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29.“終わり”の始まり

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 コハクの用事は、やはりデイビット王子が侍女長に頼んだものだった。しかも時間が掛かる用事を。

 そして、王子が私を襲ったことは、案の定彼が隠蔽し無かったことにされてしまった。
 コハクは酷く憤慨していたが、事を荒立てたくなかった私は、それで良しとした。勿論、正直に言うと悔しさもあるが。

 王子が両手に負った大火傷は症状がかなり酷く、暫く両手が使えなくなった。
 私を襲った代償だと考えたら、少しは溜飲が下がったのは……内緒だ。


 数日後に、王族全員と有数の貴族達が集まり、国の方針や今後の様々な対策を協議したりする、国にとって大事な会議である『王国会議』が城で開かれる。

 ホークレイはきっと、その日その場で“何か”をするのだろう。
 恐らく、その“何か”は――

 …………。

 私が止めても、彼は耳も貸さずに“決行”するに違いない。

 だから、その日まで様子を見るしかなかった。



 ――そして、何事も無く平穏な日々が過ぎ、『王国会議』の日がやってきた――




**********




 お城にある大会議室で、『王国会議』は開催された。
 その会議は王族と有数の貴族しか出席出来ず、コハクは大会議室の外の廊下で待機している。
 オズワルドさんは貴族達がここにいる間、お城の警備強化の為見回りをしている。
 ホークレイは室内の人達の護衛として、部屋の中にいた。騎士団の制服姿で、椅子に座るミミアン王女の後ろで目を瞑り姿勢良く立っている。
 私は警戒の為、ミミアン王女とデイビット王子から離れた席に座った。

 そして、『王国会議』は始まった――


 『王国会議』はスムーズに行われた。
 “スムーズ”と言っても、国王が一方的に税金を上げる方針を出し、貴族達はそれに内心思うところがあるだろうに、反対をせず賛成するという、まるで絶対君主のような有り様だった。

 そして会議も終わりに近付いた時、ミミアン王女の後ろに控えていたホークレイが動いた。


「皆様、申し訳ございません。この場をお借りして、私の方から皆様にお伝えしたいことがございます。まずはお配りする、この書類をお目通し下さい」


 ホークレイはその場にいる皆に、よく通る声でそう言うと、全員に数枚の書類を渡して回った。
 私もホークレイから直接受け取ったが、一瞬、彼が笑ったように見えたのは気の所為……?
 気にはなったが、まずは手に持つ書類を一通り読んだ。

「…………!!」


 そこに書いてあったのは――
 

「ここに書かれてあることは全て事実でございます。この国の王である、ゾルダン・ガデ・ドヨナズクは、公金を着服し横領を繰り返しております。特定の商会から賄賂を受け取っており、自分が気に入らない者を適当な罪を作って勝手に死刑にしております。また、自分が気に入った女性を無理矢理手籠めにし、その女性達は全員泣き寝入りをしております。証拠の書類はその中にございますので、御確認下さい」
「なっ……!!」


 突然の罪の暴露に、王は目と口を真ん丸くして絶句している。


「王妃のアマンダ・ドヨナズクは、奴隷を売買してはいけないという『奴隷禁止法』を破り、公金で奴隷を買い、若い男奴隷を王妃の周りに侍らせていました。そして、飽きたら捨てるを繰り返しています。目撃者と承認者もございます。王の不正も分かっていながら、今まで黙認しておりました」
「ま、ま、まあぁ……!!」


 王妃は顔を真っ赤にさせ、身体をプルプルと震わせていた。


「第一王子であるデイビット・ロシ・ドヨナズクは、違法な賭博場の運営で利益を得ております。運営は全て公金を使用しており、利益は全て自分の懐に入れております。また、暗殺者を雇い、リュシルカ王女殿下を殺害しようとしました。暗殺者への依頼書の内容は、お配りしました書類の通りです」
「どっ、どうしてこれを……!!」
「貴方の部屋のテーブルの上に、無造作に置かれておりました。貴方の部屋の鍵は、ミミアン王女殿下からお借りしました。彼女から許可を得ておりますので、侵入ではございません」
「……!! ミミアン、お前……!!」
「え、え!? だ、だってだって、ホークレイが貸して欲しいって言ったから……!」
「静粛にお願い致します。――続けます。リュシルカ王女殿下の殺害失敗の翌日、王子殿下は彼女を自分の部屋に呼び出し、襲おうとしました。彼女を拘束する為、魔物にしか使用してはいけない『魔法石』を彼女に使用しております。また、その時の王女殿下との会話で、暗殺者依頼を自ら白状しております。証拠の音声はこちらです」


 ホークレイは抑揚の無い口調で言いながら、制服のポケットから掌ほどの小さな白い物体を取り出した。掌に置くと、その物体が淡く光る。
 きっとその物体に魔力を込めたんだ。


『さ、昨夜の刺客はあなたの指示でしょ……!? 殺そうとした相手に何で……!!』
『ふん、やっぱり気付いてたな。確かに僕が王になるのに邪魔だからお前を殺そうとしたよ。念には念を入れて四人も暗殺者を雇ったのに、お前の侍女が予想以上に強くて失敗してしまった。なら、お前を身体で服従させようと思ってさ』


 するとその物体から、私とデイビット王子の声が聞こえてきた。

 これ……私が襲われた時の会話だ……!
 ホークレイ……もしかして、王子の部屋の扉の前で、私達の会話を記録していた……?


 でも、私が王子に呼び出されたこと、どうしてホークレイが知ってたの……?


 デイビット王子の方を見ると、可哀想なほどに顔が真っ青になって震えている。


「ど、どうしてお前が『音声記録媒体』を持ってるんだ……!! それはとんでもなく高価で、庶民には絶対に買えない代物なのに――」
「私は騎士団に入ってから、娯楽は必要最低限としていましたから。給金は貯まる一方だったのですよ。こんな物幾らでも購入出来ます」


 フッとホークレイは口の端を小さく持ち上げると、その物体をまたポケットに仕舞い、今度はミミアン王女の方を向いた。


「――そして、第一王女である、ミミアン・サディ・ドヨナズク」


 ビクリッと、大きくミミアン王女の両肩が跳ねる。


「王妃と同じく奴隷禁止法を破り、公金で男の奴隷を買い、好き勝手遊んだ挙げ句捨てるを繰り返しております。また、リュシルカ王女殿下に毒の入った食事を食べさせ、殺害しようとしました。証言者の告白や証拠の毒の経路については、その書類に書かれている通りです」
「あ……あ……。そ、そんな……。ちが、殺そうとなんて……。ワタクシは、ただ……。――ホークレイ、ウソですわよね……? ワタクシを裏切るなんて……。そんな……そんなことは――」


 ミミアン王女の言葉は、ホークレイの絶対零度の冷たい視線によって止められてしまった。


「――皆様。ご覧の通り、この国の王族はこんなにも様々な罪を重ねております。この腐った王族どもが、このまま皆様の大切な国を治めていっていいのか。宜しいと仰る方は挙手をお願い致します」


 ホークレイの言葉に、誰も手を挙げる者などいなかった。
 貴族達のあちらこちらから、ヒソヒソと声が漏れ出す。



 ――ホークレイは、六年もの間、王達の不正を一心に調べ続けていたんだ……。

 不正を細かいところまで調べ易くする為に、城内を自由に動き回れる、高い地位の『騎士団長』まで必死に上り詰めて。

 城内の重要な部屋に自由に入る為に、『王女の婚約者』になってまで――



 国王達四人は全員蒼白になり身体を震わせながら、淡々と話を進めていくホークレイをただ見ていた。


「誰もいらっしゃいませんね。この愚劣な四名の罪は、どれも重罪です。断罪されるべき罪です。よって、代表して私が今ここでこの四名を斬首致します。反対のは挙手をお願い致します」


 …………っ!!
 ここで貴族を指定するなんて……!!
 が手を挙げても意味が無いということじゃない!!


 私が何も出来ず、小刻みに震えている中、誰も……手を挙げる人はいなかった。



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