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第二章 怪しく暗躍する影と二人の絆
25.旦那様の家族のこと
しおりを挟む私は思わず、苦虫を噛み潰したような旦那様の顔をまじまじと見つめてしまった。
「……旦那様の、お父様……?」
「あぁ、恐らく間違いないだろう。――丁度いい、俺の両親のことを君に話すよ。その前にシャワーを浴びさせてくれ。今日は一日中動いていたから、汗を沢山かいてしまったんだ」
「勿論いいですよ。いってらっしゃいませ」
お仕事が終わった後も、ゴブリンの調査で今まで休みなく動いていたんだろうな……。
本当にお疲れ様です、旦那様。もうクタクタだろうに……。
お話が終わったら、すぐに寝かせてあげよう。
食べ終わった夕食のお皿を使用人さんに片付けて貰い、旦那様がシャワーを浴びている間、私は歯磨きをし寝る準備をする。
すぐにシャワーから戻ってきた長袖シャツとスラックス姿の旦那様は、話を聞く為に神妙にソファに座っていた私を抱き上げると、一緒にベッドの上に横になった。
……いやだからこの短い距離なら普通に歩けますって!
ていうかソファで話すんじゃないの? 二人ゴロゴロと寝転びながら話すの?
初めて聞く旦那様の御両親のお話をそんな体勢で聞いていいんですかっ!?
そんな私の困惑の胸中など知る由もなく、旦那様は私を腕の中に閉じ込めたまま話し始めた。
「俺の母上は、俺が十二の時に病気で亡くなったんだ。母上をとても愛していた父は、当時は酷く消沈して見ていられない程だったが、この家の仕事は何とかこなしていた。それが四年前、突然『伯爵の爵位はお前に譲る。お前の母さんを蘇らせる方法が分かりそうなんだ。父さんはそれを探しに行ってくる』と言って、皆の制止を振り切り飛び出していった。それから一切姿を見せていなかった」
「お母様を蘇らせる方法!? ほ、本当にそんなことが……?」
「あるわけがない」
信じられず呟いた私の言葉に、旦那様がピシャリと否定する。
「死者を生き返らせる方法など、この世にあるわけがないんだ。しかし、母上をこの上なく愛していた父は、それを受け入れられなかったんだろうな……。そんな風に突っ走ってしまった父は、誰にも止められない。だからやりたいことをやらせて、現実を知った父がこの家に戻ってくるのを皆が待っていたんだ」
「……そうだったんですね……」
「しかし、この不可解な案件に関わっているとなれば、話は別だ。何とか見つけ出して連れ戻し、話を聞かなければ……」
そこで旦那様は眉間に皺を寄せ、息をつく。
「しかし父は、この家の裏稼業である諜報の技術や能力が他の誰よりも優れていてな。隠密行動はお手の物なんだ。目撃されたのは奇跡と言ってもいいくらいだ。父を見つけるのは至難の業なんだが、こうなったらしらみ潰しに調べるしかないな……」
……おぉ……。
旦那様、今サラリと何でもないように重要なことを仰られましたね? 『この家の裏稼業は諜報』だって……。私は初耳でしたからビックリですよ?
この伯爵家は王族と関わりが深いことは習ったけど、今の旦那様のお話で合点がいった。
きっと、王族が極秘で知りたいことをこの家で調べ上げ、情報を提供しているのだろう。
……ということは、旦那様はあの王子と面識がある? 王子のこと、旦那様に伝えた方がいいのかな?
……いやでも流石に抱きしめられたとか「愛妾になれ」と言われたとか旦那様に言えないわ……。
王子は「近い内にまた会おう」って言ってたけど、こっちからお城に出向かない限り私はもう会うことはないだろうし、言わなくてもいいよね……?
「旦那様、私にも出来ることがあればお手伝いしますので、何でも仰って下さいね?」
私の言葉に、旦那様の眉間の皺が無くなり、フッと笑ってくれた。
「ありがとう、ユーシア。こうやって抱きしめさせてくれるだけでも十分だ」
旦那様は私の額に唇を落とすと、背中に回す腕の力を強くし、更に身体を密着させてきた。
……うん、やっぱり旦那様の温もりが一番好きだな。
「……そう言えば、この国の第一王子に会ったんだってな? 俺が君を愛していないと貶されたとか」
一段階低い声で突然そう言ってきた旦那様に、私は慌てて口を開いた。
あぁ、きっとレスカさんが言っちゃったんだ……!
「旦那様のお気持ちは十分私に伝わっていますから! だからあの方の言葉なんて全ッ然気にしませんでしたよ? 右の耳から左の耳へ通り抜けてました!」
「……ありがとう。俺の君への気持ちに嘘偽りはない。それは確かだから」
旦那様は目を細めて微笑むと、今度は私の頬にキスをした。
……あれ? 何だろう……。旦那様の背後から、ドス黒い何かが沸き上がってくるような……?
「あと、奴に抱きしめられたんだってな? 頬を触られて、『俺の愛妾にしてやる』とか言われたんだって?」
……ヒイィッ!? レスカさん、どこまで話したのっ!?
それは言わなくていいところーーッ!!
「……あの下劣腐れ女たらし野郎が……っ。俺のユーシアにまで……。全身ズタズタに切り裂いて魔物の餌にしてやろうか……っ」
ヒェッ! ブラックな旦那様が降臨したぁ!?
「……ユーシア」
「は、はいぃっ!?」
私はビクリと肩を鳴らし、旦那様を見上げた。
旦那様は見惚れるほどに綺麗な微笑みを至近距離で私に向けていた。
けれど、その蒼い瞳は全く笑っておらず……。
「奴が触れた所を一晩かけて全て上塗りする。もう二度と会わない奴のことなんて思い出すな。俺のことだけを考えてろ」
そう言って唇を奪われ服を脱がされていく私は、心の中で盛大に叫んでいた。
旦那様の体力は無限大ですかぁーーっっ!?
――そして、数日後。
もう二度と王子と関わることはないと思っていた私の元に、この国の王から、一通の“登城命令”の通達が届いたのだった――
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