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18.決別の時
しおりを挟む結局何も良い考えが浮かばず、私は瞼を閉じ苦し気な表情を作ったまま、ホークレイに抱きかかえられどこかの部屋に入った。
その後、すぐに扉の鍵がカチャリと閉まる音が聞こえ、ホークレイの何か小さく呟く声も聞こえる。
……え? どうして鍵を閉めるの!? 治療するだけなら必要ないじゃないそんなの!
呟き終わったホークレイは、また少し歩くと、柔らかい布団のような場所に私をそっと寝かせた。
彼が離れた気配がしたので、そぉっと瞼を開くと、ここはやはりベッドの上だった。
ホークレイは、ベッドの脇で何故か鎧を脱いでいる。
……え? どうして鎧を脱ぐの!? 解毒法をするだけなら脱がなくても良くない!?
嫌な予感をヒシヒシと感じた私は、もうこの部屋から逃げることにした。
毒はすぐに良くなったということにしよう!
ホークレイのことを吹っ切って前を向いて進むと決めたのだから、今、彼と二人きりの状況は危険かもしれない……。
あの鎧は脱ぐのに時間掛かりそうだし、逃走は今がチャンスだ!!
そう思うや否や、私はベッドから勢い良く飛び起きると、ホークレイの方は見ず一目散に入口へ向かって駆け出した。
ベッドのある部屋は、奥の方にあったようだ。
その部屋を出ると、執務室のような場所に出た。本棚には難しそうな書物が並び、机には山のような書類が積まれている。
ここって、もしかして騎士団長室……?
――ううん、考えている暇はない……!
部屋の入口の扉に体当たりするように飛びつくと、急いで鍵をカチャリと開ける。
そして、扉を開けて廊下へ――
…………っ!?
「えっ!? どうしてっ!? 何で開かないのっ!?」
取っ手をガチャガチャと回しても開かないのだ。
鍵は確かに開けたのに。
まるで強い力に抑えつけられたかのように、押しても引いても全く開こうとしない。
「――リュシルカ王女殿下? どうされたのですか? 毒が身体に回っているというのに、急に動かれたら危ないですよ?」
「……っ!!」
不意に真後ろからよく知った声が飛び、私はビクリと大きく肩を跳ねさせた。
いつの間にか鎧を脱ぎ終わり、長袖のシャツとスラックス姿のホークレイが、私のすぐ背後に立っていた。
私は扉とホークレイに挟まれ、身動きが取れない。
……冷や汗が、タラリと背筋に流れていくのを感じた。
「あんなに勢い良く床に倒れ込んで……。怪我をされたのではと心配していたのですよ。何事も無くて本当に良かったです」
ホークレイの穏やかな声音と共に、私の背中のボタンが外されている感覚がする。
今着ているドレスは、背中に付いているボタンで着脱出来る形式のものだ。一人じゃ着られず、コハクに手伝って貰った。
ま、まさか……。
嫌な予感と同時に、私の着ていたドレスがストンと下に落ちた。私の格好は、肩から紐を吊るしたシュミーズ一枚だけの姿になってしまった。
コルセットは、苦しいからを理由に装着していなかった。
……それが今、仇になってしまった。
「あ……っ」
「……ふふっ、可愛らしい下着ですね。貴女の綺麗な肌がよく見える……。とてもお似合いですよ、王女殿下?」
ホークレイはクスリと笑うと、後ろから私を抱きしめ、互いの身体を密着させた。
そしてすぐに胸元から中に手を滑り込ませ、私の胸を直接掴む。
「……っ」
「……アレが演技だということくらい、始めた瞬間から気付いていましたよ。何年一緒にいたと思ってるんです? その反応で、怪しい言動をする者をコハクが見つけ、今後の警戒の対象にするという寸法だったのでしょう? ふふ、貴女達にしてはなかなかの計画ではないでしょうか」
私の耳元で低く囁やきながら、胸をゆっくりと揉み上げていく。
「ん……っ」
「けれど、毒を本当に少し飲みましたね……。それでも全く平気ということは、毒に耐性がある……? 貴女のお母様が、徐々に貴女に耐性を付けていたのでしょうか? 万が一、こういう事態になるのを見越して……。流石ですね」
「…………」
図星で何も言い返せない中、ホークレイの指が胸の先端を摘んで擦り上げた。と同時に、私の耳の中に舌を差し込みザラリと舐める。
「やぁ……っ!?」
私の身体がビクンと大きく震えた。
「……ふふ、相変わらずいい反応ですね。六年前と変わらず、とても可愛くて堪らない……。さて、お伺い致しますが、貴女はどちらの口調がお好みでしょう? 今の“王女殿下”に対する敬語口調か、それとも――」
そこで言葉を区切り、ホークレイは私の顎に指を添えると、無理矢理自分の方に顔を向かせた。
「……っ!?」
すぐ目の前に、アメジスト色の神秘的な瞳がある。その瞳は、驚く私の顔を映し出していて。
「昔の口調の方がいいか? ――なぁ、“ルカ”?」
「………っ!」
私の顔が、意図せず熱くなったのが分かった。その反応に、ホークレイは「ははっ」と声を立て、満足そうな笑みを浮かべる。
「ホンットお前は嘘がつけねぇな。やっぱこっちの方がいいか。昔を思い出すから? そうだよな、あの頃は俺とお前、ほぼ毎日一緒にいてさ、誰も来ない丘で戯れ合ってたよな? こんな風に、さ……」
そう言いながら、ホークレイは私の胸を揉みしだき、首筋に唇と舌を這わせていく。
私はその甘い刺激に懸命に耐えていた。
……ダメ、流されちゃ! 私は前に進むと決めたんだから。
けれど、ミミアン王女がいるのに、どうして私にちょっかいを掛けてくるの……。
コハクの言う通り、やっぱり二股をしようと……?
でも、ホークレイはそんな人じゃ……。
それに、“初対面の設定”はもういらないの?
あの頃のように、普通に話してもいいの……?
……っ!
そうだ! 今なら、ホークレイに直接聞ける絶好の機会だ……!!
「……ホークレイ、あなたに訊きたいことがあるの。どうしてミミアン王女と婚約したの? 彼女を好きになったの?」
「……っ」
私の問いに、ホークレイは一瞬言葉を詰まらせた後、頭を上げ、真顔で言った。
「……それは、今は……何も言えない。俺の“為すべきこと”が終わるまでは」
「ホークレイの“為すべきこと”って何?」
「……それも……今は言えない。”全て”が終わるまでは」
「…………」
……あぁ……。
予想はしていたけれど、やっぱり何も言ってくれない……。
何回訊いたって、きっと同じ結果だろう。
何も話してくれないって、ことは……。
私を、“信用”してくれていないって……ことだよね……。
……こんなの、どうやってあなたを“信じて待つ”ことが出来るっていうの……。
――改めて、決めた。
もう……迷わない。
前へ、進もう。
あなたを吹っ切って、あなたを忘れて、前へ――
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