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7.妹の願い、兄の涙

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「ユーナちゃん……」

 私はもう一度、その女の子の名前を呟き、震える足で彼女に近付きました。
 ユーナちゃんの前に跪き、その頬をそっと触ります。
 ……冷たい。氷のようです……。
 認めたくなかったけれど、息は……やはり、していません。

『イシュリーズが留守の間に、何者かがユーナを襲ったのだ。帰ってきた時、ユーナはもう……。その後、《勇者》達がこの家に入ってきて、その場にいたイシュリーズを、妹殺害の罪で城へと連行していったのだ』

 ウインさんが経緯を説明してくれましたが、私は目の前の光景がショックで言葉を返せませんでした。

「ユーナちゃん……。殺されていたなんて、そんな……。まだ小さいのに、これからなのに……」

 涙が両目から溢れてきて止まりません。

『この子を哀れんだ誰かが布を掛けてくれたようだな。玄関にいた兵士だろうか』

 ウインさんが独りごちる中、イシュリーズさんも私の隣に膝を付き、目を固く瞑って涙を堪えているようでした。

「ユーナちゃん、初めて会った時、ちゃんと動いていたよね? 喋っていたよね? どうか……どうか嘘だと言って……。お願い……」

 布の下からユーナちゃんの小さな手を取り、ギュッと握りしめます。
 止まらない涙が、ユーナちゃんの冷たい手を濡らしていきます。


『――お姉ちゃん、泣かないで。わたしはだいじょうぶだから』


 不意に聞こえてきた、鈴を転がすような可愛らしい声に、私は涙を流しながら顔を上げます。

「ユーナちゃん……?」

 ユーナちゃんの身体の上がぽぅっと光ったかと思うと、何とそこに、半透明な彼女の姿が現れました!
 フワフワと浮きながら、半透明のユーナちゃんはニコリと笑います。

『お願いを聞いてくれてありがとう、お姉ちゃん。お姉ちゃんならぜったいにヤクソク守ってくれると思ってたよ』
「ユーナちゃん!」

 私と同時に、イシュリーズさんも同じ方向を見て叫びます。
 彼にも見えているんでしょうか? 半透明のユーナちゃんが。

『お兄ちゃん、また会えて嬉しい。でも時間がないから、お兄ちゃんに伝えたいこと、言うね』

 ユーナちゃんはそう言って目を閉じると、両手を胸の前で握りしめました。


『わたしを殺したのは、金色の髪の毛の、《勇者》と言われてる人。いきなり入ってきて、わたしをナイフで何度もさしたの。「トウバツなんて面倒だし、キミを殺して《風の聖騎士》に罪をきせて代わりに行かせよう」とか言ってた。「もうすぐ《聖女》役の妹がこちらに来るし、二人で一生城でゴウユウできる」って笑ってたよ』
「…………っ!!」


 その驚愕な内容を聞いたイシュリーズさんの顔が、激しい憤怒の表情に変わりました。
 私も沸々と大きな怒りが沸いてきます。

 何ていう外道な……っ!
 どうしてそんな奴が《勇者》と名乗ってるんですかっ!!

『お兄ちゃん』

 ユーナちゃんが、悲しげに微笑んだと同時にフワリと動き、イシュリーズさんの身体を小さな腕で抱きしめる仕草をしました。


『お兄ちゃんが、わたしの為に《聖騎士》になってくれたこと、すごく嬉しかったよ。それでわたしは十分だったんだよ。だから、わたしを「守れなかった」って、自分をぜったい責めないで。人を……自分を憎まないで。お願いだよ』


 ユーナちゃんの切実な願いを聞いて、イシュリーズさんの両目に涙が浮かびました。
 ユーナちゃんの身体は透けていて、実体がありません。
 イシュリーズさんは、彼女を抱きしめられない両手を強く握りしめ、口を開くと何かを喋ります。

『そばにいてやれなくてすまなかった、って……お兄ちゃん、お仕事だったでしょ? だからあやまらないで、お兄ちゃんは何も悪くないよ。でももう一つお願いを許してくれるなら、また《聖騎士》に戻って欲しいな。《聖騎士》のお兄ちゃん、カッコ良くてわたし大好きだもん。今の髪の色のお兄ちゃんもカッコいいけどね』

 ユーナちゃんはニコ、と笑ったけど、イシュリーズさんは悲しげに顔を伏せ、首を左右に振り唇を動かします。

『だいじょうぶ。守りたい人、また現れるよ。きっとすぐに、ね? わたしね、お兄ちゃんに拾われてからの五年間、本当に楽しかった。本当に幸せだったよ。血はつながってないけど、お兄ちゃんはわたしのお兄ちゃんだよ』

 顔を上げたイシュリーズさんは、表情をクシャリと歪めると、涙を頬に流し、何度も何度も頷いていました。


 ……ユーナちゃん、イシュリーズさんの本当の妹じゃなかったんですね……。
 でも、この二人に血筋なんて関係ない。
 この二人は、お互いに想い合う、すごく素敵な兄妹です……!


『お姉ちゃん、そんなに泣かないで? 顔がとんでもないことになってるよ、ふふっ』
「そ、そう言われても……」

 えぇ、えぇ。分かっていますよ。顔中が涙と鼻水でベトベトだということを……!
 ユーナちゃんは私の顔を見て、泣き笑いの表情を浮かべます。

『わたしのために泣いてくれてありがとう。すっごく嬉しい。だいじょうぶ、また会えるから。わたしのことかわいそうって思った神様がヤクソクしてくれたんだ。わたしを生まれ変わらせてくれるって。生まれ変わったら、お姉ちゃんとお兄ちゃんに真っ先に会いにいくね。ぜったいに!』
「ユーナちゃん……。うん、約束だよ。絶対に約束だから!」
『うん!』

 ユーナちゃんは、とびっきりの笑顔で頷いてくれました。

『……もういかなきゃ。神様がむこうで待ってるんだ。お兄ちゃん、お姉ちゃん、わたしが会いにいくまで元気でいてね。ヤクソクだよ? 二人とも、大好きだよ!』
「わ……わたしも……っ!」

 私とイシュリーズさんも、泣きながら大きく頷き返します。


『ありがとう――……』


 その言葉を残し、ユーナちゃんは微笑みながら消えていきました。

「ユーナちゃん……っ」

 ユーナちゃん、絶対に、絶対にまた会いましょうね……。


 ぜったい……グスグスッ
 ぜ……グズッ、グズズッ、ズビッ


 ――って、あぁもう! 涙が全然止まってくれませんっ!
 鼻水も止まらないし、ポケットティッシュ――いや箱ティッシュを誰か私に至急っ! プリーーズッ!!

 ふと足元に影ができ、不思議に思って上を見ると、イシュリーズさんがいつの間にか目の前にきており、心配そうに私の顔を覗き込もうとしています。


 ヒィッ! 涙と鼻水だらけの私を見ないでっ!!
 さっきのように、風のような速さで走って箱ティッシュ持ってきてーーっ!!


 慌てて両手で顔を隠すと、何を思ったのか、イシュリーズさんが私の身体をギュッと抱きしめてきました。

「…………っ!?」

 な、なななにごと……っ!?

 驚いて身じろぎしても、イシュリーズさんは私を離してくれず、寧ろ逃さないという風に腕に力を込めてきます。

 あぁ……頬に当たる白銀の鎧の感触が冷たくて気持ちいい……。

 そこで私はハッと気が付きます。


(こっ、これはいわゆる、「顔を隠してやるから俺の胸の中で泣け」ってヤツですか? くぅっ、イケメンの行動はやっぱり一味違う! このイケメンめっ、それで全ての女性が惚れると思うなよっ!)


 自分でもよく分からない罵倒をし、でも離してくれないなら、お言葉に甘えて心ゆくまで泣くことにしました。
 綺麗な鎧にベットリ鼻水が付いても知らないですからねっ!


 ――そして私は、イシュリーズさんの分まで、涙と鼻水を盛大に流すことにしたのでした。


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