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8.恒例の? ハプニング
しおりを挟むポカポカと、暖かいものに包まれている感覚がします。
あぁ、何でしょうこの気持ち良さ……。
頬に当たるこの感触は、湯たんぽでしょうか。丁度良い温度です……。
私は持っていないし、誰のものでしょうか。お試しで使わせて貰ってるんでしょうか?
気持ち良さに思わず頬をスリスリすると、不意に髪の毛を撫でられる感触がしました。
えぇっ? 何ですかこの湯たんぽは!? スリスリすると髪の毛を撫でてくれるのですか!?
なんて高機能で高性能! 彼氏いない歴イコール年齢の私に必需品な超癒やしアイテムじゃないですかっ!
買いますっ! 貯金崩しても絶対に買ってやりますともっ!!
勢い余って湯たんぽに抱きついてスリスリすると、フッと笑う気配がし、誰かの腕が背中に回され抱きしめ返され、頭を優しく撫でられました。
……ここでようやく気が付きました。
違う、これは湯たんぽではない、と。
人の温もりだ、と。
恐る恐る、目を開きます。
そして目の前には、人の肌。
人の胸。
……お、男の人の胸ぇ……っ!?
顔をガバッと上げると、至近距離にイシュリーズさんの端正な顔がありました。
イシュリーズさんは唇を動かして何かを言い、目を細めて微笑みます。
「えっ、あの……っ」
私の顔は、きっと茹でダコのように真っ赤になっていることでしょう。
錆びついたドアのように頭をギギギと動かし、状況を確認します。
……えぇと。
私とイシュリーズさんは、ベッドの上で身体を密着させて抱き合っています。
イシュリーズさんは上半身が裸です。
私はちゃんとワンピースを着ています。
…………これは。
この、状況は。
私がイシュリーズさんの服を脱がして“夜這い”したのですかぁっ!?
私は勢い良く起き上がるとベッドの下に飛び降り、頭を床に擦り付けて土下座をします。
「こっ、この度は、よ、夜這いをしてしまい、誠に……誠に申し訳ございませんでしたぁっ!」
私の突然の行動に、イシュリーズさんはビックリしているようです。
「ふ、服を脱がして抱きつくなんて、寝惚けて記憶がないとはいえ、とんでもない痴女です! 何とお詫び申していいか……っ!!」
『待て待て待て。落ち着けお嬢さん。君は何にも悪くないぞ。悪いのは全てイシュリーズだ』
「……へっ?」
涙目で顔を上げると、ベッドの横に立て掛けてあったウインさんが溜め息混じりに言葉を続けます。
『昨日、君は泣き疲れて眠ってしまってな。君をベッドに寝かせ、イシュリーズは用を済ませた後シャワーを浴びた。その後、この男はあろうことか君が寝ているベッドに入り、一緒に寝たということだ。ちなみにこの男が上半身裸なのは、ベッドで寝る時はいつもそうだからだ。君が脱がせたわけじゃないから安心してくれ』
「……はぁ、そうだったんですね。良かった……」
私は盛大な息を吐き、驚いているであろうイシュリーズさんの方を向きます。
が、彼は顔を背け、拳を口に当て身体を震わせていました。
わ、笑ってる、笑ってるよこの人……!
誰の所為だと思ってるんですかっ!
この恥ずかしさを如何いたしましょう!
顔全体を赤くしながらイシュリーズさんをキッと睨み付けると、それを見た彼は、何故か吹き出して笑いを堪えています。
もう~~っ、何なんですか一体!!
『……済まないな、お嬢さん。恐らく、君の温もりにユーナを重ねていたんだろう。昨晩はそれで許したが、今後は止めるから許してやってくれ』
「う……」
ウインさんのその言葉は、きっと私にしか聞こえないように発したんでしょう。そう言われたら、許すしかないじゃないですか……。
……あ、そう言えばイシュリーズさん、さっき笑ってくれました。少しでも元気が出たのなら良かったです……。
それにしても、寝る時上半身裸だなんて……。半裸族なんでしょうか。お腹冷えちゃいますよ? 私なんて冬は腹巻きして眠るのに……。
……あっ、そうだ!
「あの、ウインさん。私もシャワー浴びたいんですが、いいでしょうか?」
『あぁ、シャワーか。使ってくれて構わない。そうだろ、イシュリーズ?』
ウインさんの問いかけに、イシュリーズさんは微笑みながら頷き、何か言葉を発します。
『着替えは、イシュリーズの母親のものを使ってくれとのことだ。君は彼女と同じ体格だから、サイズは大丈夫だろう。向こうの引き出しの中に入っているらしい』
「えっ、いいんですか? でも、イシュリーズさんのお母さんは今どこに……」
『訳あって、今はここにはいない。そうだな、君がシャワーを浴びた後、今後の動きも含めて話そうか』
「あ……はい、分かりました。ではお借りしますね」
私はシャワーの仕方を訊き、イシュリーズさんのお母さんの衣類を拝借して(簡単に着れるワンピースがあったのでそれにしました)シャワーを浴びます。
はぁ、気持ちいい……。
短期間で色んなことがあり過ぎてグチャグチャになっていた頭の中も、少しスッキリした感じです。
それにしても、大分髪が伸びましたね……。人の目が怖くなって以来、美容院には全く行ってなくて、自分で前髪だけを切ってましたからね。
後ろ髪も自分で切れればいいんですが、そんなに器用じゃありませんし……。
無事に日本に戻ったら、母さんに切って貰いましょう。
今の私は、まだ美容院に行くにはハードルが高過ぎます……。オシャレな店員さんとの会話が気まず過ぎる……。
世間話って一体何すればいいの……。ポンポンと会話のネタが出てくる人がとても羨ましい……。
溜め息をつきながらシャワーを止め、軽く掃除をしてから引き戸を開けると、そこにはイシュリーズさんが立っていました。
ちゃんと服を着て、タオルを片手に持って。
「あ」
イシュリーズさんの視線が、私の胸、そしてお腹辺りに集中します。
瞬時に頭から首まで赤くなったイシュリーズさんは、その顔を片手で隠しながら、タオルを私にズイッと寄越すと、足早に去っていきました。
何が起きたのか分からず、ポカーンと間抜けな顔をした私を残して。
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