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第一章 愛さないと決めた男と愛すると決めた娘

15.執務室にて――伯爵の推理と執事の思惑

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「なぁヴォルター。俺の奥さんは“あの子”の生まれ変わりだと思うんだ。――いや、絶対にそうだ」


 執務机に両肘をつき、顎を手の甲で支えている真面目な顔つきのジークハルトに、ヴォルターは目を瞬かせながら問い返した。


「何です藪から棒に。どのような根拠でそう思われたのですか?」
「まず、レモンクッキーとダージリンだ。いつも母上が俺に買って来てくれたレモンクッキーが唯一食べられる甘味であることは、人間では母上しか知らなかった。だが、いつも俺と一緒にいた“あの子”はそれを知っていた筈だ。ダージリンの味もそうだ。俺はまだ小さかったから、母上が二番摘みだと言ってもよく分からず、頭に残らなかったんだと思う。けど“あの子”は利口だからな。ちゃんと母上の言葉を覚えていた」
「ほぉ……」
「それに、俺の話を聞く時、小さく首を傾げてジッと俺の目を見つめるところ、そしてあのフワフワな栗色の髪は、“あの子”の毛と同じ最高の触感だ。ユーシアは栗色の瞳だが、光が当たると黄金色になる。それは“あの子”の瞳の色と同じだ。あと丸まって眠る姿もそっくりだ。可愛過ぎて悶絶しそうになった」


 ジークハルトが最後に言った言葉に、ヴォルターは思わずジト目になって訊いてしまった。


「……よく見てらっしゃいますね……。それにいつ寝姿を見たのですか……。お二人、別々の部屋で就寝されていますよね……?」
「それは機密事項だ。でもそうか……そうだよな。夫婦なんだし、夜はもう一緒に寝てもいいよな……。――よしそうしよう、早速今日からでも」


 クックックと悪者のように笑うジークハルトに、ヴォルターは呆れた視線を向けてしまう。


(……要は覗きに行かれたのですね……)


「確信したのは、ユーシアが暗黒竜に魔法を放つ前に言った言葉だ。無意識だろうが、俺を『ジーク』と呼んだ。その愛称は、母上とヴォルターが、俺と二人きりの時にしか呼ばないものだ。勿論“あの子”はその愛称を知っている……」
「成る程……。そう考えますと、確かに信憑性は高いですな……」
「だろ? けど、どうしてユーシアは俺に『“あの子”の生まれ変わりだ』と言ってくれないんだ? 俺が喜ぶことは分かっている筈なのに――」
「それは、きっと……“彼女”を通してではなく、ユーシア様自身を見て欲しいから……でしょうかね?」


 ヴォルターの返答を聞くと、ジークハルトの瞳が大きく見開き、すぐに誰にも見せられないような締まらない表情に変わった。


「――ははっ、そうかそうか。そんなこと心配しなくていいのに。ユーシアを愛したのは、“あの子”の生まれ変わりだとまだ気付かない時なのに。本当に可愛くて愛しいったらないな、俺の奥さんは。なら、その心配を吹き飛ばすくらいにグズグズに甘やかせて、溶けるくらいに愛してあげよう。今までの辛さや苦しみが消えて無くなるくらいに……。ククッ。あぁ、今日の夜が愉しみだ――」


(……あぁ……。余計なことを言ってしまったか……。申し訳ございません、奥様……)


 悪人面で色々と妄想しているであろう主を邪魔しては悪いと、「ではわたくしはこれで失礼します」と部屋を出ようとしたところ、後ろから呼び止められる。


「なぁ、ヴォルター。前から気になっていたことがあるんだが」
「はい、何でございましょう?」


 真面目な口調に、ヴォルターは身体ごとジークハルトの方に向き直った。


「貴方は俺の縁談相手を、ウルグレイン家の名に恥じぬよう、しっかりと吟味して選んでいた筈だ。しかし今回は“あの”ランブノー家の長女を選んだ」
「…………」


 ヴォルターは黙ってジークハルトの話に耳を傾ける。


「長女は縁談を嫌がり、両親も長女を嫁に出したくなかったので、次女であるユーシアが縁談を受けることになった。……貴方はその流れを見越していたのではないか? ユーシアのことを調べ、彼女の環境から虐待を受けていると推測した貴方は、彼女を救うことも含めてランブノー家の長女に縁談を申し込んだ。ユーシアに直接縁談を申し込まなかったのは、ランブノー家の体裁の配慮と、姉ではなく妹が選ばれたというやっかみで、ユーシアへの虐待が酷くなるのを防ぐ為だったんだろう?」


 ジークハルトの言葉に、ヴォルターは首を左右に振り、小さく肩を竦めた。


「……さぁ、どうだったでしょうか? わたくし歳なもので、最近物忘れが酷くて困っております」


 ヴォルターの反応に、ジークハルトは小さく苦笑する。


「……フッ。――本当に、貴方には昔から敵わないな。俺の大事な奥さんを救ってくれてありがとう」


 ジークハルトの感謝の言葉に、ヴォルターはただ微笑んで返したのだった。



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