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第二章 怪しく暗躍する影と二人の絆
26.とんでもない『王命』の内容
しおりを挟む執務室で王からの通達を読んだ時、旦那様の顔が鬼のような形相に変わり、その手紙をグシャリと握り潰した。
「あの腐れ外道王子が……っ! 王の名を使ってユーシアだけを呼び出しやがって……!!」
「これでは断ることは出来ませんね……。国民にとって、『王命』は絶対ですから……」
ヴォルターさんが、憤る旦那様の隣で溜息をつく。
「あの、私行ってきますね。皆さんにご迷惑をお掛けしないように振る舞いますから……」
「いや、俺も一緒に行く。君は俺の奥さんなんだから、俺がついて行っても問題は無いだろう」
「……ありがとうございます。本当は私一人じゃ不安だったんです。旦那様が一緒にいて下さったら、とても心強いです」
素直な心の内を口にすると、旦那様は嬉しそうに笑い、私を抱きしめた。
「そうやって、俺にどんどん甘えて欲しい。俺は君の為なら何でもするから」
「ふふっ。ありがとうございます、旦那様」
私も嬉しくなってニコリと笑うと、旦那様は自然に私の顔に自分の顔を近付けて――って、ちょっと待てーーいっ!!
慌てて両手で旦那様の顔を抑えて、バッとヴォルターさんの方を見る。
ヴォルターさんはニコニコと微笑みを向けていた。
「わたくしに構わず続けて下さって結構ですよ」
いや構うってーーーっ!!
――そして、登城の日。
城の兵士に案内され、王の謁見の間へと入った私と旦那様は、玉座に座る王と、その隣に座る王妃と対面した。
やはり第一王子の姿もある。腕を組み、王の近くでこちらをニヤニヤと眺めていた。
「ダグラス・ルード・テオドルト国王陛下並びにセーラ王妃陛下、ルーファ殿下に御挨拶申し上げます。ユーシア・ウルグレインと申します」
「良い良い、楽にしてくれ。面を上げよ」
私が丁寧にカーテシーをすると、王は手を振りそう言葉を投げてきたので、挨拶を解除し前を向く。
旦那様は挨拶をせず、姿勢を正し少し仏頂面で王達を見ていた。
え、いいの!?
「予はウルグレイン夫人のみを呼んだのだが、そなたも来たのか、ウルグレイン伯爵」
「私は彼女の夫ですので。共に来るのは問題無いかと」
シレッと応える旦那様に、王は小さく唸った。
「ふむ……。まぁ、その方が都合がいいかも知れんな。単刀直入に言うが、そこにいる、予の息子であるルーファが、ウルグレイン夫人を自分の側室に迎えたいと申しておる。よって、そなたらには離縁して貰いのだ」
「っ!?」
私達は王の発言に目を見開き、言葉を失った。王子はニヤニヤ顔を崩さずに私達を見下ろしている。
「ウルグレイン伯爵は、夫人を全く愛していないと息子から聞いた。なら、この提案は簡単に受け入れられるであろう? 息子は一度離縁した女性でも問題無いと申しておる。この国では、王族に関しては一夫多妻制を設けているからな。息子がいいと言うなら予もそれで構わん」
私は王の言葉を聞きながら、小さく唇を噛み締めていた。
……この王子、王を使ってまで……っ!
これじゃ断れないじゃない……!!
「お断りいたします」
その時、キッパリとよく通る声で旦那様がそう言った。
「……は?」
「お断りいたします、と申し上げたのです。私は妻を心から愛しています。離縁する気も妻を手放す気も今後一生更々ありません。それで話が終わりなら、これで失礼いたします」
私の手を引き、踵を返してこの場から去ろうとする旦那様に、王子が慌てて声を掛けた。
「おい、そんなの嘘だろ? 結婚相手を捜すのが面倒になって、愛してるフリをしてだけだろ? いい加減彼女を解放してやれよ。俺は彼女をちゃんと愛してやれるぜ?」
旦那様は王子のその言葉に、ギッと睨みつけながら振り返った。
「勝手に決め付けるな。俺とユーシアは深く愛し合っている。貴様の入る余地など微塵も無い。彼女にはもう今後一切関わるな」
ヒェッ、旦那様が酷く怒ってる……!
敬語が無くなってる!? しかも王子に対して『貴様』って!!
ふ、不敬罪になりませんか旦那様ぁーーっ!?
王子は旦那様の迫力に怯んだように見えたけれど、すぐにニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「はっ! お前があーだこーだ言っても、これは『王命』なんだよ。王がそれを取り消さない限り、その命は絶対だ。お前らは離縁決定だ。彼女は俺が貰う。お前は指を咥えてそれを見てるんだな」
「…………っ!!」
旦那様がギリ、と強く歯を噛み締める。
……そうだ、王の命令は国民にとって“絶対”だ。王の気持ちを変えない限り、私達は離縁させられ、私は王子の側室にならなければいけない。
旦那様を見ると、身体が小刻みに震え、王子を殺しそうな勢いで鋭く睨みつけている。
ほ、本当に実行しそうな形相……! 絶対に阻止しなければ!!
私だって旦那様と、これからもずっと一緒にいたいもの……!
――王の気持ちを変えるには、この話しかない……!!
「……国王陛下。恐れながら発言させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「うむ? あぁ、良いぞ」
「ありがとうございます」
私は王に向き直り深く礼をすると、緊張を逃すようにふぅと息を吐き、ゆっくりと話し始めた。
「私の姓は、今は『ウルグレイン』ですが、旧姓は『ランブノー』です。国民のことをいつも深く案じていらっしゃる陛下でしたら、その姓はご存知かと」
「……!! あの多くの罪を犯した、大罪人のランブノー男爵の娘か!? 男爵夫人ともう一人の娘も罪を犯して投獄されたと聞いたが……」
「事実でございます。お伝えするのが遅くなり、誠に申し訳ございませんでした。そのような重罪人の娘を、陛下の大切なお子様である殿下の側室に置くなど、国民がどう思われるか……。王族の質も問われてしまうかと」
「うぅむ……」
王が低く唸っている横で、王妃が眉根をひそめて小声で言葉を投げた。
「あなた、あの子の言う通りよ。罪人の娘を王族に入れるなんて以ての外よ。王族の品質も下がってしまうし、国民の目も怖いわ。さっきの『王命』を取り消して頂戴」
「うーむ……。確かにそうだな。――分かった、先程申した『王命』は取り消そう」
「お、親父っ!?」
「分かってくれ、ルーファよ。これもお主の為だ。『罪人の娘を側室に迎えた』と野次を飛ばされたくないだろう?」
「……っ!!」
今度は王子が歯を噛み締めて、こちらを睨みつけた。
ふん、事前に私のことを調べなかった自分が悪いのよ!
私は世間の目なんて痛くも痒くも無いんだから!
「お話は以上なら、これで失礼させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、いいぞ」
「では失礼いたします。伯爵閣下、参りましょう」
「――あ、あぁ……」
呆然とした顔で私の話を聞いていた旦那様の腕に自分の腕を絡め、私達は謁見の間を後にした。
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