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28.とある騎士団長の独白
しおりを挟む「ホークレイ~、ワタクシを情熱的に抱きしめて欲しいですわぁ」
「今は騎士の鎧を装着しておりますので。ミミアン様に冷たい思いをさせるわけには参りません」
「えぇ~? いつもいつもそればっかりぃ。もぉ~つまんないですわぁ」
……あぁ。五月蝿いな、この女。
「ホークレイ、今は二人きりですのよぉ? ワタクシに熱~いキスが出来る絶好の機会ですわぁ」
「申し訳ございません。婚前にそのような行為はよろしくないと私は思います」
「まあぁ! 本当にお固いですのねぇ。そういうところもお顔に似合ってステキですけどぉ、ちょっとぐらいなら良いと思いますわぁ」
……顔の良い奴隷の男達を買って卑猥な行為をさせているくせに、まだ足りないと言うのか、このふしだらで阿婆擦れ女は。
「あら、ホークレイ? どこへ行きますのぉ? ワタクシも一緒に行きますわぁ、ウフフッ」
付いてくるな、離れろ。
その腕をどかせ、虫酸が走る。
――あぁ……髪と瞳の色も、性格でさえも王に似たこの女を殺したくて殺したくて堪らない。
だけど我慢だ。今はその時じゃない。
“為すべきこと”を果たすには、『王女の婚約者』の立場が必要なんだ。
……チッ、いい加減腕が腐りそうだ。
この女の温もりなんか微塵もいらない。
あの日のアイツの温もりを……忘れさせないでくれ――
**********
六年ぶりにアイツの顔を見た時、別れた時以上に美人になっていたアイツに思わず息が止まり、時間を忘れて見惚れてしまっていた。
髪を整え化粧もしているからか、眩いばかりの美しさで。
肩までだった黄金色に光る髪が、腰まで伸びて更に輝いていて。
俺の好きな神秘的なエメラルドグリーンの瞳も、あの時のまま、輝きを失わずに煌めいていて。
――六年間、アイツに一度も手紙を出さなかったのは。
アイツからの便りを見てしまったら、愛しさが溢れて止まらなくなり、絶対に会いたくなるからだ。
会ってしまったら、もう二度と離れたくなくなってしまう。“為すべきこと”の為に、それだけは何としても避けたかった。
案の定、アイツの姿を見た瞬間、六年前に留めていたアイツに対する愛しさが、堰を切ったようにとめどなく溢れてくるのを感じた。
けれど、王の血がアイツに入っているという事実に、憎しみも膨らみを増していく。
――どうして、アイツなんだ。
よりによって、何でアイツなんだ。
あの王の血が、何故アイツに――
幾度も幾度も自問しても、答えなんて見つかる筈もない――
第一王女に女友達か浮気相手かと訊かれた時、アイツのことを初対面で通した。
そうしないと、この女のやっかみがアイツに向かい、辞めさせられた側近や心を病んだ侍女みたいに、酷い嫌がらせを受けると思ったからだ。
俺の言葉を聞いて、ショックを受けたような顔になったアイツに、心が突き刺されたようにズキリと痛む。
愛しさと憎しみと切なさが心と頭で激しくせめぎ合い、思いっ切り叫び出したくて仕方なかった。
そうしてアイツのことを常に考えていたら、昔のように触りたくて触れたくて堪らなくなった。
六年前の別れ際にアイツに掛けておいた追跡魔法を発動する。
今は……城下町にいるのか。オズワルドのヤツが連れ出したのか?
しかも、城下町の中心から外れた路地裏にいるじゃないか。一体どういうことだ?
俺はすぐに路地裏に向かおうとしたが、ふと考え、鎧から騎士団の制服に着替え直す。
もしかしたら、アイツを抱きしめる機会があるかもしれない――
そんな淡い期待を胸に、俺は路地裏へと急いで向かった。
アイツを取り囲んでいたゴロツキどもを峰打ちで気絶させ、危険な状況の中この場から離れたオズワルドを責めると、アイツが俺の前に立ち、この男を庇ってきた。
……どうしてこの男なんかを庇うんだ?
お前は俺のことだけを考えていればいいんだ。
俺のことだけを見ていればいいんだ。
それに、この男の顔。顔を紅潮させて、コイツに見惚れやがって。
コイツが自分を庇ったからって惚れちまったのか?
コイツは男女関係無く、誰にでも優しいんだ。カンチガイするんじゃねぇ。
お前もお前だ。俺以外の男を、片隅でも心に入れるな。
……あぁ……何もかも気に入らねぇ。
沸々と苛立ちが募った俺は、ここから去ろうとするアイツを捕まえ、適当な理由を探して強く抱きしめた。
昔と変わらない温もり、いつまでも触れていたい柔らかさ、甘く唆られる匂いに、己の気持ちが向上していくのが分かる。
荒んでいた心が、スゥッと解かれていくのを感じた。
我慢出来ず服の中に手を差し込み、直接胸の大きさを確認する。
六年分の成長も多少はあるが、俺が大きくさせた膨らみのままで、柔らかさも弾力も同じで、安心と同時に歓喜が湧き起こった。
俺以外の奴が直接コイツの胸を触ると、別れ際に掛けた防衛魔法が発動するが、服の上からだと発動しない。
それを心配していたが、やはりコイツは俺に一途だった。俺の言葉を信じ、ずっと待ち続けてくれた。
コハクが止めなければ、コイツの唇に確実にキスをしていた。オズワルドの前でそれは危険な行為だったので、正直止めてくれて助かった。
コハクのヤツがムカつくことをほざいたが、コイツは今までも、これからもずっと俺のモンだ。
何があろうと、俺はお前を絶対に逃がしはしない。
**********
アイツに触れる機会は、幸運にもそれから程なくして訪れた。
毒を飲んで苦しむフリをするアイツが可愛くて可笑しくて、笑いを堪えるのに必死だった。
解毒をするという理由を付け、コイツを騎士団長室に連れて行く。
コハクが中に入ってこられないように、更に施錠魔法を掛けておいて正解だった。
毒が効いてないのがバレると思ったのだろう。俺が鎧を脱いでいる間に逃げ出そうとしたので、もうそういう気が起きないようにドレスを脱がせる。
肌の露出が多い下着姿のコイツは、とても可愛くて、綺麗で、扇動的で。
俺の中の欲が一気に前に飛び出したのを感じた。
第一王女との婚約のことを訊いてきたので、俺は言葉を濁した。“為すべきこと”も訊かれたが、同じくだ。
今はまだ何も言えなかった。いくらコイツにでも言えない。
俺が必ず“為す”と決めたことを、止められたり、邪魔をされたくなかったからだ。
コイツに止められたら、きっと“躊躇”が生まれてしまうから。
……それがいけなかったのだろう。
自分は信用されていないと思ったんだろう。
コイツは俺を突き放してきた。
俺と“他人”になろうとした。
俺を“忘れよう”とした。
……フザけるな。
そんなこと、させるもんか。
お前は俺だけのモンなんだ。
他の野郎なんかに絶対に渡すもんか。
お前が俺を“忘れる”というのなら。
俺の“全て”をお前に刻んで、一生……死んでも俺を忘れなくさせてやる――
俺の『レイ』という愛称は“特別”なモノだ。この世ではたった一人、コイツにしか呼ばせていない。
初めての行為で、俺の好きなエメラルドグリーンの瞳から、透明で綺麗な涙を流し。
その俺の“特別”な愛称をうわ言のように何度も呼び。
俺の背中に小さな手を回し、必死にしがみついてくるコイツが、とても可愛くて、狂おしい程愛しくて愛しくて堪らなくて。
コイツの中が、一瞬で意識を持っていかれるくらいに最高に気持ち良くて。
結合部に、コイツの“初めての証”である赤いものが付いていることに、高揚感が増して。
無理矢理抱いてしまった罪悪感は勿論あったが、長年希っていたコイツとついに“一つ”になれて、この六年間の中で、一番の至福の時間だった。
――なぁ、ルカ。
俺は、“為すべきこと”を終えたら、お前を必ず殺すよ。
あの王の血が入っているヤツは全員根絶やしにする。
そう、あの日から心に固く決めたんだ。
この“決意”は、決して揺らぎはしない。
その前に、お前を抱いて、抱いて……抱いて。
壊れるくらいに抱き潰して。
お前をうんとめちゃくちゃに気持ち良くさせて。
俺のことだけしか考えられなくさせて。
死ぬ最期の瞬間まで、俺のことを想い続けてろよ。
死んでからも勿論だ。
……そんで、さ。
俺も、すぐにお前の後を追うよ。
お前のいない世界なんて、生きていてもつまんねぇし。
お前に二度と会えない世界なんて、こっちから願い下げだ。
迎えには行けなかったけど、あの世では一緒に……なんて、決して……絶対に叶わないことを願っても……さ。
夢見るくらいは許されるだろう?
――なぁ、ルカ?
俺は、お前のことを誰よりも愛しているよ。
心から、お前のことを。
これからも。
死んでも。
ずっと、さ――
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