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7.真相が語られました
しおりを挟む「俺の文香さんに触らないで貰えますか」
その刹那、声が飛んできたと同時に、春友の腕がぐいっと乱暴に持ち上げられた。
春友の手が離れ、解放された私に一つの腕が伸びてきて、強引に引き寄せられる。そのまま誰かの胸の中に、すっぽりと包み込まれた。
混乱した頭では、何が起こったのか全然分からない。でも、聞き覚えがある声だ。
もしかして――
見上げると、予想した通り、生徒会長の端麗な顔があった。
けど、その表情はひどく怒っている。こんなに怒りを露わにした生徒会長は初めて見た。
生徒会長は、春友を睨み付けその腕を強く掴んでいる。
顔を顰めた春友が、強引に生徒会長の手を振り払った。
「ってーなぁ。……んだよ、邪魔しないでくれる? 今すっげーいいとこなんだからさ」
「いくらだって邪魔しますよ。俺と文香さんは恋人同士なんですから。さっきのようなことは絶対にもうさせません」
その言葉に、春友は馬鹿にしたように鼻で嗤った。
「はっ、バカかお前? たった今まで浮気相手とウキウキ仲良くデートしていたヤツが何ほざいてんだ? アンタらの所為でフミがどれだけ傷ついたか分かってんの? ――なぁ浮気相手さんよ?」
「……それは私に言っているのかしら?」
「アンタ以外に誰がいるんだよ?」
生徒会長の隣には、副会長が静かに立っていた。
春友の問いかけに、副会長は綺麗な唇を綻ばせ、薄く笑みを見せる。
「それは誤解というものよ。私とこの人が付き合うなんて絶対にあり得ないから」
「……どういうことだ? 今の今までデートしてただろ」
展開が早過ぎてついていけない私に代わって、春友が副会長に問い詰めてくれる。
私はと言えば、生徒会長の腕の中で声も出ず固まってしまっていた。
うう、情けないったらありゃしない……。
「……あら。もしかして、あの会話をこの子に聞かれちゃったのかしら」
「休み時間にこの男がアンタに『付き合ってくれ』って言って、デートの約束をしてたんだろ? フミがしっかりと聞いてるぜ」
「……そう。一日中、私達を尾行していたのね。理由は、決定的な浮気の証拠を写真に撮る為、ってところかしら?」
「ふぅん……さすが副会長さん、頭回るな。けど、結局フミは撮るのを止めたんだぜ? ……お前のことを想ってさ」
副会長に向けていた視線を、今度は生徒会長に移した春友。
春友のそれは、いつもの陽気な表情ではなく、とても険しいものだった。
「……聞こえましたよ、文香さんの声」
生徒会長は眉間に大きく皺を寄せ顔を伏せると、私をギュッと抱き締めてきた。
「最近、俺を避けていたのはその所為だったんですね……。すいません、文香さん。辛い……辛い思いをさせてしまって……」
「……あ」
生徒会長にそんな顔をさせたことが申し訳なくて、ブンブンと左右に首を振る。
そんな私に、生徒会長は一瞬泣きそうな表情を見せると、すぐにまた顔を伏せた。
「本当のことをお話しますね。……実は、今日一日、彼女――副会長に、デートの仕方を学んでいたんです」
「「へっっ?」」
私と春友の声が見事にハモる。
「学校では先生以外誰も知らないことなんですが、俺の父親が再婚して、彼女は義理の妹になったんです。ヘンな噂が立たないように、名字は変えないでおくことになりました。訳あって別々に住んでいて、時々近状報告をしているんですが、俺に恋人が出来たことと、放課後の行き先はいつも文香さんに決めて貰ってることなどを話したら、ひどく怒ってしまって……」
生徒会長の言葉に副会長が反応し、腰に手を当てるといきなりプンプン怒り出した。
「怒るのは当たり前でしょ! 男が女を引っ張っていかなきゃどうするのよ。その上、休日デートはしてないって聞いてホンット呆れたわ。訳を訊いたら、今まで一日デートなんてしたことがないから、どこに行ったらいいのか分からないなんてフザケたこと抜かすのよ。馬鹿じゃないの、全く!!」
副会長の剣幕に、生徒会長だけでなく春友も怯んでいるように見えた。
副会長、意外に気が強かったんだ……。
「……とまぁ、そんな訳でこの人に頼まれて、デートのコーチで一日付き合っていたわけ。誤解を招くようなことして本当にごめんなさいね。私からも謝るわ」
コホンと一つ咳をして気持ちを落ち着かせた副会長は、何と私に頭を深く下げてきた。
ひぇっ、とんでもなく畏れ多い……!
首がもげるくらい頭をブンブンと左右に振る。
……でもそうか。生徒会長が副会長に言った、「付き合って頂けますか」は、本当にそのままの意味の言葉だったんだ。
「ま、結局は誤解だったワケか。良かったな、フミ。浮気じゃなくってさ。まぁ、途中から何となくそう思ってたけどな」
春友はやれやれという風に頭の後ろで手を組むと、私にニッと笑顔を向けてきた。
春友……まさか、私と生徒会長の間に認識違いがあると勘づいて、彼がこっちに気付いて駆けつけるようにあんなマネをしたの……?
すごいな春友。演技派の大俳優になれるぞ。あのキスだって、あと数ミリで本当にしそうと思ったもの。
あぁ……でも、私の勘違いで春友を巻き込んでしまったのに、そんな笑顔を向けられたら申し訳なくて居た堪れない。
「ゴメンね、ハル。私の早とちりでハルを巻き込んでしまって……」
「ははっ。いいっていいって。んな会話聞けば誰だって誤解するし、俺がお前に付いて行きたいって言ったんだしさ。それに今日一日すっげー面白かったぜ? 憧れの刑事のマネも出来たしな! あのワクワク感と緊張感! 最高だったわ。久し振りに充実した一日だったぜ」
からからと笑う春友。
……うん、いい奴だなぁ本当に。女たらしという点がなければ本当いい奴だ。
「んじゃ、俺達邪魔者は退散するかな。あとはお前らが話し合えよ」
「あら。『俺達』って、私もその中に入っているのかしら?」
「当たり前だろ? もう遅いし、アンタん家まで送っていくよ。こんな美人な女の子を遅い時間に一人で歩かせちゃ男が廃る! ってね」
「ふふっ。女性の扱いを心得ているのね。誰かさんも見習って欲しいところだわ」
副会長がチラリと生徒会長を見る。
生徒会長は顔を伏せたままで、どんな表情をしているか分からない。
「じゃな、フミ。今日はホント楽しかったぜ! また何かあったらいつでも俺に言いなよ? また尾行すんなら絶対声掛けろよな。ソイツに泣かされたら優しく慰めてやるからさ」
「あらあら、気を付けなさいね武人? このコに彼女を取られないようにしっかりやりなさいよ」
はっ、春友ー! 生徒会長の前で何てことをっ!
副会長もそれに乗っちゃってるし!
私のアワアワした様子に、春友と副会長は可笑しそうに笑って手を振ると、二人肩を並べて駅の方へ歩いて行った。
……そして、残されたのは私と生徒会長。
怒涛の展開に、私の頭は軽くパニック状態だ。
あれから生徒会長は、顔を伏せたままで一言も言葉を発していない。
……気まずい! とっても気まずいっ! 何でもいいから声出して生徒会長!!
「文香さん」
「!!」
突然名前を呼ばれ、飛び上がるくらいビクッとしてしまった。
声出せとか言っておきながら心の準備が出来ていなかったよ! 私の大馬鹿者っ!
おもむろに生徒会長は顔を上げると、私を見て静かに両目を細めた。
……ん? 何だか一気に空気が冷たくなったような……。
「……あの男子とは普通に話せるんですね。しかも、あだ名で呼び合って親しげに……。それに、こんな可愛らしい姿でずっとあの男子と一緒にいたんですか? 綺麗に化粧までして……」
生徒会長がその長い指を伸ばし、私のポニーテールをそっと触り、そのまま私の頬を撫でる。
……え。あの。背中にどす黒いオーラが漂ってるんですがどうして?
「……あ、の。昔からの、幼なじみ、……で」
「そうですか。その辺りも含めて、たっぷりと訊かせて貰いましょうね。もう遅いから、……あそこで」
生徒会長が指さした場所は、ホテルだった。
……もちろん、普通のホテルじゃない方の。
「いつも俺の家じゃなくて、たまには雰囲気を変えてホテルもいいんじゃないかと美子さんと話していたんですよ。あ、もちろん、文香さんのご家族には帰りが遅くなる旨を俺の方から伝えておきますから。明日は日曜日だし、最近会えなかった分も含めて、ゆっくりと俺達の時間を楽しみましょう……ね?」
ニッコリと、生徒会長が微笑む。
こ……怖い! いつもは青空のように爽やかなエンジェルスマイルが、今はものすごく黒くて怖い!!
……そして私は、生徒会長に引き摺られるようにホテルへと連れて行かれました。
今日は何回引き摺ずられたのかな、夜ご飯のロールキャベツ、私の分残しておいてくれるかな、とかどうでもいいことを未だにパニック状態の頭で考えていたのは内緒です。
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