前に立ち、残った南京錠に鍵を差し込みます。
絡まっていた全ての鎖が消え、南京錠も下に落ち、扉が開けるようになりました。
私は静かに深呼吸をすると、両手に力を入れて扉を押し、眩く光る中へと足を踏み入れていきました。
********
その中は、私が誕生から二歳までの間の想い出が、様々な形で浮かんでいました。
丸や三角に四角、ハートの形や星の形まで……。
それに手を触れると、その記憶が頭の中にセピア色で蘇ります。
私が産まれた瞬間、父さんが盛大に男泣きして母さんに宥められている光景。
私をあやして、逆に大泣きされて困り果てる父さんに、母さんがクスクス笑っている光景。
私が初めて「とーちゃ」と言った時、母さんに自慢しまくって呆れられている光景。
歩けるようになった私と父さんが、楽しく追いかけっこをしている光景。
私をからかって泣かせて、母さんに怒られているけど何だか楽しそうな父さんの姿。
魔物を退治して回っている旅の途中、少しだけ抜け出して家に帰ってきて、私と遊んでくれた時の、父さんの笑顔――
沢山の優しくて温かな父さんとの想い出に、私の目から涙が溢れて止まりません。
その想い出達の中には、今の《聖騎士》達との関わり合いもありました。
彼らの中でも、私と特に仲が良かったのはイシュリーズさんでした。幼児の私と合わせて遊んでくれたり、チャンバラごっこに付き合ってくれたり。
前に見たあの美少年は、やっぱりイシュリーズさんだったようです。
そんな風に沢山遊んでくれるイシュリーズさんに、私も「にーちゃ」とすごく懐いていて。
イシュリーズさんも、ことあるごとに私を抱きしめたり、額や頬にキスしたり、果ては首に鼻を当てて匂いを嗅いだり……って、んんん~??
その時のイシュリーズさんの年齢は七歳、私は二歳。
…………こ、子供同士の戯れと考えればいいかな。うん、そうだ、そう考えておこう……。
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