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37.《用無し》に《悪女》が追加されました
しおりを挟む「《勇者》殿。見ての通り、私は《聖騎士》に戻りました。よって、本来《風の聖騎士》の所有物であるこの【聖剣】は、再び私のものとなります。この【聖剣】も、所有者の復活を感じ、自ら私の手元に戻ってきたのです」
イシュリーズさんが淡々と《勇者》に説明をするけれど、案の定全く聞く耳を持ちません。
「何を馬鹿な事を言ってるんだ? 一度手に入れた物はずっと僕の物だ! その【聖剣】は麗しく美しく、まさに《勇者》の僕にピッタリの代物だ。《聖騎士》に戻ろうが何しようが、それは僕が持って帰るぞ」
「ねぇねぇ戒お兄様ぁ、この人連れて帰っていい? 超イケメンだしぃ、アタシの恋人にして、オシャレも色々させてぇ、たぁくさん可愛がってあげるわ♡ その剣も一緒だし、一石二鳥じゃなぁい?」
「……やれやれ、華鈴の面食いにも困ったものだな」
何と、《勇者》の横でずっとイシュリーズさんに流し目を送っていた《聖女》がとんでもないことを言い出しました!
そんな、イシュリーズさんを物みたいに!?
そんなの許せない……!!
「そんなの絶対駄目です!! 絶対させません!!」
思わず身を乗り出し、強めの言葉が私の口から飛び出していました。
《聖女》もイシュリーズさんもビックリしたように私を見ます。
けれどすぐに、イシュリーズさんが嬉しそうに笑った気がしました。
「はぁっ!? 何よこのブス、アンタなんかに聞いてないのよ! ドブスはさっさと引っ込んで野垂れ死んでなさいよっ!!」
もちろん、《聖女》のキツい怒号が私に飛んできます。
前の会社の所為で人の怒鳴り声に弱い私は、身体を大きく震わせ、無意識にイシュリーズさんの腕を掴んでしまいました……。
うぅっ、本当に情けない……。
「《聖女》殿、私の大切な人にそのような発言はお控え下さい。私にも我慢の限度というものがございますので」
イシュリーズさんが私を後ろに隠してくれ、静かに口を開いて《聖女》を見据えました。
その瞬間、《聖女》と《勇者》の顔が大きく引き攣ります。
私はイシュリーズさんの後ろに隠れていて顔は見えなかったのですが、一体どんな表情をしていたんでしょう……。
それにしても、“大切な人”って……。
…………。
……いけないいけない、今は喜んでいる場合ではありません!
それに、私にそのような言葉は勿体な過ぎて恐れ多い……!
「なっ、何ですって!? このブスが大切な人ぉ!? 超絶悪趣味なんじゃないのっ!?」
「ならば《聖女》殿と私は全く嗜好が異なるのですね。そのような者を側に置くと、ただ苛立ちが募るだけかと存じますが」
「……ふ、フンッ! そんな悪趣味な男、こっちから願い下げよ! 戒お兄様、こんな奴らさっさと殺っちゃって下さいな!」
「……あぁ、最初からそのつもりさ、華鈴」
《勇者》が肩を大袈裟に竦め、そんな彼にイシュリーズさんが問い掛けます。
「私を殺してしまったら、元《雷の聖騎士》の討伐はどうされるのですか?」
「それはまだ《水の聖騎士》と《火の聖騎士》がいるだろう? 彼らに頼めばいい。それに、前から僕はお前の事が気に食わなかったんだ。いちいち僕の言う事に口出しをしてきてさ……かなりムカついてたんだよ」
「それは国民の為に発言してきたことです。貴方と違い、私利私欲の為に申し上げた事など一度もございません」
「何だとっ!?」
《勇者》が拳を握り締め、ギリッと歯軋りをします。
「お前のそういうスカした所も気に入らなかったんだよ。お前がいなくなれば、僕は華鈴と城で悠々自適に過ごせるんだ。欲しい物だって何でも買えるし、したい事だって出来る」
「……《勇者》殿。それは、納税で苦しむ国民を更に苦しめ、貧困を起こし、治安は悪化し、近い内に王国を滅ぼす事になりかねません」
イシュリーズさんが顔を顰めながら伝えましたが、二人には微塵にも響きません。
「パンが無ければお菓子を食べればいいんじゃないの? キャハハッ!」
《聖女》が、かの有名な王妃様みたいなことを言っています……。
うわぁ、本当にこんなこと言う人いたんだ……。
「ハッ! 僕は二十五年間も、この世界の為に《勇者》をやってきたんだ。それ位の贅沢は許して貰わなきゃ困るね」
……いやいや、名ばかりの《勇者》じゃないですか……。
《聖女》の言葉といい、呆れてものも言えません……。
そして《勇者》は、離れた所で待機している兵士達に、声を荒げて命令をしました。
今までの会話は、兵士達には一切聞こえていません。もし聞いていたら、《勇者》と《聖女》に心底幻滅していたでしょう……。
ここに超小型マイクが無いのがすごく悔やまれます。こっそり仕込んで自滅させたかった……!
「おいお前達! この“重罪人”を直ちに処刑しろ!! 処刑した者には褒美をやる。ただし、【聖剣】は忘れずに持って帰るんだぞ! “重罪人”を生かして城に帰ってきたら、お前達が地獄にいく事になるからな!」
「ついでに隣の女も殺しちゃって構わないわよぉ? 黒髪の、とんでもない極悪な《悪女》だからね、この女♪」
《聖女》が、ニヤニヤしながら付け加えます。
《悪女》って……。その言葉、ブーメランのようにシュバッとお返しいたします。
それにしてもこの二人、何でそう簡単に“殺す”なんて言葉が言えるんですか……。
本当に私と同じ日本人ですか……?
兵士達が戸惑いの雰囲気でざわめき、けれど決心したのか、次第に次々と剣を構えていきます。
「さぁて、僕らは先に城に帰るとするか。長旅で疲れたし、さっさとシャワーを浴びてベッドで寝たいよ。――ではさようなら、イシュリーズ・フウジンとそこの女。せいぜい苦しんで死ぬがいいさ。華鈴、行くぞ」
「はぁい、お兄様♡」
《勇者》は踵を返し、《聖女》は私に向かってアッカンベーをして、グリーヴァ王国へ続く道の方へと歩いていきます。
えっ、兵士達を置いて帰るんですか?
嵐のように去っていく二人の背中を呆然と見ていたら、イシュリーズさんが“剣”を抜き、ウインさんを私に差し出してきました。
「柚月、これから兵士達との戦闘が始まります。ウインの指示に従って動いて下さい。くれぐれも、ウインを投げようなどと考えないで下さいね? ――ウイン、柚月を頼みました。俺の目が届く離れた場所に柚月を誘導して下さい」
『あぁ、任せろ』
私はキュッと唇を噛み締めると、ウインさんを両手で抱きしめます。
「分かりました。ウインさんがいれば、私は百人力です。どんな相手でも負けません。だから、私のことは一切気にせず、自分の身を第一に考えて下さいね。約束ですよ?」
イシュリーズさんのことだから、私を気にして戦うに決まってます。そんなの、いつか必ず隙が出来るじゃないですか。
私は、イシュリーズさんが傷つく姿は見たくないんです!
イシュリーズさんは目を瞠って私を見た後、フッと苦笑を浮かべました。
「善処します。――ありがとう、柚月」
イシュリーズさんがそう言った瞬間、兵士達が一斉に動き出したのでした――
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