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14.とある副団長の受難
しおりを挟む「失礼致します……」
オズワルドが恐る恐る騎士団長室の扉をノックする。
だがいくら待っても返事は無く、不思議に思い扉を開け中に入ると、そこには誰もいなかった。
「あれ? おかしいな……。朝はいつも執務椅子に座っているのに……」
オズワルドは首を傾げると、奥にある仮眠部屋に目を移す。
「もしかして、まだ寝てるとか……?」
ホークレイは、いつもここで寝泊まりをしているのだ。オズワルドは足音を立てないように歩き、仮眠部屋をそっと覗き込んだ。
ホークレイはそこにいた。いつもの騎士団の鎧を身に着け、ベッドの端に脚を無造作に開いて軽く前屈みで座り、何故か手をジッと眺めている。
表情は、無い。彼はそれが標準装備なのだ。会話中薄く微笑むことはあるが、口を開けて笑っているところなんて見たことがない。
飲みや遊び、人の付き合いも必要最低限に留めているので、彼の家が何処にあるのか誰も知らないだろう。
六年前、この国の騎士団に入団し、異例とも言える驚異的な早さで出世を果たした彼は、羨ましく思う者達から幾度もやっかみや中傷を受けたが、それを全て実力でねじ伏せてきた。
なるべくしてなったと言える、“騎士団長”の座だ。
そして、その稀に見る美麗な顔を、面食いのミミアン王女が放っておくわけがない。
早速ミミアン王女は、国王にホークレイと結婚したいと泣きついた。まずは婚約からということで、国王が彼に訊いたところ、二つ返事で即答したらしい。
それからミミアン王女は事ある毎にホークレイに抱きつき纏わりつくが、彼は無表情で、いつもサラリとさり気なく交わしていた。公の場では婚約者の立場を弁えてか、腕を組まれてもそのままにしているが、顔を少し背け、無の表情も変わらない。
婚約者である彼女にさえも、彼は一切笑みを見せなかった。
そして彼は、王城では常に鎧を装着していた。
鎧は基本、戦いや長期の遠征、魔物退治の時にしか装備しなくて良いものだし、重いし脱着も大変だ。
以前、オズワルドがホークレイに鎧を常に身に纏う理由を訊いてみたところ、微かに顔を顰めた彼から、
「……温もりを感じたくない」
と、ポツリと返ってきた。
ミミアン王女が自分の侍女達に、
「あの人、二人きりになってもワタクシを一度も抱きしめもしないし、キスも全くしてくれないのですわぁ。近寄ってもくれないのぉ。それで毎回用事があるって言って部屋を出ていくのよぉ。ワタクシ、もうとっても悲しくってぇ」
と、嘆いていたという話を聞いていたオズワルドは、この人はすごく淡白なんだな、と思った記憶がある。
(……だけど、昨日のリュシルカ様に対する行為は――)
滅多に着ない騎士団の制服を身に着け、自ら彼女を強く抱きしめてその温もりを感じ、胸を直接触り、キスをしようとしていた。
自分も男だから分かるが、明らかに“男の欲情”を彼女に向けていた。
(二人は、もしかして恋人同士だったんだろうか。そして、何かの理由で別れた……。団長は今もリュシルカ様のことを……? ミミアン様の時と明らかに態度が違う……。じゃあどうしてミミアン様との婚約を了承したんだろう……)
ふとオズワルドは、ホークレイが見つめている手が、昨日リュシルカの胸を触っていた方の手だと気が付いた。
その時、不意にホークレイが口の端を大きく持ち上げ笑った。
初めて見るその笑みに、何故かオズワルドの背筋がゾッと寒くなる。
彼の気配に気付いたのか、ホークレイがふっと顔を上げ視線を向けた。
「……何だ、いたのか」
「あ……も、申し訳ありません。ノックをしたのですが、返事が無かったもので……」
「あぁ、悪い。ここにいたから気付けなかった」
「い、いえ……。あの、ここで何を……?」
先程の笑みが気になって、思い切って尋ねたオズワルドに、ホークレイは再び視線を自分の手に戻し、独り言のように小さく呟いた。
「……六年間分の成長を差し引いても、他の誰かに大きくさせられた形跡は無かったから安心してた。……まぁ、アイツは俺に一途だし心配ないと思ってたけど」
「……は?」
上手く聞き取れず、不躾に問い返してしまったオズワルドは、慌てて謝る。
「あっ……も、申し訳ありません!」
「いや、いい。俺は今、気分がいいからな。――で? 何の用だ」
「え? 団長が昨日、『明日の朝騎士団長室に来い』って言ったんじゃないですか」
ホークレイはオズワルドの返答を聞き、今思い出したかのように軽く目を瞠った。
「……あぁ、そうだったな。悪いが特に用は無い」
「えっ、えぇ~っ!? 何ですかソレはっ!?」
何を言われるのか怯えて緊張して胃痛でなかなか寝付けなかった自分の時間を返して欲しい!!
オズワルドは心の中でブーブーと文句を言う。
直接は絶対に言えない。怖いから。
そんな彼には、ホークレイが最後ボソリと呟いた、
「それはアイツに俺の方を見させる為に言っただけだからな」
……の言葉は、耳に入らなかった。
「じゃあ、そうだな……。昨日、リュシルカ王女殿下と城下町に出掛けただろう。その時の彼女の様子はどうだった?」
「え? リュシルカ様の様子……?」
それを訊くホークレイの意図が掴めなかったが、オズワルドは自分の感じたことを正直に話すことにした。
「城下町の賑やかさが新鮮だったらしく、珍しいものを見る度はしゃいでとても可愛かったですよ。こちらに向けてくる笑顔も無邪気でめちゃくちゃ可愛いくてヤバかったです。それにリュシルカ様はお優しくて、ボクのことをいちいち気に掛けて下さるんです。疲れてないかとか、ボクの用事は大丈夫かとか。天使かっ! ……と思いましたね」
「…………」
オズワルドが言葉を出す毎に、ホークレイから黒いオーラが出てきているのに彼は気付かず喋り続ける。
「あ、あとたまに何も無い所でコケるんですよ。その度に顔を真っ赤にして恥ずかしがって。それも可愛かったなぁ……。あっ、勿論地面に倒れる前にちゃんとお支えしましたよ? 柔らかくてフンワリ良い匂いがして最高だったなぁ……」
「…………」
その時のことを思い出して悦に浸っているオズワルドに、幸いにも(?)ホークレイのブツンとキレた音が耳に入らなかったようだ。
「……オズワルド・サイフォン。今から俺直々にお前を鍛練してやるから、すぐに訓練場に来い」
「えっ!? えぇえっ!? ど、どうしていきなりっ!? 団長の鍛錬は死ぬ程キツイ――」
「昼からは素振り五百回に王城周り五十周だ。少しでもサボったら即仕置きに入る」
「ひっ、ヒエェッ!!? 何その超地獄な鍛練っ!? サボる前に死んじゃうじゃないですかぁ~~っ!! ただ話してただけなのに何でぇ~~っ!!?」
……今日もオズワルドの胃痛は、休むことなく続いていく……。
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