27 / 134
27.セピア色の記憶 1
しおりを挟むふと気が付くと、私の周りはセピア色で覆われていました。
その中を、私の身体がふよふよと浮いて漂っています。
……ここは……?
首を左右上下に回してみても、遠くを見ても、セピア色だけが周りを支配しています。
誰もいないの……?
どうして私はここに……。
そう……私は確か、あの真っ黒のイカ墨ドリンクのようなものを飲んで……。
イカ……すみ……。
…………っ!!
そこで私は、電撃が走ったようにハッと気が付きました。
イカ墨は、英語では《セピア》といいます。
どうやら私は、あのイカ墨ドリンクに呑み込まれてしまったようです!
あぁ、何ということでしょう! あまりの衝撃の不味さに私が完敗し、逆に取り込まれてしまった、と……。
私はこのまま、イカ墨ドリンクと一体化してしまうのでしょうか……!?
――その時、確かに聞こえました。
ウインさんの心底呆れた声が、私の頭の中に。
『そんなわけあるか』
……と。
ですよねっ!
ありがとうございます、私の頭の中のウインさん。
一人が怖くて堪らなくて、危うく現実逃避をしてしまうところでした……。
――さて、一人漫才(?)も披露して、少し気持ちも落ち着いてきました。
もしここが夢の中だったら、いずれ目覚めると思いますし、取り敢えず動いて何かあるか探してみましょう。
ここには私に対する危険はない――何故かそんな確信があったのです。
その時、遠く先の方に、チカッと小さな光が見えた気がしました。
私は目を凝らしながら、そちらに向かって走り出します。
――って、浮いてるから走るのは意味がないですね?
では飛ぶイメージでいきましょう。
すると、本当に飛んでいる感覚になり、光が徐々に近くなっていきます。
……これは、扉……?
そこには、頑丈そうで大きな扉がありました。
開き扉になっていて、少しだけ隙間が開いており、そこから白い光が漏れています。
ふと下を見ると、南京錠が落ちていました。
鍵が壊れて外れてる……?
唾をゴクリと呑み込み、力を込めて扉を押します。
少しずつ扉は開きましたが、その中は光で溢れていて何も見えません。
でも、危険はなさそう……。
――よし!
私は思い切って、その光に飛び込みました!
大きな光が、私を優しく包み込みます。
…………っ!
怖々と目を開けると、光はいつの間にか消えていて、相変わらず周りは全てセピア色でした。
けれど、先程の何もなかった空間とは違い、何と光景があったのです。
ここは……丘の上? そこに二本の木があって、枝にハンモックが掛かっています。その上に誰かが寝てる……?
私はそれを、空から見下ろす形で見ていました。
ハンモックで寝ている人は、首元にファーが付いているロングコートを着ていて、背が高く、細いけど引き締まった身体を持った男性でした。二十代後半位でしょうか? 癖っ毛の短髪であちこちにはねてる髪をそのままに、男性は頭の下に腕を組んで気持ち良く寝ています。
うーん、見たこともない人ですね?
でも、目を瞑っていてもイケメンなのは分かります。
そこに、丘の下からツインテールの女の子がトタトタとやってきました。
おぼつかない足取りで走る女の子は、二歳くらいでしょうか?
『とーちゃ!』
木の下に辿り着いた女の子は、ハンモックに小さな手を伸ばし、ユラユラと動かします。
それに気が付き、男性はゆっくりと瞼を開けました。
『……んー? おー、柚月じゃねぇか。どうした、母ちゃんと遊んでたんじゃねぇのか?』
…………え?
今、「柚月」って……私の名前を言った……?
『とーちゃ、あとぼ! あとぼ!』
『……あー、柚月。父ちゃんはな、束の間の休息で忙しいんだ。母ちゃんに遊んでもらいな?』
『やー! とーちゃ、あとぼ!!』
『あー……、そうだな……。オレがいつも家にいなくて、お前には寂しい思いさせてるからなぁ……。オレの休息なんて二の次か。――よしっ、父ちゃんが高い高いしてやる。こっちに登ってこい!』
『わーいっ!』
……これは、私が子供の頃の想い出?
この人が、私の父さん? 初めて……顔を見ました……。
この人が……私の……。
…………。
どうしましょう、めっちゃイケメンでした。イシュリーズさんとは違うタイプの。
イシュリーズさんが優しいお顔の爽やか系イケメンなら、父は切れ長の目のワイルド系イケメンですね。
どうして……どうして私の細胞に父の細胞が少しでも組み込まれなかった!?
父の細胞め、少しでも仕事しろっ!
……と、嘆いていても仕方ありません。
ここは一体どこなんでしょう? 見たことのない場所です。全く思い出せない……。
父さんが亡くなる前に、家族で住んでいた場所でしょうか……。
『よーし、行っくぜー。ほーら、高い高い!』
『きゃーっ! あははっ』
『おら、もういっちょ!』
『きゃーっ!』
……楽しそうなのはいいんですが、ハンモックに揺られながら高い高いしたら、落ちる位置がずれ――
『――やっべ、柚月っ!』
『きゃーっ!』
ほら、言った側から……!
このままだと、子供の私が地面に激突してしまいます!
父さんは急いで起き上がると、子供の私に素早く手を伸ばして何とか抱き留めました!
けれど勢い余って、ハンモックから地面に転げ落ちてしまいます……。
『ってて……。おい柚月、大丈夫か?』
『たのちい! きゃーっ!』
『……ははっ。そっか、そいつは何よりだぜ……』
ケラケラと笑う子供の私にホッとした顔を見せた父さんは、私を抱きしめながら空を仰ぎます。
『お前に怪我させて泣かせちまったら、またお前の母ちゃんに「あらあなた、ま~た柚月に怪我させて泣かせたの? 今日はあなたの大~好きなネギ料理をた~くさん作るから、楽しみに待っててね♡」なーんて言って、父ちゃんの大っ嫌いなネギ料理を本気で沢山作るからな……。お前の母ちゃん最強だぜ……』
『とーちゃ、かーちゃみたい!』
『おっ、母ちゃんの真似上手かったか? 父ちゃんは母ちゃんが大好きだからな! よーく見てるんだぜ? もちろんお前のことも大好きだぜ、柚月。オレの娘は世界一可愛いしな!』
『とーちゃ、だいつき! かっこいー!』
『ははっ、すっげー嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか』
私はこの親子の会話に、無性に泣きたくなるのを必死に堪えていました。
30
お気に入りに追加
1,813
あなたにおすすめの小説
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道
Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道
周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。
女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。
※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる