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10.失恋の痛みを乗り越えて

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「えぇ~? ホークレイ、この子アナタの何ぃ? 女友達ぃ? もしかして浮気相手ですのぉ? どちらでも許しませんわよぉ?」


 私の呟きを耳に拾ったミミアン王女は、隣にいるホークレイに身体を更に密着させ、鼻に掛かった甘えた声で詰め寄った。
 彼はそれに、無表情のまま小さく首を左右に振って答える。


「……いえ、恐らく私と似た者と勘違いしたのでしょう。リュシルカ王女殿下とは今が初対面です。ですので御安心下さいませ」
「ふぅん、そぉ? ならいいですけどぉ? 浮気は絶対にダメですわよぉ? 女友達もダメですわぁ。このワタクシがいるんですからぁ」
「……勿論でございます」


 ……名前も同じで、声も確かにホークレイなのに……。
 六年前より大人びて、また背が伸びて、更に格好良くなったけれど、あの頃の面影は確かにあるのに――


 私と“初対面”って――
 王女の“婚約者”って――


 ……彼が別人だと言うの……?


 コハクも眉間を寄せ、本物か確かめるようにホークレイを注意深く見つめている。


「あぁ、紹介が遅れたな。ミミアンの隣にいるのは、この国の騎士団長であるホークレイだ。お主の姉の専属騎士であり、“婚約者”でもある。――そうだ、お主にも専属騎士を付けるとするか。お主は第二王女だし、同じ二番目同士、そこにいる副団長が丁度いいな」
「……恐れながら国王陛下。オズワルドは副団長として、騎士団の任務を多く持っております。私が兼任してリュシルカ王女殿下の護衛を務めます」


 王が喋っているところに、ホークレイが言葉を挟んできた。
 そ、それって不敬になるんじゃ……? 大丈夫なの……?
 ……王女の“婚約者”だから許されるのかな……。


「えぇ~? そんなのダメですわよぉ? アナタはワタクシの専属騎士なんですからぁ。他の女の騎士になるなんて絶対に許しませんわぁ。お父様からも言ってやってぇ?」
「分かった分かった。ホークレイよ、二人同時に護衛は無理だろう? リュシルカの専属騎士はオズワルド副団長にする。これは決定事項だ」
「……畏まりました」


 ホークレイは表情の無いまま小さく敬礼をすると、私達三人の方に目を向けた。
 睨みつけるような、冷たく憎しみのこもった視線に、私の背筋が無意識にブルリと震える。


 そして王との謁見を終えた私達は、胸をざわつかせたまま、自分の部屋へと戻ったのだった――




***********




「あのおっぱいフェチ野郎、リュシルカに『男の誘惑に乗んな』とか言っておきながら、自分が女の誘惑に乗ってるじゃないですか。しかも女の趣味が相当悪いときた。クソですねクソ。いっぺん死んだ方がいいですね」
「う……。や、やっぱりあれは本物のホークレイだよね……? そ、そうだよね……。男の人は皆、こんな田舎のお洒落も知らない芋娘より、都会のキラキラしたドレスが似合うお姫様の方が絶対にいいよね……。心変わりしちゃうのも当たり前だよね……。ううぅっ」
「ほらそこっ、落ち込まない泣かない自分を卑下しないっ! あんなおっぱいフェチ野郎のことなんて綺麗サッパリ忘れて、次へいきましょう次へ。リュシルカなら引く手数多なんですから。六年間を返せこのクソ詐欺野郎とブン殴りたいところですが。寝ているところに忍び込んでクナイで思いっ切りブッ叩いてやりましょうか」


 王城までの長旅で疲労が溜まったので早めに休むという理由で、王族が集まって食べる夕食を断り、私の部屋でご飯を食べた私とコハクは、お風呂から上がった時にはもうすっかり夜が更けていた。

 ベッドの上で憤慨するコハクの姿に、私は泣きながらクスリと笑みを浮かべる。


「ふふっ……ありがとう、コハク。コハクが私の代わりに怒ってくれたお蔭で、少し気持ちが回復したよ。そうだよね、落ち込んでメソメソしてたら、余計気分が落ち込んじゃうもんね。――でも私、ホークレイを怒らせる何かをしたのかな……? 謁見の間ずっと、すごく冷たくて憎しみが込められた目で見られてたんだけど……」
「六年間も離れて会っていなかったのに、何かをするなんて無茶な話ですよ。そっちが王女と浮気したのに、こっちが憎まれるなんて理不尽過ぎます。もう気にしなくていいですよ、あんなクズムシ野郎のことなんか」
「う、うん……。でもコハク、私達まだ付き合ってなかったから、王女様のことは浮気じゃないよ……。だから責められないよ……」
「……チッ、あのゴミクソがッ! それを見越して告白しなかったんですかねあのクサレ外道野郎めがッッ!! やっぱり夜中に忍び込んでクナイであの野郎の自慢の顔をグッチャグチャのメッチャクチャのボッコボコに――」
「こっ、コハクが言うとシャレにならないから!」


 そこでコンコン、と扉がノックする音が聞こえ、返事をするとオズワルドさんが姿を現した。


「夜分遅くに申し訳ございません。漸く今仕事が終わりまして……。お邪魔しましたか? 何だか賑やかでしたね」
「お疲れ様です、オズワルドさん」
「お宅の騎士団長殿の所為でリュシルカの気分が急激に落ち込んだので、奴がいかにクサレ外道詐欺野郎か激しく討論してました」
「こっ、コハクッ!?」
「クサレ外道詐欺野郎……? ――ははっ! 言いますねぇコハクさん。団長とはお知り合いなのですか?」
「向こうは初対面と仰ってましたが、クズムシ野郎と呼べる位には知り合いですね」
「ははっ、そうなんですね」


 上司のことを悪く言われたのに、オズワルドさんは怒ったりせず、詮索もせず、笑い飛ばして聞いてくれた。
 本当に良い人だ……。この人は信用しても大丈夫なんじゃないかな……?


「では改めまして、リュシルカ王女殿下。本日から貴女様の専属騎士を務めさせて頂きます、オズワルド・サイフォンです。不束者ですが、どうぞよろしくお願い致します」
「あ……っ。こちらこそ、御迷惑と御手数をお掛け致しますが、どうぞよろしくお願い致します」


 お互いに何度も深く礼をし合い、頭を上げ顔を見合わせると、どちらともなく笑い合った。


「リュシルカ様、落ち込んでいらっしゃるのなら、明日城下町に行ってみますか? こちらに来るのは初めてでしょう? コハクさんも御一緒に、気分転換がてら御案内致しますよ」
「えっ、いいんですか? オズワルドさんのお仕事は大丈夫ですか……?」
「はい、ボクは明日仕事がお休みなんです。丁度ボクも城下町に用事があるし、大丈夫ですよ」
「嬉しいです、ありがとうございます、オズワルドさん!」
「ははっ。そんなに喜んで頂けて、ボクも提案した甲斐がありましたよ。では明日、朝食を食べ終わりましたら迎えに上がりますね。おやすみなさいませ、お二人共」


 オズワルドさんは笑顔で一礼すると、部屋から出て行った。
 二人のお蔭で、失恋の痛みは少し和らいだみたいだ。六年間会っていなかったのも逆に良かったのかもしれない。ホークレイのいない日常が当たり前になっていたから、寝込むほど失恋の傷は深くないようだ。


 明日の城下町観光で気分転換して、彼のことは完全に吹っ切ろう!


 私はそう決意すると、コハクと共にフカフカのベッドに入り、その気持ち良さと暖かさに、久し振りに何もかも忘れてグッスリと熟睡したのだった。



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