浮気な証拠を掴み取れ

望月 或

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9.とうとうやらかしました

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 前のお母さんは、超がつくほどの教育ママだったらしい。
 生徒会長が小さい頃から毎日厳しい言葉を投げつけ、ホンの少しでも成績が下がると、


『完璧じゃないと皆から嫌われるわよ』
『完璧じゃないと誰にも相手にされなくなるわ』


 と繰り返し罵声を浴びせ、プレッシャーを掛け続けられていたそうだ。
 生徒会長も、キッパリと言い放つ母親の言葉は絶対なんだと思い込むようになり、その人のいいなりになってしまっていた。

 お父さんは単身赴任で、仕事が忙しくて滅多に帰ることはなくて、お家のことは全てその人に任せっきりだったそう。
 お父さんがお家にちょくちょく電話をしていたみたいだけれど、その人はいつも「問題ないわ。“完璧”よ」と返していたらしい。


 お父さんが自分の子供の異変に気が付いたのは、生徒会長が中学生に上がって少し経った頃、単身赴任が終わって久し振りにお家に戻って来た時だった。


「俺の様子を見て、父は何故か蒼白になったんです。何度も何度も謝り、そしてすぐに俺を家から離れさせ、親戚は近くにいなかったのでマンションで一人暮らしをさせました。家政婦さんが週に数回家事をしに訪れて、父も頻繁に様子を見に来てくれたので、寂しさは無かったです。……母と離れてから、自分でも驚くくらい気が楽になりました。肩の荷がすぅっと下りた感じがしました」


 生徒会長は自分の状態が自分で分からなかったみたいだけど、お父さんは、生徒会長が精神的に追い詰められ、ボロボロになっていることに即座に気が付いたんだろう。
 すぐに妻から息子を離れさせなければ、彼の精神が修復出来ないくらいにヒビ割れ、バラバラに砕けてしまうことが分かったんだ。

 生徒会長がお家から離れている間、お父さんはその人と離婚手続きをしていたらしい。
 正式に離婚がされるまで、生徒会長は一度も母と会うことはなかったと言った。お父さんがそうさせていたらしい。
 生徒会長も、それには何の反論もしなかったそうだ。
 私も会わなくて良かったと思う。会ったらまた、その人の猛毒を纏った言葉に汚染されてしまっていただろうから……。


 離婚が成立して親権がお父さんになり、その人が出て行った後、生徒会長は一旦お家に戻ったけれど、お父さんが再婚し、新しいお母さんと副会長がお家に引っ越して来る前に、お父さんの了解を得て再びマンションを借りて、一人暮らしを始めたのだそうだ。

 義理の妹になったとはいえ、血が繋がっていない同世代の女の子と一緒に住むのはお互い気を遣うだろし、居づらいだろうという生徒会長の心遣いからだった。


 ――母親から離れても、生徒会長は、その人から言われ続けてきた言葉が今もずっと身体の奥に根付いてしまっている。
 生徒会長の様子だと、自分では気付いていないみたいだけど。

 生徒会長は、中学時代ずっと成績が良かったと噂で聞いた。
 そして、高校でも立派な成績を取り続けている。
 誰に対しても優しくて、頼りになって。


 ――人を魅了させる、エンジェルスマイルを顔に貼り付けながら。


 それはきっと、母親の言葉に怯えているから。
 完璧でないと、皆から嫌われてしまう……相手にされなくなってしまうと、心の奥底で思ってしまっているから。
 母親の黒い影がまだ、生徒会長を包み込んでいるんだ。

 けれど、こんな無理をずっと続けていたら、いつか絶対重荷に潰されちゃうよ――


「文香さん。俺、アナタをもう二度と悲しませないように、今よりもっと完璧になりますから。だから、どうか俺を嫌わないで下さい……っ!」


 絞り出すように言葉を紡ぎ、生徒会長は隣に座る私の手をぎゅっと握りしめてくる。


 ……嫌う、嫌うって……。どうしてあなたはそう――


 プチンと、頭の中で何かが切れた音がした。



「…………この、うつけ者がぁあーーーッ!!!」



 私はガバリと立ち上がると、近くにあったフッカフカの枕を掴み取り、生徒会長の顔目掛けて思いっ切り投げつけた。


「ぶふっ!?」


 ばふんっと音を立て、見事に生徒会長の顔にぶつかる。至近距離だから、命中するのは当たり前だけど!

「…………?」

 枕がずり落ちた後に現れた生徒会長の顔は、何が起こったか理解出来ていないような、きょとんとした子供のような表情を浮かべていた。


「このたわけがッ!! いつ私がお主を嫌いと言った!? そんな言葉、一言も申しておらぬではないか! それに、お主の世界は前の母親で成り立っておるのか!? 違うであろう!? その者がほざいた台詞全て戯れ言と思えばいい! 全然完璧じゃなくても、皆から慕われている者達は沢山いる! それに、完璧な人間などこの世のどこを探してもいない! 完璧だと思われていても、どこかしら必ず抜けている部分があるのだ! 完璧になるなど到底不可能なこととその胸に刻み込めぃっ!」

「ふ……文香さ……?」

「……それでも不安に思うのなら、私がお主をずっと好きでいる。思い込みが異様に激しくても、意外にヘタレでも……私はお主を好いておるから。だから、我慢せずに素の自分をさらけ出せ。遠慮せずに物申せ。もうお主を苦しませ続けた母親はいないのだ。『完璧の仮面』を被るなど、もう……必要ないのだよ……」


 ……そこまで言って、私ははたと気が付いた。
 生徒会長がこれ以上にないくらい目と口をまん丸く見開き、私を見つめていることに。


「…………あ」


 私、カッとなって、頭が真っ白になって――
 今、何をした……?
 何を言った……?

 …………。

 ……。


 ……ぎゃああぁーーっ! やってしまった!! やらかしてしまった!!
 私の方が生徒会長の前で素をさらけ出してしまったあぁっ!!

 …………。

 ……でも、付き合っていればいつかはバレることだし、早めに分かった方が良かったよね。
 それで生徒会長が引いたり嫌悪を感じるのであれば、遅かれ早かれ別れていたんだ。

 ……うん。言いたいことも言えたし、何だかスッキリした気分だ。
 もちろん、生徒会長と別れて会えなくなるのはすごく悲しい。彼を好きだって分かった直後だから尚更だ。
 でも、私の言葉がきっかけで、生徒会長が母親のことを気にせずに素直に生きていけたら、これ以上嬉しいことはないよ。


「……私、ハマってるものの登場人物をマネするクセがある。家ではこれが当たり前。これが素の私。嫌な気持ちにさせてしまったら申し訳ない。離れてくれて構わないから」

 さっきからピシリと固まってしまっている生徒会長に、一応説明をする。
 ……おっ、素の自分を出したお蔭か、家族や友人以外の人に、片言からレベルアップして少しスムーズに喋れるようになった!

 ……私とどうなりたいかの判断は、生徒会長に任せよう。


 ――さぁ、後は煮るなり焼くなり好きにされぃ!


 前から言ってみたかった言葉を心の中で叫んでいた私は、すごく吹っ切れた表情を浮かべていたと思う。

「…………っ」

 生徒会長は私の顔を見て更に驚いたようだったが、やがて顔を伏せ、少しずつ肩を震わし始めた。


 ……あれ? 引いたり嫌悪するんじゃなくて、もしかして怒らせてしまった……?
 確かにズバッと言い過ぎた感はあるけど――って私、生徒会長をヘタレ呼ばわりした!? 思い込みが異様に激しいとかも言ってしまったような!?

 あぁ……それは確実に生徒会長のプライドを傷つけた!!
 私の大馬鹿者っ! その言葉だけでも過去に戻って取り消したいっ!!


 顔面蒼白になっていく私の耳に、生徒会長の低くくぐもった声が聞こえ……それは次第に、大きな笑い声へと変化していった。


「……くっ……ははっ、あはははっ! 何ソレ戦国時代!? 武士かよっ!? 文香の可愛い声と口調とのギャップが激しくて……っ! おかっ、可笑し過ぎ! 可愛過ぎて……っ! し、死にそ……っ! ぶあははっ!!」


 ……思いっ切り笑われてしまった。
 見事なほどの大爆笑だ、うん。
 ……何気に私のことを呼び捨てにしているのが気になるのだが。


 でも生徒会長、すごく自然に笑ってる。
 初めて見る、無邪気な子供のような笑顔だ。それを見られただけでも良かったかな。

 生徒会長はお腹を抱えて呼吸困難になりながら(いや笑い過ぎじゃないか!?)目尻に溜まった涙を拭いて息を整えた後、私にニッコリと微笑みかけた。

「くっ……。す、すいません、笑ってしまって……。でも、文香さんの言葉、すごく……すごく嬉しかったです。俺の中にあったモヤモヤした何かが無くなった感じがして、とてもスッキリした気持ちです。この広い広い世界の中でアナタと出逢えて、俺は本当に幸せ者ですよ。離れませんよ、絶対に。……誰が離すもんか」

 生徒会長のエンジェルスマイル(ver.自然体)にドギマギしながら、私は初期の頃から疑問に思っていたことを訊いてみた。

「……あの。何故私を……?」
「ん? ――あぁ、文香さんを好きになった理由ですね? それは――百面相です」


 …………。

 ……は?




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