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第一章 愛さないと決めた男と愛すると決めた娘
12.二人の『親友』
しおりを挟むそれにしても、ランブノー家に関する書類……か。家族の性格からして、何となく察しはつく。
けれど私は何も口に出さなかった。
何故ウルグレイン伯爵がその書類を集めていたのかは気になるけど――
「では俺達もウルグレイン家に帰るか」
「え? 私も一緒に帰っていいんですか? 伯爵様に追い出されたのに?」
「なっ……あ、当たり前だ! 君は俺の奥さんになるんだから! ――う……いや、本当に悪かった……。俺の気持ちばかりを優先して、君の状況や気持ちを考える余裕が無かった……。どうか許して欲しい……」
「ふふっ。ちょっとした仕返しですよ。そうですね……。私の前に縁談でいらした四人の女性の方達に心から謝って下さい。それで許します」
「……っ!」
ウルグレイン伯爵の蒼い瞳が大きく見開かれ、やがてその顔をくしゃりと歪ませた。
「――あぁ、分かった。真剣に謝る。今なら、俺がどんなに愚かで大馬鹿者な言動をしてきたのかが分かるよ……。あの御令嬢達にも本当に悪いことをしてしまった……。彼女達から罵声を浴びせられても仕方ない……」
「その想いを謝罪に込めれば、きっと許してくれますよ。でも、ビンタ一発――いや数発は覚悟しておいた方がいいかも」
私が微笑みながら言うと、ウルグレイン伯爵は眉尻を下げ、泣きそうな表情で「あぁ、そうだな」と苦笑した。
耳が真っ赤になっているけど、それに突っ込むのは止めておいてあげた。
「ユーシア。帰る前に……もう一度いいか? 俺に御令嬢達の前に立つ“勇気”を与えて欲しい」
ウルグレイン伯爵の熱の籠もった視線に私は彼が何をしたいのか察し、静かに頷いた。
「ありがとう。心から愛している、ユーシア――」
彼は嬉しそうに顔を綻ばせると、私を腕の中に閉じ込め頬と頬を擦り寄せてくる。そして顔のあらゆる場所へ唇が落とされ、最後は深く唇が重ねられた。
……う、うーん? ウルグレイン伯爵ってこんなにくっつき甘えたさんだったっけ?
私的に、この短時間で一生分のキスをされたぞ?
――あぁでも、彼が子供の頃は甘えん坊だったかな。頻繁に抱っこされて撫でられまくって頬擦りされてたな……。
――そう。
私の中には、ウルグレイン伯爵が五歳から七歳まで飼っていた『猫』の“魂の欠片”が入っているのだ。
人間に虐められているところをウルグレイン伯爵が助けてくれて、そのままウルグレイン家の飼い猫になった。
彼が助けてくれなかったら、きっと短く儚い人生を終えていただろう。
彼は“彼女”にとっても、私にとっても命の恩人なのだ。
ウルグレイン家での暮らしは本当に幸せそのもので、いつ死んでもいいと思えるくらいだった。
けれどウルグレイン伯爵を庇って命の灯火が消える瞬間、泣きじゃくって己を責める彼に、“彼女”は強い未練を残してしまった。
その深い未練は“彼女”の魂の一部分を切り離し、同じ刻に産まれた私の中に入ってきたのだ。
ウルグレイン伯爵のことを思い出したのは、彼と初めて会った時だ。
身体に電撃が走ったような衝撃を受け、私の中で“彼女”の記憶が全て蘇った。
そして、私は“彼女”の願いを叶えようと決めた。“彼女”には、今までずぅっと支えられてきたから。
家族に嫌なことをされ、味方が一人もいない事実に孤独を感じて泣いている時、いつも心の奥底から、
『痛いのは辛いよね。孤独は悲しいよね。私もよく分かる。でも大丈夫だよ、私がいるよ。独りじゃないよ』
と、温かな声が聞こえる気がしていた。自分の中に確かにある優しい気配の存在に“励まし”と“勇気”を貰い、どんなに辛く嫌なことをされても耐えられたのだ。
だから、次は私が“彼女”に恩を返す番。
ウルグレイン伯爵を幸せにしたいという“彼女”の願いを、私が叶えるんだ。
彼を愛し、沢山の愛情を注いで、彼の幸せの為に出来ることをしようと決めた。見返りなんて全く考えていなかった。
そんな訳だったから、彼が私を愛してくれるなんてこれっぽっちも思っていなかった。
私の中にいる“彼女”には気付いていないはずなのに……。
“彼女”は、自分のことは彼には絶対に伝えないでと言っている。
彼の中で自分のことは完全に吹っ切れたみたいだし、温かな『想い出』として心に残して欲しいって。
彼が“勇気”を出して、前を向いて、貴女を愛してくれて良かった。
自分は大好きな二人が幸せになる姿を、貴女の中でずっと見守っているからね……って。
……ありがとう。私も君のことがすごくすごく大好き。
今まで支えてくれてありがとう。
生きる“希望”を与えてくれてありがとう。
そしてこれからもよろしくね、私のかけがえのない『親友』――
応援ありがとうございます!
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