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1.何故か告白されました
しおりを挟む「俺と付き合って頂けますか」
下を向いて廊下を歩いていた私の耳に入ってきたのは、少女漫画でよく見る告白の言葉だった。
反射的に前を見ると、容姿端麗な上に文武両道との噂が名高い、この高校の生徒会長である三年の関武人さんが緊張した面持ちで立っていた。
マッシュヘアより少し長めの艷やかな黒髪に、黒翡翠のような綺麗な瞳を持つ彼は、もちろんこの学校の多くの女子達の心を鷲掴みにしている。
(……おっと、いかんいかん。ぼへーっと歩いている内に告白現場に遭遇してしまったみたいだわ。あの生徒会長に告白されるなんてすごい女子だな。きっとすっごく美人に違いない。振り向いてその顔を拝みたいけど、そんなことしたら失礼だよね。ガマンして、場違いの邪魔者は早々に退散、退散っと)
床に目を落としながらカニ歩きでスススと横へ移動し、(さぁどうぞ遠慮なく続きをしちゃって下さいな)の意味を込めて小さく頭を下げると、私はその場からそそくさと立ち去ろうとした――が。
「……告白の最中にどこへ行くのですか?」
後ろから伸びてきた手でぐわしっと手を捕まれ、私は足を止められてしまった。
……ちょっと待て。何で私が止められるんだ?
相手はそこにいるじゃないか――って、え!? 誰もいないっ!?
振り向くと、私の後ろにいるハズの告白相手は、まるで神隠しにあったかのように忽然と消えていた。
私が邪魔をしてしまったから、恥ずかしくなって隠れてしまったんじゃないかとキョロキョロと辺りを見回すけど、人っ子一人いない。
生徒会長の真剣な顔を見、もう一度周りをキョロキョロと。
……やっぱり、誰もいない。
今は放課後で、辺りも段々暗くなる頃だ。
殆どの生徒は帰ってしまっているのだろう。
こ、これは……もしかしなくとも――
恐る恐る、自分を指さしてみた。
「――そう。アナタに言ってるんです」
ニッコリと、生徒会長が笑う。
女子生徒が一斉に黄色い悲鳴を上げそうなエンジェルスマイルで。
私はと言えば、元からここにあった石像のように固まってしまっていた。
……え、ど、どういうことっ!? 生徒会長が、何故よりによって私なんぞにっ!?
頭の中はとんでもなくパニック状態だ。
……待て。落ち着け、落ち着くんだ私。
まずは……ゆっくりと深呼吸だ。
(スーハー、スーハー……)
……よし。次は自分のことを振り返ってみよう。
それからこの状況のことを考えよう――
私はこの高校の一年生、鈴村文香だ。漫画や小説の読み過ぎで、常に度の高い、顔半分が隠れるくらいのメガネを掛けている。
性格は基本淡泊だが、興味を持ったものに対しては異常な執着を見せる。だが、熱しやすく冷めやすい。
そして、他人にも自分にもあまり興味はない。
こんな性格だから、ぶっちゃけてしまえばこの学校には友達が一人もいない。
中学の頃は、有り難いことに私の性格を理解してくれた友達が何人かいたが、皆高校が別々になってしまった。
友達からは時々、
「やっほー、フミ☆ 高校生活エンジョイしてる? まぁあんたのことだから、一人はラク~♪ とか言って一匹狼になってるんだろうけどさ。あんたモトはいいんだから、中学の時みたいに常にブスッとはダメだからね! 誤解されちゃうから! そんな勿体ないことすんなよ? あんた笑顔はすごく可愛いんだから、常に笑顔笑顔でスマイルぶつけて友達ゲットよ☆」
と、心配してメールを寄こしてくれる。
気持ちは大変有り難く戴くが、すまない友人よ。君の想像した通りの高校生活を送っているぞ。
それにこんな私にスマイルぶつけられても、相手は大ダメージ食らってぶっ倒れるだけだぞ。
あと……私は、君のような自分を解ってくれる友人がいるだけで十分だぞ……。
……と、そんな私だから、学校ではいつも一人で行動している。席が窓際の一番後ろだったのが非常に有り難かった。
休み時間は自分の席で小説を読んだり、窓から外をぼへーっと眺めたり、図書室で本を読んで過ごしている。学校での唯一の憩いな時間だ。
毎日そんな状況なので、学校では一言も喋らないのが日常だ。
声を出す時は「はい」と返事をする時だけ。
国語の授業とかで、先生が生徒を名指しをして教科書を読まされる時があるが、存在が非常に薄い為に、今まで先生から一度も指されたことがない。
席順に前から読まされる時は、私の番だけ抜かされることもしょっちゅうだ。……うん、有り難いことだ。
恐らく……いや確実に、クラスの中で忘れ去られている存在になっているだろう。
……と、自分のことを振り返ってみたが、コミュニケーションを学ぶ場としての高校生活でもあるのに、我ながらダメダメな人間だな、と思う。
こんな私に、女子生徒からの人気が絶大なあの生徒会長が告白……?
気でも触れたか生徒会長。
それとも何かの罰ゲームをやらされているのか?
――あぁ、そうか、罰ゲームか。うん、その可能性は非常に高いな。納得した。
「……鈴村文香さん? 聞こえていますか? もう一度言い直しますね。俺と付き合って頂けますか?」
えっ、私の名前まで知ってるなんて!
あの誉れ高い生徒会長にフルネームを呼ばれるなんて嬉しいじゃないか。
……っと、喜んでる場合じゃない。ちゃんとその言葉の理由を訊かなくては。
罰ゲームだったら、それをやらされる生徒会長が余りにも可哀想だし、彼の為にもこの場でキッパリと終わらせなくては!
「……あの。何故、私? 罰ゲーム、ここで終わり」
うおぉっ、片言!? 原始人かっ!?
……でも、仕方ないと思って欲しい。
学校生活では全然喋らないから、この場で言葉を発するのに慣れていないんだ。
きっと、この学校の生徒全員に対してこんなになってしまうだろう。
家と友人の前と心の中では煩いくらいに喋りまくってるのにね!
そんな私の原始人的言葉に、生徒会長は思わずといった感じで、目を細めクスリと笑みを漏らした。
うぅっ、とんでもなく恥ずかしい!
「ふふっ。思った通り、とても可愛い声をしていますね。……文香さん」
「……っ!?」
自分の顔が茹でダコのように真っ赤になっていくのが分かる。
今、私に全く似つかわしくない言葉使った?
いきなり下の名前で呼ばれた!?
やっぱり気が触れたのか生徒会長っ!?
いやインフルエンザか!? 高熱で頭フラフラで自分が言ってることが分からなくなっているのか!?
こんな罰ゲームしてないで早く家に帰って寝た方がいいのではっ!?
「やっば、俺の言葉にこんなに真っ赤になって……。あぁもう可愛過ぎだろ……。――もう遅いし帰りましょう、文香さん。送っていきますよ」
「……あ、の」
「さぁ、行きましょう?」
ボソリとまた私に似つかわしくないことを呟き、生徒会長はニッコリとエンジェルスマイルをした。
その有無を言わさない笑顔に、私は気付けば頷いていた。
……そうだ。私の性格に、押しに弱いのもあったんだ。
よく友人や母親に面倒事頼まれたなぁ……。
別にイヤじゃなかったから良かったけど。私の好きな人達に頼み事をされるのは、全く苦じゃないんだよね。
そんなこんなで、私は生徒会長に家まで送って貰った。ちなみに家は、学校から歩いて十分くらいの所にある。
ちなみのちなみに高校は、家に近いからそこを選んだ。ギリギリまで大好きな家にいたいからだ。
そんな決め方もあっていいと思う。
帰宅途中、もちろん私は無言で、生徒会長も私を見つめニコニコと笑っているだけだった。
しかも手を繋いでって……って恋人同士か!
いや待て、告白されたから恋人同士になったのか?
いやでも私、返事してないし……。
グルグル考えていたら、家に到着してしまった。
「……ここ」
「あぁ、ここが文香さんのお家ですか。高校から近いんですね。しっかりと覚えておきますよ。ではまた明日、学校でお会いしましょう」
「……あ」
送って貰ったお礼を言おうとしたけど、その前に生徒会長は微笑し私の頭をサラリと撫でると、駆け足で行ってしまった。
走り姿も見事に様になっている。さすが生徒会長。
うーん……。一体何だったんだろう? 今のは全部夢か?
頬を抓ってみよう。……いひゃい。この痛みは夢じゃない。
じゃあやっぱり罰ゲームだったのかな? 私を家まで送り届けるまでが罰ゲームってところか……。
――まぁ、普通に考えたらそうだよね。私に告白なんて天地がひっくり返ってもあり得ないし。
お疲れさま、生徒会長。私相手にご苦労だったね。お蔭で誰かに告白されるという、とても貴重な経験ができたよ。日記に書いておこうかね。その前に日記帳買わなきゃね。
さて、明日からはまた元通りの日常だ。少し早く学校に行って、一限の予鈴まで図書室で本を読もう。今日読んだあの小説の続き、気になるんだよね。
一人納得して翌朝のプランを立てると、私は家に入って行った。
――だがその考えは、見事に外れることとなる。
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