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第二章 怪しく暗躍する影と二人の絆

19.執務室にて――忍び寄る不安の影

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「一家の主が公私混合するなど言語道断です。しかもか細く体力の無い奥様に無理をさせるなど以ての外です!」
「いや、本当に悪かった……。ユーシアを目の前にすると、どうしても理性が飛んでしまって……」
「飛んだらすぐに捕獲して戻して下さい!」
「……そんな無茶な……」


 ユーシアがいなくなった執務室で、ジークハルトはヴォルターにこっぴどく絞られていた。
 ちなみに彼女は疲れ果て、自分の部屋に戻ってもう一眠りをしている。
 昨夜も明け方まで付き合って貰ったのに申し訳ないことをしてしまったと、ジークハルトは神妙に反省をした。

 彼女は眠った後も、触ると悶絶するほど可愛らしい声と反応を見せてくれるのだ。それをもっと見聞きしたくて、寝ている彼女にずっと悪戯をしていたことは誰にも内緒だ。


「御家族以外に初めて愛するお人が出来て気持ちが向上していらっしゃるのは分かりますが、奥様と擦れ違う時の行動が目のやり場に困ると使用人達が申しております。程々になさいますよう」
「それは目を瞑ってやり過ごしてくれ。俺はユーシアを甘やかせたいんだ。今まで家族に虐げられてずっと辛い思いをしてきたのだから、それ以上に自分が愛されている幸せを感じて欲しい」
「……旦那様……」


 ジークハルトはユーシアと擦れ違う度、彼女を引き寄せ抱きしめてキスをするのだ。使用人が見ている前でも堂々と。しかも頬や額ではなく、唇に。
 彼女が恥ずかしがる姿が可愛いらしく、ジークハルトが笑いながらまたキスをしようとして、彼女が真っ赤になりながらそれを何とか阻止しようとする光景は、二人の日課となっている。
 それを強制的に見せられる、側にいた使用人の「凄まじく仲睦まじ過ぎるだろこの夫婦」の心のツッコミは、使用人全員一致の気持ちだ。


 ジークハルトは、ユーシアがこのウルグレイン家に来るまでは喜怒哀楽を余り出さず、笑顔も極端に少なかった。
 けれど彼女が来てから、笑う回数が見違えるほどに増えたのだ。感情もグンと豊かになった。

 ジークハルトの昔しか知らない者が今の彼を見たら、その大変化にきっと腰を抜かすくらいに驚くだろう。


(お二人は、何時の間にかお互いになくてはならない存在になっているのですね)


 ヴォルターはフッと目を細めて微笑むと、ジークハルトに向かって一礼をした。


「旦那様のお気持ちに感服いたしました。使用人達にも旦那様の考えをお伝えしておきますね。話は変わりますが、明日の奥様の護衛には誰を付けましょう? この屋敷で一番の剣の使い手であるセトラにいたしましょうか?」
「男は駄目だ。女性にしてくれ。いくらこの家の信頼出来る者でも、ユーシアのすぐ近くにいて、彼女を護る時身体に触れると考えただけで腸が煮えくり返りそうだ。未婚者は勿論、既婚者でもそれは変わらない」
「……旦那様……」


 ヴォルターは真剣な表情で言い放つジークハルトに、呆れた顔を隠し切れなかった。


「そうだな……。貴方の娘のレスカ嬢が適任だと思う。彼女は今日出先から帰って来る予定なんだろう? 明日の予定は?」
「レスカ、ですか? 明日は特に予定は入っておりませんが……。あれでよろしいのですか?」
「あぁ、彼女はセトラと肩を並べるほどの実力だ。貴方が直接鍛えているのだから折り紙付きだしな。彼女にユーシアの護衛を任せたい」
「畏まりました。あれが戻りましたら伝えに行って参ります」
「よろしく頼む。彼女にユーシアの魔法のことを説明し、それを使わせないように護れと言ってくれ。ユーシアの魔法は、この屋敷の者以外には絶対に知られてはいけないものだ。特にあの“王子”には決して」
「……あぁ……」


 苦虫を噛み潰したような顔つきに変わったジークハルトに、ヴォルターは同調の頷きをする。


「ヴォルター、王子は今城にいるのか?」
「非常に遺憾なことですが、影武者を城に置き、どこかへ外出されているようです」
「チッ、厄介だな……。このウルグレイン領に来ていなければいいが。まぁ、確率はかなり低いだろうがな……」
「王子の放浪癖には困ったものです。王もそれに手を焼いているようですが、剣も魔法も多才にこなし、王よりも格段に強い彼に何も出来ないのが現状です」
「全く、城で大人しくしていればいいものを」


 ジークハルトはこの国の王子と何度か面識があるが、彼のことを非常に苦手としていた。
 なまじ顔の良い彼は、女たらしでいつも軽薄な態度なのだ。彼の周りには毎回違う女性がいて、ジークハルトは嫌悪の眼差しで彼を見ていた。


 そんな奴に、ユーシアを会わせるわけにはいかない。
 しかも彼女の魔法を知ったら、興味を持たれること間違い無しだ。それは絶対に阻止しなければ。
 レスカ嬢が護衛に入るから問題は無いと思うが……。


 ジークハルトは、それでもモヤモヤした何かが沸き上がってくるのを抑えられず、それを少しでも逃がそうと大きく溜息を吐いたのだった。



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