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51.破滅の瞬間は何時だってそばに

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驚いて反射的に藻掻いたものの、しっかりと抱きすくめられているので抜け出せない。
それどころか背中と頭の後ろに回された手に力を込められ、思いの外がっしりと硬い彼の胸板に頬を押し当てる結果となった。

彼を押し返してみようかと考えていた時、耳にロバートの苦し気な声が聞こえてくる。

「君を愛してるんだ、カサンドラ。
気が狂いそうな程に」

彼はカサンドラの巻き毛に指を差し込んで柔らかな髪を弄びつつ、尚も語り続ける。

「僕達が初めて出会った時、君は人を信じられず、恐れ、酷く怯えていた。危うくて、触れたら壊れてしまいにさえ思えた。
僕は君にもう一度希望を持って欲しかったんだ。
閉じ籠っている硬い殻を破って、僕を愛して欲しかった。
今ようやく君は僕に心を開いてくれてる」

カサンドラはぴったりと頬を寄せた彼の胸から響いてくる力強い鼓動を感じながら、ロバートがその先の言葉を言わないでいてくれれば良いのにと思った。
けれどそんな願いも虚しく砕ける。

「君が欲しくて堪らないんだ。
少しでも僕を哀れな男だと思うなら、誤魔化さずに僕の愛に応えて欲しい」

ロバートは後頭部添えていた手を滑らせるようにして私の頬に添えて上向かせ、カサンドラの揺れるブルーの瞳を真っ直ぐ覗き込む。

彼の優しい眼差しを向けられ、カサンドラはひどく泣き出したくなった。というより、一粒だけ涙が頬を伝い落ちる。
彼の想いを拒絶したい反面、誠実な愛が嬉しくも感じた。 

ロバートを見つめるカサンドラの瞳に一瞬過ぎった熱い光を目にした彼は、希望を見出して彼女の唇を親指で優しくなぞる。
けれど彼の仕草と、自分の唇に釘付けになった彼の視線で我に返れば、手で突っ張るようにしてロバートの胸を押し戻した。 
彼が油断していた事もあり、今度は簡単にロバートの腕から抜け出せた。

心を焦がして傷付いた表情のロバートを見ていられなくて視線を反らし、カサンドラは口を開いた。

「少し考えさせて」

「………愛を拒絕する言葉をかい? そうやって突き放したって僕は諦めないよ」

「いいえ、そうではないわ。色々と混乱しているのよ。余りにも突然だったから……」

「君は僕の想いに気付いていた筈だ。そうだろう?」

「とにかく今日はもう帰って」

「愛に怯えて拒絶する事はしないと約束して欲しい。君の気持ちを知りたいんだ」

ロバートの真っ直ぐな言葉の一つ一つが、カサンドラの心の壁に突き刺さって壊そうとする。

こんなのあんまりだわ。イヤよ、絶対に。
私は愛に狂って破滅したくない。

「わかったわ。だからもう帰って」

「カサンドラ、話をーーー」

「おやすみなさい、ロビー」

ロバートの背中をグイグイ押すようにして玄関ポーチまで追い立て、彼が追い出されまいと抗議する前に一方的に挨拶をして玄関扉を閉めた。

ロイスもロビーも、どうして私の楽しい気持ちを全てぶち壊しにするの?
何故みんなして私を追い詰めるの?

どうせロバートと結ばれる事は無いのだ。
カサンドラは伯爵家の人間だし、ロバートは平民だ。
貴族が平民と結ばれる事は絶対にあり得ないのだから。
そう考え、何故だかカサンドラは無性に泣き出したくなった。目頭が熱くなり、両手で顔を覆う。
けれど唇をきつく噛み締めてなんとか泣くのを堪える。

私は自分を安売り出来ない。それに人の愛を信じる事が恐い。
あぁ、可哀相なお姉様……。
私は愛に焦がれて傷付き、壊れたくない。


カサンドラは暫くぼんやりと暗闇を見つめた後、強制的に思考を巡らせる事を止めた。
悩む事も、応接間の片付けも明日に持ち越す事に決めた。
今日はもう疲れ切っているし、気分が沈んでいる時は眠ってしまった方が良い。眠る事が出来ればの話だけれど。

ロイスとどうやって仲直りすれば良いのかも、ロバートに感じてしまった心の安らぎも、全て明日考えよう。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




寝室でナイトドレスに着替えていると、ふと自分のトランクが目に入った。

私、きちんと閉めなかった?

トランクのロックが外れ、僅かに上部が開いている。カサンドラは背中にひやりと寒気を感じた。

考え過ぎよ、きっと締め忘れたんだわ。

それでも一度気付いてしまったら確認せずには居られず、トランクを床からベッドの上に移動させた。一呼吸ついた後、思い切って開けてみて……

「………消えてるわ。まさか、そんな……」

そこに入れていた筈の物、あのアーサーという男から奪ってきた、エヴァンズ侯爵家の紋章が彫られたナイフが消えていた。

カサンドラは驚愕に瞳を丸め、ドクドクと嫌な音を立てる鼓動を無視して一瞬の内に思考を巡らせた。そして出た結論に戦慄する。

「アーサーがこの屋敷に侵入した……ということ?」

それに今もなお、屋敷の何処かに潜んでいる可能性もある。

慌てて立ち上がったカサンドラは先ずベッド横のサイドテーブルに行って引き出しを開け、そこに仕舞い込んだ時と同じように淡い水色のレティキュールが入っている事に安堵した。

そして次に、ロイスから預かった短剣を手に取って屋敷中の部屋を、不審な様子が無いか確認して回った。

ナイトドレスのまま短剣を握り締めて薄暗い屋敷を徘徊しているなんて、よっぽど私がゴーストみたいじゃない。
あるいは頭のイカれた女に見えるかしら?

そんな風にバカバカしい事を考えて恐ろしさを紛らわせながら。

結局、屋敷のどの部屋にも不審な様子は無かった。不審な人物も居ない。
でも確かに侵入された形跡があるのだ。
それもカサンドラの寝室に。

怖くなったカサンドラはその夜、自分の寝室を少し離れた客間へと移した。



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