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1.途方に暮れるイケメンさんと私

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 拝啓。母さん、如何お過ごしでしょうか。
 ご壮健でいらっしゃるでしょうか。
 最後にあなたに会ったのは……そう、今朝でしたね……。


「じゃあ柚月、母さんお仕事に行ってくるわね~。今日はあなたもお出掛けするんでしょ? 車には気を付けてね? 迷子にならないようにね? 知らない人に付いてっちゃ駄目よ? 飴ちゃん貰っても駄目なものは駄目だからね? ――あっ、そうそう、今日の晩御飯は豆腐ハンバーグの気分よ♡ たっぷりとチーズが入っていたら至福よね~? 形はトリケラトプスかしら? 楽しみだわぁ、ウフフ♡」


 と、半強制的なリクエストを残して鼻歌交じりで仕事に向かったから、まぁご壮健でいらっしゃるでしょうね。
 しかし母よ、あなたの中で私は一体何歳児なのか……。
 その上何故にトリケラトプス限定……。せめて大分類の“恐竜”にして難易度低下をさせて下さい。


 ……と、思考をどうでもいい考えに飛ばすほど、私は今、とてつもなく途方に暮れています。
 えぇ、えぇ。それはもう本当にどっぷりと暮れております。

 私が今いるここは、全く知らない世界なのです。
 全く見たこともない景色が、目の前に広がっています。

 そして私の隣には、白銀の鎧を着た長身細身のイケメンさんが立っています。
 灰色のサラサラした長い髪を後ろに一つにまとめ、髪と同じグレイの瞳で空を見上げる横顔は、思わず見惚れてしまうほどの美麗画像になっています。

 写メ……! 写メ撮っていいですか……っ!

 不意にイケメンさんがこちらを向き、バチリと目が合うと、困ったように微笑みました。
 私は反射的に目を逸らし、そろそろと引き攣った笑みを返します。
 お互い言葉は交わしません。『意味がない』からです。

 ――そう、このイケメンさんとは言葉が通じないのです。

 口を開き何かを喋っても、言っている言葉がサッパリ聞き取れません。
 もちろん、こちらの言葉も全然通じません。

 ……嗚呼、一体全体どうしてこうなってしまったのでしょうか。
 私は少しずつ夕焼けに染まっていく空を仰ぎ、このような事態に陥ってしまった原因を思い返します。



 ……そう。ここで少し、気持ちを落ち着かせる為に、一度自分のこと――そしてこれまでのことを整理してみましょう。


 私は、光河柚月こうがゆづきと申します。性別は女、年齢は二十二歳です。
 髪の色は黒、瞳の色はブラウンと、典型的な日本人です。顔も特に目立った所はなく、まぁぶっちゃけなくても平凡ですね、はい。
 そして、母である光河蕾こうがつぼみと、アパートで二人暮らしをしています。
 ちなみに母の年齢は四十二歳。母が二十歳の頃私を産んだので、若くして結婚をしていたようです。

 その母は、外見は四十代には見えないほど若々しくて。
 私達の関係を知らない人達からは、大抵姉妹だと間違えられます。声も似てるから尚更に。
 普段からポーッとしてのんびりな性格が、外見にも表れているのでしょうか。
 くっ、何て羨ましい……!


 父は、私が物心つく頃にはもういませんでした。
 子供の頃、友達には父がいるのに自分にはいないことを疑問に思い、母に尋ねると、

「大丈夫よ、お父さんはちゃんといるわ。雲の上で私達を見守ってくれてるわよ~」

 と、励ますように言ってくれましたが、まだ幼かった私にも何となく分かりました。
 父はこの世にはいないんだって。
 理由は聞いていませんが、父は私が赤ちゃんの頃に亡くなってしまったのでしょう。
 私には父と関わった記憶が一切ないので、悲しくはないですが、寂しくはあります……。


 そういう訳で幼い頃から母子家庭だったので、二人で必死に頑張って生きてきました。
 ……あ、いえ、“必死”は言い過ぎました。
 何分、母がのんびりゆったりとした性格なので、『まぁそれなりに程々に頑張って生きてきた』に訂正しておきます。

 そんな家庭の事情だったので、少しでも家計を助けようと、高校を卒業して働き始めたのですが、そこの会社が運悪く、まぁ所謂ブラックというものでして……。

 残業早出は当たり前、人間関係はキツイ、給料は安いとトリプルコンボ。
 何とか頑張ろうとしましたが、結局身体を壊し、ニ年で辞めてしまいました……。

 そんな情けない私に母は、

「あんな会社、歯を食い縛って、二年もよく頑張ったわ。お金のことは気にしないで? お母さんが働いてるんだから。今は身体を休めるのが一番大事よ~。あなたは自分のことや家のことをするだけでいいから。今まで頑張った分、ゆっくり休んでちょうだいね?」

 と、心に深~く染み入るお言葉を掛けてくれ、それに甘えて家事全般を受け持ち、仕事へ行く母を見送り、帰ってきたらお出迎えするという、専業主婦的な生活を暫く続けておりました。
 お蔭で手はカサカサに荒れてしまいましたが、そんなのは母の苦労に比べればどうってことはないです。


 会社を辞めた当時は、そこで起こった人間関係のトラブルの所為からなのか、人の視線が異常に気になり、相手の目が見れなくなって。人が怖くて足が竦み、近所のスーパーやコンビニに何とか足を運べる程度でした。
 けれど最近は、顔見知りになったスーパーやコンビニの店員さんと世間話が出来るまで回復したので、今日は少し遠くのスーパーに行ってみようと決意したのです。

 出掛ける準備をし、お気に入りのワンピースを着て、ショルダーバッグを肩から下げて……さぁ、いざ出陣っ!
 いつも行く近所のスーパーを通り過ぎ、隣町にあるスーパーへと足を運ぶことにしました。

(知らない店員さんでも怖くなかったら、働くのを再開して、母さんを少しでも楽にさせてあげよう……!)

 グッと握り拳を作り顔を上げた時、少し遠くにある丘に、一本の桜が満開に咲いているのが見えました。

(え? まだ桜が咲いてる? 珍しいなぁ)

 今は四月下旬なので、桜はもうあれで見納めだと思ったら、無性にあの木を近くで見てみたくなりました。
 緩やかな丘を登り、頂上に辿り着いた私は、桜の木に近づきます。

「わぁ、すごい……」

 知らずに感嘆の呟きが漏れてしまうほどの、見事な大きさの桜の木です。
 風が吹く度に桜がそよそよと揺れ、その踊るような動きに見惚れていると、風に乗って微かに足音が聞こえてきました。
 後ろを振り向くと、一人の女性がこちらに向かって足早にやってきます。

 その女性は、その、失礼を承知で申し上げますが……四十代に見え、長い髪を金に染め、少しぽっちゃりの体型に黒のスーツとヒールを履き、いかにも気が強そうな顔つきをしています。
 しかも何故か表情がお怒りモードです。


「はぁ!? ちょっとアンタ!! 何でここにいるのよっ!?」


 突然怒鳴り口調でそう言われ、思わずビクリと身体が竦み上がります。

「……えっと、あの……?」
「もうすぐお兄様の言った時間になるのに、邪魔者がいるなんて聞いてないわよ!?」

 カツカツと大股で私の元まで来ると、いきなり身体をドンと突き飛ばされました。

「うわっ……?」
「どいて、邪魔よっ!!」
「わ、わわっ……」

 転けそうになり、咄嗟に目の前の女性の太い腕に、両手でしがみつきます。

「ちょっと何よ!! この汚い手を離しなさいよブスッ!!」
「そ、そう言われましても……っ」

 初対面の女性にいきなりブス呼ばわりされショックでしたが、それよりも転ばないようにするのに必死です。
 だって、外出用のお気に入りのワンピースが土で汚れてしまいます! それだけは何とか阻止しないと!!


「あーもうっ!! いい加減しつこいこのドブスッ!! さっさと離しやがれッ!!」


 女性が金切り声を上げて私の手を強引に振り解こうとした刹那、突然足元が光り出しました。

「…………っ!?」

 眩しさに顔を顰め下を向くと、私と女性の足元の地面に、何やら魔法陣のようなものが浮かんでいます。
 その魔法陣の光がより一層強くなり、叫ぶ間もなく私達を包み込むと、意識はその光の中へと溶けていってしまいました……。


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