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69.簡単と思ったら大間違い

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 蝋燭の消えた寝室の扉が小さく軋みながら開き、女性の何倍も図体の大きな男が影のように入ってきた。

 男は僅かな足音も立てずにベッドの傍へと近寄ると、湾曲した不可思議な形の剣を鞘から抜く。
 ベッドで眠る女の胸を一刺しか。あるいは致命傷にはならない箇所を突き刺し、弱った女をいたぶって楽しむか。


 数秒間悩んだ末、ならず者の男は女の右足めがけてベッドへ剣を突き刺しーーー



「うぐぅ…っ…!!」

 男は後頭部を思い切り殴られてベッドへ倒れ込んだ。


 無惨に折れたステッキを手にしたカサンドラは思わず歓喜の声を上げそうになってしまい、慌てて唇をきつく引き結ぶ必要があった。

やったわ!! あぁ、お姉様。
私ってば、本当に強運の持ち主なのね!

 私は使い道の無くなったステッキをベッドに放り捨て、ベッドのサイドボードの引き出しからロープを取り出すと、男が生きている事を確認した後に丸太のように大きな手脚をきつく縛り上げた。


 カサンドラは数日間、ずっと考えていた。
 アーサーを捕まえて治安判事に突きだす事は出来ないだろうか……と。

 アーサーは確実に私の滞在している場所を知っている。それに今、最大の狙いであるフレデリックもグレスティンに居るのだ。
 アーサーのような狡猾な男は、憎い相手を一辺に葬れる絶好の機会を逃さない筈。

 数日中にヒース・コートが襲撃される事は私も、きっとロイスも知っていたのだ。

 カサンドラはピンチをチャンスに変える事に決めた。
 アーサーが雲隠れして出て来ないなら、こちらから法廷に引き摺り出してやる。
 あの男に金で雇われた男達を捕らえる事が出来れば、悪事の証拠を手に入れたも同じだ。

 だから寝室のドアの横の壁、つまり死角になる場所に身を隠して息をひそめ、男の背後からステッキが折れる程力強く殴り付けたのだ。

 カサンドラは引き出しにあった残りのロープをズボンのベルトに括り付けていると、廊下の見張りをしてくれていたロイスの大声が聞こえてきた。

「気を付けろ、カサンドラ! もう一人男が来るぞ」

 急いで体の向きを変えて再びドアの死角に逃げ込もうとしたが、今度の男は細身で足が早かった。


 ドアの前で鉢合わせたカサンドラは咄嗟に身を躱し、私に驚いて身構えた男にナイフで一刺しされるのを免れた。
 けれどバランスを崩してよろめいたせいで床に尻もちをつき、殺気で瞳をギラつかせる男の前で無防備な状態になってしまう。

 驚愕に目を丸くするカサンドラ目掛けて男がナイフを振り下ろした、その時。

 ビュオっと音がする程強い風が窓の一つを突き破り、渦を巻く風が男のナイフをベッドの下まで弾き飛ばした。
 顔を上げて一瞬だけロイスの方を見ると、彼のブルーの瞳は激しい感情によって何時もより濃い輝きが宿っている。
 彼が激怒している証拠だ。彼の魔法に助けられた。


 細身の男が驚きで怯んでいる内に、カサンドラは床に手を付いて必死に体を起こして立ち上がり、ロイスが与えてくれたチャンスを無駄にせず扉の外へ駆け出す。

 動揺から回復した細身の男が、部屋に落ちていた湾曲した剣を拾って追い掛けて来ようとするのを察知し、私は男の鼻先で素早く扉を閉める。
 するとドアの向こうから怒りの咆哮が聞こえてきた。

「おい、からかってる場合じゃない!」

「分かっているわ。時間を稼ごうと思って。
それよりロイス、助けてくれてどうもありがとう」

「頼むからもう俺に手間を掛けさせないでくれ。
生きた心地がしないぞ……!」

ロイス、貴方ゴーストじゃない。


 カサンドラは廊下を駆け抜けて階下へ降りようとしたものの、階段の前にはこれまでの二人以上に体の大きな男が立ち塞がっていた。
 一瞬足を止めかけたものの、後ろからは寝室の扉を破壊した細身の男がカサンドラを追って廊下を駆けてくる。

 私は一瞬躊躇した後、ベルトに差した短剣に手を添えつつ、階段の前を塞いでいる大男に向かって走り出した。

「おい、何をしてる! 死にたいのか? 
カサンドラ、止まれ!!」

 とても正気とは思えない私の行動にロイスが戦慄したような声を上げる。
 けれど私はロイスの忠告を無視した。
 と言うよりも、必死になっていたせいで聞こえていなかった。

 向かってくる標的を確認した大男は、当然ながら仕留めるべく体に見合った大きな剣を鞘から抜く。

 カサンドラは男まで数メートルの距離まで走り寄り、男が剣を振ろうとするのを見計らって床をスライディングして、あわやというところで男の振るった剣を避ける。
 そのまま男の脇を滑り込んで通り過ぎた所でブーツの角度変えて急停止し、大男の右足の腱の辺りを短剣で切り付けた。

「ぎゃあぁ……!!」

 悲鳴を上げた大男が切られた方の足を庇おうとして屈み込んだのを見ると、カサンドラは柔らかい体のバネを利用して素早く立ち上がり、男の軸足となった左足の膝裏を強く蹴りつける。

 両方の足を狙われた事でバランスを崩した大男はよろめき、盛大に倒れ込んだ。

 後ろから追い掛けて来ていた細身の男を床に押し潰しながら。


「なんて恐ろしい女なんだ、お前は」

 床で重なりながら目を回すならず者を、ゾッとした表情で見つめていたロイスが思わずといった様子でポツリと声を漏らす。

「私は昔から時々誘拐される事があったから。
いつの間にかピンチを切り抜けるのが上手になったのよ」

「何だと?」

 怪訝そうに眉を寄せるロイスににっこりと微笑んだ後、ベルトに括り付けていたロープで倒れている二人の男の手足を手早く縛り上げていく。
 カサンドラはロープを操る手を止めずに口を開いた。

「私を資産家に売ろうとしたり、こっそりと自分の家の養女にしようとしたり。
他国の王族の愛玩人形にする為に拐われそうになった事もあるわ」

「神に愛された美貌も厄介なもんだな」

「そういうこと」

 カサンドラは男達の持っていた武器を取り上げて寝室のクローゼットへ隠した。
 本当は恐ろしい武器など捨ててしまいたいが、もしかすると証拠になるかもしれないので保管しなくてはならない。

 カサンドラは両手両足を縛られながら伸びている間抜けな男三人を見回したあと、玄関ホールへと歩き出した。

万事上手く行ったわ。
あとはグレスティンに行って有力者に報告するだけ。
そうすれば治安判事を呼んで、あの男の恐ろしい悪事を裁いて貰えるわ!



 玄関扉の前に来てドアノブに手を伸ばした時、突然勢いよく玄関扉が開いた。
 驚愕に目を見開いたカサンドラに黒い影が覆う。

「久しぶりだな、レディ・ウィリアムズ」

 錆び付いた人形のようにぎこちなく顔を上げると、口の両端を吊り上げて笑うアーサーが立っていた。
 カサンドラを見下ろす氷のようなブルーグレーの瞳は笑っておらず、怒りと勝利の陶酔が綯い交ぜになって揺らめく。

 身の危険を感じたカサンドラは咄嗟に身を翻して階段へ駆け出そうとしたものの、アーサーの動きの方が早かった。
 彼は長い手を伸ばしてカサンドラの右腕を掴み、背中の方へ捻り上げる。

「いう……っ、ぅ」

 痛みで呻きながらも必死で抜け出そうとしたが、じたばたと暴れるもう片方の手も捕らえられて背中へ回されてしまった。
 そのまま私を引き寄せて耳元に顔を寄せ、アーサーは残酷な言葉を吐き出す。

「足掻いても無駄だ。
俺が直々にお前に罰を与えてやろう」

 それだけ言うとカサンドラの左の耳に強く噛み付き、耳から血が滴り落ちるのを楽しげに見つめる。

なんて男なの……、本当の悪魔も尻尾を巻いて逃げ出すわ……。



 その時、扉の向こうで落雷があり、爆発のような雷鳴がグレスティン中に轟いた


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