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26.知識の水は墨の味

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 屋敷の玄関まで歩き、リュウレイさんは扉を開けます。
 すると、中からすぐに白髪の老紳士が出てきました。
 格好からすると執事さんでしょうか? 優しそうなお爺さんです。

 執事さんは穏やかな表情でリュウレイさんの話を聞き、頷きます。
 すると、リュウレイさんと一緒に、客間に通してくれました。
 執事さんは一礼すると、部屋から出ていきます。

『……ユヅキ。早速だけど、あなたにこの世界の言語を覚えさせるね。その方が、後の話し合いがスムーズになると思うから』

 うーさんの言葉に、私は大きく頷きます。

「はい、よろしくお願いします!」
『……一つ注意して欲しいことは、この世界の言語を一気に記憶するから、激しい頭痛や、熱を出して数日寝込むかもしれない。それでも大丈夫?』

 なるほど、副作用ですね。
 それは怖いけど、ずっとお世話になってきたイシュリーズさんとお話してみたいし、乗り越えてみせますとも!

「はい、大丈夫です!」
『……うん、いい返事だね。分かった。リュウレイ、本が来たらよろしくね。早速始めよう』

 リュウレイさんが真面目な顔で頷いたその時、扉がノックされ、先程の執事さんが人数分のお茶と一つのコップ、そして一冊の分厚い本を持って入ってきました。
 皆の前にお茶を出し、本とコップをリュウレイさんに手渡すと、すぐに執事さんは一礼をして出ていきます。

 うーん……。とても無駄のない動きです。もういいお年なのにすご過ぎる!

 私が執事さんの行動に感心していると、リュウレイさんが、うーさんの切っ先を上にし、身体の前に垂直に立てながら言葉を呟きます。
 すると、うーさんの切っ先から透明な水が現れ、それが一つの塊になるとフヨフヨと浮かんで動き、執事さんが持ってきた本を包み込みました。
 しばらくすると、本を包み込んでいる透明な水が、段々と黒くなっていって……?
 やがて真っ黒になった水は、本からフヨフヨと離れると、隣に置いてあったコップにチャポンと入っていきました。

 うわぁ、とても不思議な光景が見れました! さっきの水、プニプニなスライムみたいで可愛かったぁ!

 目を輝かせて感激していると、おもむろにリュウレイさんが黒い水の入ったコップを持って、微笑みながら私に差し出してきました。
 ぐふっ、美人の微笑も凄まじい破壊力……って、何でしょうこのコップは?

 私が首を傾げると、

『……それ、飲んで』

 うーさんの一言が、頭にドスンと伸し掛かります。
 えっ、飲む……? プニプニのスライムだったものを……? イカ墨ドリンクのようなドス黒いコレを……?

『……その本、「言語辞典」。この世界の全ての言語が載ってるの。発音も載ってるよ。この水、それを全て吸い込んだものなの。それを飲めば、言葉覚えるし、喋れるようになるよ』
「そ、そうなんですね……。ちなみにお味の方は……?」
『……濃いインクの味。ちょっととろみ付き。全部飲んでね』
「うぐっ!」

 思わず女らしくない叫びをあげてしまいましたよ……。
 えっと、吸い込んだってことは、辞典の中は……?
 気になって辞典をパラパラとめくってみると、何と全てのページが白紙です!
 文字通り全て吸い込んでる!? す、すごい!

「ち、ちなみにこれを飲んだ方はいたのですか……?」
『……ユヅキの他に、一人だけ。飲んだ感想は「なかなかイケる」だそう』


 嘘だーーーっ!!
 もう匂いと色からして人間の飲むものじゃないですから!
 その人絶対味覚変わってますよ!?
 めっちゃ苦い青汁を平気でゴクゴク飲んで笑顔でお代わりするタイプですよ! うちの母みたいな!


『……飲まないの?』

 ……そうだ、今は悩んでいる時間なんてないのでした!
 こうなりゃ女は度胸、全部飲み干してやりますとも!
 前の会社で無理矢理鍛えられた一気飲みを今、披露する時……!

 私はリュウレイさんからコップを受け取ると、素早くそれに口を付け、その勢いのままゴックゴクと喉を鳴らし……最後まで飲み切りました!
 口に付いた黒い液体をグイッと拳で拭き、コップをダンッとテーブルに置くと、フーッと大きく息を吐きます。

 その我ながら見事な飲みっぷりに、リュウレイさんとイシュリーズさんは目と口をポカンと開けています。
 美女と美男のダブルポカン顔戴きましたー!
 それだけでも飲んだ甲斐があります……本当に……えぇ。


 すごく……かなり……めちゃくちゃ不味くとも!
 口の中がものすっごーく気持ち悪くとも!
 イカスミパスタを食べた後の歯と舌になっていようとも……!!


 誰ですか「なかなかイケる」って言ったヤツ!
 コレのどこがじゃあっ!!
 いざ尋常に成敗してくれるわーーっ!!


「……あの、歯を磨いてきて……いいでしょうか……うぐっ」
『……それは大丈夫。あれを一気飲みできるなんてすごい。頑張ったね。洗面台はあっち』
「ありがとうございま……ぐふっ」

 客間に洗面台があるのですね。珍しい……さすがは水の国、でしょうか。
 一刻も早く口の中を何とかしたい私にとって、とてもありがたいことです。
 フラフラと洗面台の前まで行き、歯ブラシをリュックサックから取り出すと、口の中を綺麗に磨きます。
 磨き終わったら、何度もゆすいでうがいをし、ようやく口の中が落ち着きました……。


 ……と安心していたら、急に激しい頭痛がやってきました!
 痛い……すごく痛い! とんでもなく痛過ぎる……!!


 思わず頭を両手で抑えて蹲ると、すぐにイシュリーズさんがやってきて私を抱きかかえてくれました。

「イシュ……リー……」

 掠れる視界で、必死の形相のイシュリーズさんが、私の名前を何度も呼んでいます。

 ガンガンと強く叩かれる勢いの頭痛に私の思考はストップし、限界を訴えた脳はそのままプツリと意識を切ってしまい――


 私は為す術もなく、闇の中へと呑み込まれていったのでした……。


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