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22.悪魔辺境伯の変化
しおりを挟む早朝に目が覚めたセリュシオンは、自分の腕の中でスヤスヤと眠る『幻惑魔法』姿のフレイシルを見て、フッと顔を綻ばせた。
フィーアと再会出来たことはとても嬉しいが、一つ気がかりがあった。
それは、彼女の母親のことだ。
六年前、セリュシオンは彼女の母――クロエに、自分の中にいる魔物を沈静化させる“まじない”を掛けて貰った。
その際に、クロエが言っていたのだ。
『私に何かあったり、魔力を多く使う別の“おまじない”を使った場合、貴方のそれの効力は消えちゃうからごめんなさいね』
……と。
“まじない”の効力が薄くなったのは二年前。アディから聞いたところによると、フレイシルも二年前に母親と別れたとのことだった。
……クロエに何かあったのだろうか。考えてみても、最悪な状況しか頭に浮かばない。
この件については、真実が分かるまでフレイシルには黙っておくことにした。憶測で伝え、彼女に悲しみと混乱を招くのは愚策だからだ。
もう一つ、セリュシオンはクロエが言ったことを思い出した。
『けど、その時はきっとあの子が助けてくれると思うわ』
「……本当にその通りになったな」
セリュシオンは口の端を微かに持ち上げ、眠るフレイシルの唇に自分のそれを寄せた。
自分は彼女をずっと忘れなかったが、彼女は初対面の時、自分のことを分かっていなかった。
六年前のことで、しかもホンの一ヶ月くらいの逢瀬だ。想い合っていたとはいえ、忘れてしまうのも無理はない。
……いや、もしかしたら、“あの出来事”を思い出さない為に、関係した自分のことも記憶から失くしてしまったのかもしれない……。
「……辛いようなら、オレのことを思い出さなくて構わない。こうしてまたお前と会えたことが、オレは何よりも……本当に何よりも嬉しいんだ――」
セリュシオンは、フレイシルの温もりを確かめるように、その身体を強く抱きしめたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
フレイシルは目が覚め、そっと瞼を開けると、すぐ目の前に自分を優しく見つめるセリュシオンの顔があった。
「っ!?」
フレイシルは驚き、思わず後ろに退けようとしたけれど、セリュシオンがガッチリと彼女を拘束している為、全く動けなかった。
「……っ!?」
「起きたか。おはよーさん、フレイシル。よく眠れたか?」
セリュシオンは目を細めて微笑むと、フレイシルの頰にキスをした。
「っ!?!」
フレイシルは彼の行動に驚きを隠せない。
その後、前髪を掻き上げ額にも唇を落としたセリュシオンは、彼女の身体をギュッと抱きしめ、自分の胸の中に閉じ込めた。
「……あー……。ここから一生出したくねー……」
「っ!?!?」
ボソリと呟かれて、その言葉通り腕の力が入り、彼女を出させまいとする。
フレイシルは、突然の彼の変化についていけずにいた。
抱きしめられたまま、愛しげに降り注がれる顔面へのキスの嵐に、擽ったさを感じながらも混乱で頭が回らない。
何もしないと言った筈なのに、自分の記憶違い? いや確かに言ったよね? 宣言してたよね? と思考をグルグルさせていた。
「主様、いつまで寝てるんですか? いい加減起きて下さい。本日もお仕事が盛り沢山ですよ」
その時、扉の向こうから呆れた口調でカイの声が飛んできた。
「……現実は無情だな……」
セリュシオンは溜め息をつくと、最後にフレイシルの頬と額に唇を落とし、名残惜しそうにのろのろと起き上がった。
「オレは先に行くけど、お前はゆっくりでいいぜ。無理すんなよ?」
そう言って眩しい微笑をフレイシルに向け頭を撫でると、彼は部屋から出て行った。
「…………」
ゆっくりするのは申し訳なく、早々にセリュシオンの部屋から出たフレイシルは、自分の部屋に戻り支度をして部屋から出る。
今朝のことを思い出し呆然としながら歩いていると、アディとバッタリ会った。
「おっ、おはよーフレイシル。――ん? どうしたんだい? 何とも言えない微妙な顔してさ」
「アディ」
フレイシルは手帖にスラスラと文字を書き、アディに見せた。
「なになに? 『辺境伯がいつも王子様なんだけど、今朝は更に王子様化してて笑顔もすごくキラキラしてて非常に戸惑っている』って? んん? どういうことだい?」
「…………」
二人は同時に首を捻ったのだった……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……あー……そうだった……。フィーアに会えた嬉しさで舞い上がってたけど、アイツ好きなヤツがいるんだったわ……」
辺境伯の部屋にて。
執務椅子に座り、頭を抱えたセリュシオンが、暗くドヨーンとした空気を身にまとっている。
「フレイシルさんが『幻惑魔法』を使っていたとは……。しかも彼女が主様の好きな人だったとは驚きですよ。でも分かった早々失恋してしまいましたね……フフッ。女性の方からいつも寄ってきて相手に困らない主様が失恋……。何か新鮮な響きですね……フフフッ」
「るせーよっ! ――フン、アイツ好きなヤツとキスしたって言ってたけど、上書きしてやったぜザマーミロ」
「は?? いつされたんですか?」
「アイツが寝てる時」
セリュシオンのあっけらかんとした返答に、カイの口元が引き攣り、大きく後退った。
「うっわっ! 最っ低! 史上最低野郎がここにいますよ! 寝ている女性を襲うなんて最低最悪の所業ですよ!」
「襲ってねーっての! キスだけだ! 久し振りにアイツの姿を見て我慢出来なかったんだよ悪ぃかクソがっ!!」
「うーわ! 言うに事欠いて逆ギレですよ逆ギレ! どうしようもないダメダメ男ですよ! しかも堂々と『何もしない宣言』を皆の前でしたのに堂々とそれを破った超ダメダメ男がここにいますよ! こうなれば、諦めてフレイシルさんの好きな方との幸せを願うか、玉砕上等で強引に押していくか、そのどちらかしかないんじゃないですか?」
セリュシオンが、何とも言えない顔でポツリと呟く。
「前者はムリ。ぜってぇムリ! アイツとオレ以外の男の幸せなんて願えるハズがねぇよ。アイツを幸せにするのはオレなんだよ……。後者は……強引に押して、ようやく会えたアイツに嫌われたくない……。てか何で玉砕決定になってんだよ……」
「おや? 意外にもヘタレですねぇ。大ヘタレ野郎ですね主様は」
「うるせー! お前だって、アディに何のアプローチも掛けられねぇ超ヘタレ野郎じゃねぇか」
ギクリ、とカイの顔が強張った。
「な、な、なな何故それを……?」
「何年お前と一緒にいると思ってんだ。分かるさそれくらい。早く捕まえねぇと、他の男に掻っ攫われちまうぜ? アイツ、外見はイイ女だろ?」
「外見も内面もイイ女ですよアディは!!」
「へいへい、それを本人に直接言えばいーじゃん。喜ぶんじゃねーの?」
「……今のところ、私を“男”として意識している様子はないんですよね……。それを言うにはまだ早いと申しますか……。何とかしたいと思ってはいるのですが……」
「あー……。だな。オレも、“男”として意識して貰えるとこから始めないとかー……」
ヘタレ男二人は、同時に「はぁー……」と深い溜め息をついたのだった……。
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