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第一章 愛さないと決めた男と愛すると決めた娘

9.竜もドン引きな伯爵様の行動

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 目の前にいる超巨大な魔物に、私は「うひゃ~」と情けない声を出していた。
 その魔物は、闇に堕ちた暗黒竜だった。かなりの大きさで、相手から見て私はゴミクズみたいに見えているだろう。


「これは……ウルグレイン領だけじゃなくて、この世界の為にもやっつけた方が絶対にいいわ。人類の脅威の存在よ……。闇に堕ちて暗黒に染まってしまった竜は、“死”でしか安らぎを与えられないものね。早く楽にさせてあげたい……けど」


 私は唸り声を響かせる暗黒竜を見上げて溜め息をつくと、さっきからカタカタと震えが止まらない自分の拳を見つめた。


 ……誰にも――家族にも言っていないが、実は一つだけ魔法が使えるのだ。
 しかしその魔法は、幼い頃試しに一回だけ使った日を境に、もう絶対に使用しないと心に決めていた。

 使えばきっと、あの時感じた凄まじい“恐怖”が蘇るだろう。
 けれど、暗黒竜を倒すにはこの魔法しか――


 その私の躊躇が、暗黒竜に絶好の攻撃の機会を与えてしまった。


 咆哮を上げながら鋭い爪を持つ前足を勢い良く振り下ろされ、私はそれを目を見開いたまま見つめてしまっていた。


 駄目だ、間に合わない――



「ユーシアッ!!」



 聞き覚えのある声で名を呼ばれたと同時に、フワリと身体が宙に浮いた。
 瞬間、私のいた場所の地面に、暗黒竜の鋭利な爪が深く突き刺さっていた。


「本当に馬鹿だ、君はッ!! 阿呆だ、大馬鹿者だッ!!」


 私をお姫様抱っこして助けたのはウルグレイン伯爵だった。
 え? 彼がどうしてここに……?
 ――あ! そう言えば、あの町人さん達が伯爵に伝えに行くとか言っていたような……。
 それを聞いて来てくれたの? 私を助けに……?


 ――いや待てよ、たった今悪口言われたよね? 『馬鹿だ阿呆だ大馬鹿者だ』って。
 えぇっ? わざわざここまで悪口言いに来たの? これは泣いていい案件よね? 私、泣くね? いいよね??
 いやでも助けてくれたんだから、泣く前にお礼はちゃんと言わなきゃね……。


「え、えっと……。伯爵様、助けて下さってありがとうございました。もう大丈夫ですので、降ろして――」
「本当に無鉄砲で考え無しだな君はッ!! 丸腰で、力も無いそんな細い身体で一体何が出来る!? 奴は非常に硬い皮膚と鱗を持っていて刃が入らず、しかも属性魔法も能力低下魔法も一切効かない。町に下りないように弱らせるのが精一杯なんだ! そんな相手に、君はどうやって立ち向かおうとしていたんだ!? 死にに行くようなものじゃないか!!」


 ……ん? あれ? ウルグレイン伯爵、怒ってる……? その理由は分からないけれど……。
 彼の手が微かに震えている……?


「あの……勝算はあるんです。ただ私に“勇気”が無くて……。ほんの少しでいい、今の私に“勇気”が持てたなら――」
「ユーシア……?」


 無意識に唇を強く噛み締めていたらしい。
 ウルグレイン伯爵に人差し指で唇をなぞられ、私はハッとして彼を見上げた。


「……“勇気”、か……。――俺も……さっきまで“勇気”が持てなかった。けれど、今は違う。――ユーシア」
「あ、はい……?」


 ……あれ? ウルグレイン伯爵、何時の間にか私のこと呼び捨てにしてる?


「君を愛しているんだ。それを自覚するのが怖くて君を遠ざけたが、俺はもう逃げないと決めた。“あんな思い”をもう二度としないように、君を生涯護り抜く。一生君を片時も離さない」
「え……」


 ……あ、あの……。伯爵様?
 すぐ近くで獲物を殺せなかった暗黒竜が怒りの唸り声を上げていますよ!? 今にも暗黒の炎ブッ放してきそうですよ!?

 そんな緊迫した状況でときめく“愛の告白”ですかぁっ!?
 真剣な表情でそんな熱い台詞言っちゃって一体どうしちゃったんですか伯爵様ぁ!?


 ――あっ、そうか! 私が彼にずっと一途だから、愛せないと言った手前申し訳なくて同情しているのか……!
 嘘の告白なんかいらないのに……しかもこんな状況で!
 全くもう! 時と場所を考えてよね!?


「あ、あの、伯爵様? 同情でしたら全くいりませんから……。私が勝手に伯爵様を愛する宣言しただけですから、本当にお気になさらず……。それよりも暗黒竜が――」
「違うっ! 同情なんかじゃ決して無い!! 俺は本気で君を愛しているんだっ!!」


 ウルグレイン伯爵は私の言葉を遮り鋭く叫ぶと、悔しそうに眉間に皺を寄せ、ギリッと歯噛みをした。


「――あぁ、そうだよな……。君が俺を信じられないのは十分分かる。当たり前だよな……俺の最初の言葉がアレなんだから……。それに君に対し、俺の今までの態度……。今は物凄く後悔をしてるんだ。本当に……本当に悪かった。――あぁ、一体何をすれば君に信じて貰えるのか……」


 いやいやっ!
 何をする前に目の前で怒り狂う暗黒竜に気付いてあげてーーっ!?
 目線をそっと上げて熱い視線を投げ掛ける暗黒竜さん見てあげて!?


「は、伯爵様……? そのお話は後にして、まずはあのご立腹な暗黒竜を――」
「分かった」


 ウルグレイン伯爵の即答な肯定に、私は分かってくれたとホッと胸を撫で下ろす。
 しかしその刹那、私の肩と膝裏に回されている腕の力がグッと強くなったと思ったら、彼の顔が下りてきて唇を重ねられていた。


「…………っ!?」


 目と鼻の先には、ウルグレイン伯爵の端正な顔が。しかも唇の感触をじっくりと確かめた後、サラリと深い口付けに変わったーーっ!?
 首を振ってもウルグレイン伯爵の胸をグイグイ押しても唇は離れず、助けを求めるように涙目で暗黒竜を見上げると、彼(?)は『えぇー……』というドン引きの表情を浮かべていた。


 ですよねぇーーっ!? 私も第三者の立場ならそんな顔をすると思います!!
 ときめきの“愛の告白”に続いて、こんな場所のこんな状況で口付けですか!? しかも最凶ボスの目の前で深ーいヤツを!?


 一体何考えてんですか伯爵様ぁーーっ!?



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